第2話

「……仕事行きたくない」

 とある朝の、起きてからの僕の第一声でした。

 外の天気は良好ですし、体の中の調子も万全です。騎士団の仕事は死ぬほど忙しいですが、僕にはカレンさん(独身彼氏ナシ)が、好きな人がいるので、問題ありません。

 むしろ、カレンさんだけが生きがい。 

 ですが、本日、僕の日常にとって唯一の清涼剤であるカレンさんは、お休みをとっているのでした。

「はあ、結局潜入方法は見つからずかあ……」

 その理由はもちろん、結婚式への出席でした。あの時、マドレーヌさんが持っていた招待状の中身をちらりと見たので、間違いありません。

 一応、二人きりになった時を見計らって、カレンさんに休暇の理由をそれとなく聞いてみたのですが、

『お、お前には関係ないっ』

 と怒られてしまったのでした。

 カレンさんがいないのもそうですが、それ以上に気になっているのは『カレンさん一人なのか、それとも、もう一人いるのか』

 話の内容から、カレンさんがマドレーヌさんに、一緒に結婚式に出てくれるパートナーについての相談をしていたのは明らかです。

 酒場での一件の後、二人の間で何があったのかは僕も知りません。なので、そこだけでもなんとか知りたいところ。

「僕も休みたいなあ……けど、『隊長が休みだから僕も!』なんて行ったら大目玉だし……」

 ですが、口ではぶつくさ言いながらも、体のほうは、鎧を身に着け、剣をとり、てきぱきと出勤の準備を完了させていました。

 まだ働き始めたばかりの僕ですが、すでに立派な社会人に染まりつつあるようです。

「はあ、どっかの棚から結婚式の招待状がボタっと落ちてこないかな~……なんて」

 そんな無理なことを祈りながら部屋を出ようとすると、

「きゃんっ!?」

「ん?」

 ドアに何かがぶつかる感触と、同時に女の子の声が響きました。。

 隊舎のドアは廊下が狭いくせに外側へ開く仕組みなので、ぶつかってしまったようです。

「すいません! まさか外に人がいるとは……って、あれ?」

 詫びるべく外に出ると、盛大に尻餅をついている女性の騎士さんが、お尻をさすりながら、僕のほうをびしぃっ、っと指さしました。

「まったくもう! この次席卒業の私にこんな辱めを……相変わらずですわね、ハル!」

「え? あぁ、うん。ごめん……なさい?」

 口ぶりから察するに、彼女は僕の同期、いや先輩? 騎士学校を次ぐ二位の成績で卒業した方のようです。かすかに記憶にある顔のような気もしますが、なかなか思い出せません。

 部外者立ち入り禁止の隊舎にいますから、僕と同じように騎士団に配属? たしか名前は、えっと、名前なんだっけ……?

「マルベリですわ! 前からそうですけど、どうしていつも曖昧すぎる記憶しか持ち合わせておりませんの!? 私、結構あなたに話かけてましたわよね!?」

「そうだったっけ? ごめんごめん」

 僕があまりにも『この人誰だっけ?』顔をしていたので、自ら名乗ってくれました。


 ああ、言われてみれば、この子との付き合いはわりと長かったような――。


 ××


「――もし! そこのあなたっ!」

 騎士学校の入学式が終わって早々、明るい金髪をなびかせた少女が、言いながら教室のドアを勢い乱入してきました。

 僕を思い切り指さしているので、誰に話しかけているのかは一目瞭然でした。

「……なに? ってか、誰?」

「誰? 将来の首席卒業候補筆頭の私に向かってこの塩対応っ……たまたま首席で入学したからって、ちょっと調子に乗りすぎじゃありませんことっ?」

 別に調子に乗っているつもりはありません。試験も適当に受けたらそうなっただけで、こんなふうに因縁をつけられる覚えもないのですが。

 この子、面倒くさい。

「ふん、そんなお澄まし顔をしているのも今日までですわ。私の実力はこんなものじゃない……花を持たせてあげるのも今回限りですから、覚悟しておくことですわねっ!」

「ああはいはい。わかったから、僕もう帰っていい?」

「むきーっ! も、もう許しませんわ! ぜっっったい! このマルベリがアナタをギャフンを言わせてみせますから!」

 

 簡単ですが、要約すると、それが最初の出会いです。

 で、そこから試験など、何か点数で競うような行事があるたび、


『入学して最初の定期試験、正々堂々と勝負ですわ! 学年主席さん!』

『こ、今度こそ私がトップを取りますわよ、ハル君!』

『……お、終わりよければすべてよし! 最後に勝つのはこの私ですわよ、ハル!』

『さ、さすが私が認めた永遠のライバルですわ……でも、最後くらいは私に花を持たせてくれても……』


 と、頼んでもないのに絡んできていました。

 僕は相変わらずの塩対応を貫き通したはずですが……なんで徐々に親しい感じになってるのでしょう。

 最後には完全に負けちゃってるし。


 ××


 というわけで、なんとか思い出しました。彼女の名前はマルベリ。

「マルベリ、それで何の用事? 僕、これから仕事なんだけど」

 公に発表されている出勤時間からはまだ一時間以上はあるのですが、『二時間前出勤が常識』という部隊の謎常識に照らし合わせると、もう遅刻レベル。こんなところで世間話をしている暇はないのです。

「そうですの? 今日は私の部署は休みですよ? 同じじゃありませんの?」

「そんなわけないでしょ。ブラックホークだよ? 休み? なにそれ?」

 確かに、本日は暦上で言えば祝日。ですが、仕事自体は、日にち関係なく湯水のように湧いてくるわけです。

 目の前で首をかしげているお嬢様は、あまり理解できていないみたいですが。

「それで、今日が休みとかいう超ホワイト部隊配属の君が、社畜の僕に何の用? 理由もなくここにいるわけでもないでしょう?」

「ええ、もちろんですわ。実は、ハルに、同期のよしみで、ちょっとしたお願いごとがあって伺ったのですが……」

 マルベリが、手にもっていたとある手紙を後ろに隠しました。ぱっと見た感じ、何かの招待状かな。あと、休みにも関わらず、おそらく仕事での正装であろう鎧を身に着けていますし。

「――ん?」

 と、ここで何かが引っかかりました。

「あのさ、マルベリ。後ろに隠したそれって、何かの招待状?」

「え、ええ。同じ部署の先輩の結婚式ですの。これからそこに出席する予定だったのですが……って、きゃっ!? ど、どうなさいましたのハル? いつの間にかすごい顔をしていらっしゃいますけれど」

 思い出しました。マルベリがひらりと見せたその招待状。

 少し前に見たので忘れるはずもありません。

それはまさしく、カレンさんとマドレーヌさんがもっていた招待状と同一のもの。

「……詳しく話を聞かせてもらえないかな?」


 結婚式は、僕らの勤務先である城にほど近い教会で行われていました。

 すでに会場には多くの人が詰めかけてきており、老若男女、各々の正装に身を包んだ方たちの談笑があちらこちらから耳に入ってきます。

 騎士、魔術師、そのほか仕事関係の方でしょうか。

「マルベリ、一応聞くけど、君のパートナー、本当に僕でよかったの?」

「もちろんですわ」

 彼女は即答しました。

「自慢じゃありませんけど、私、学生時代はハ……成績のことばかり考えておりましたので、このようなことを頼める友人だったり繋がりは、一切の皆無でございますの!」

「本当に自慢じゃないね」

 僕でも一人二人はいるのに……まあ、学生時代は毎日毎日僕に突っかかってきてたようですし、他がおろそかになったのでしょう。

 僕のせいではないですが、悪いことをしたような気はしなくもないです。

 ということで、そのお詫びといってはなんですが、彼女のお願いを聞くことにしました。

 ぼっちで行けないこともないようですが、やはりボーイフレンドの一人もいないと格好がつかないみたいです。貴族の社交界面倒くさい。カレンさんが嘆くのもわかります。

 そういうわけなので、僕も有給休暇をいただきました。急ですが、結婚式に出なければならないので仕方がありません。

「さ、ということでハル、早く私をエスコートしてくださ……って、いきなりどこに行くんですの!? 私はここですわよ!?」

「ごめん、僕は用事があるからこれで」

「えっ? ちょっと……!」

 さて、マルなんとかさんのおかげで合法的に結婚式に潜入できました。なんだか手を差し出していたみたいですが、気にしない。

 それはさておき、目的のカレンさんを探していきましょう。

「さあて、カレンさんどこですかっと……」

 ここで、僕は『聞き耳スキル・改』を発動させました。前回よりもパワーアップした盗み聞きです。

 無数の雑音の中から特定の音だけを選び取り、どんな小さな呟きでも漏らすことなく聞き取れるようになったのです。

 なぜそんなことをするか? それは、カレンさんの可愛さを余すことなく堪能するためです。

 しかし、結果的にそのスキルを使う必要は、今回はありませんでした。

「……モシャ……もしゃもしゃ……」

 目立ちまくっていたからです。

 立食形式になっている会場の隅っこに陣取り、式場の中心で祝福を受けている新郎新婦を恨みがましく見ていました。

 隊長仕様の鎧に、両手に持っているローストビーフの塊をもしゃもしゃと喰らうその姿。僕から見てもちょっと異様でした。

 そんなもやさぐれカレンさんもかわいいのですが、ちょっと悪目立ちしすぎているかもしれません。

 そして、ぼっちですし。

「ほら見て、あの人……」

「あ、ほんとだ。あの人って、確か女性初の騎士隊長サマだっけ?」

 カレンさんはこの界隈では有名人のため、あんなふうに目立っているとさすがにこうなります。

 そして、その話の内容は、必ずしも好意的なものとは限りません。

 どうやらカレンさんも遅まきながらそのことに気付いたようです。

 婚期を逃した三十路女さん――私はああはなりたくないわよね――そんな嘲りのようなものも拾ってしまったのか、カレンさんの口から、

(う……やはり遠巻きに私を……もう帰りたい……これなら仕事の方がマシ……)

 と、呟きが聞こえてきました。

 気にしないよう振る舞ってはいますが、僕だけは、カレンさんの本心をしっかりと拾っていたのです。

「あっ……もう、こんなところにいましたのね。会場に入るなりレディを置いていくなんて、いくら『仮』とはいえ勘弁し……って、どうしましたの? 綺麗なお顔がそれじゃ台無しですわよ」

 で、僕のほうはというとマルベリに見透かされるほどわかりやすく不機嫌だったみたいです。

 カレンさんのことなると、どうしても人ごととは思えなくなります。

「あら? もしかして、あそこにいらっしゃるのはカレン隊長ではありませんこと?」

「マルベリ、知っているの?」

「ええ、名前ぐらいは。でも、想像以上にお綺麗な方ですわね」

「そう思う? 奇遇だね、僕もそう思うよ」

 そうです。マルベリの言う通り、カレンさんはとても綺麗です。仕事中でも、そうでなくても。

 普段パートナーがいないという、ただそれだけの理由で蔑まされるような人ではないのです。

「私、カレン隊長とお話したいですわ。ねえ、ハル、私に紹介してくれませんこと?」

「え?」

 顔を見るなり、マルベリは僕の方へウインクを返してきました。

 一人でポツンと佇むカレンさんを見て、彼女も彼女で気を遣ってくれたのでしょう。

「……わかった。それじゃあ、今から隊長に聞いてみるよ」

「ええ、頼みましたわよ」

 とん、とマルベリに背中を押されつつ、僕は急いでカレンさんのもとへと走っていきました。

「隊長~!」

「んぶっ……は、ハルっ!?」

 僕の登場に、カレンさんは予想通りのリアクションを返してくれました。食べることに集中していたところからの僕の出現で、口の中の物を噴き出してしまいます。

「ああ、隊長ってばお行儀が悪いですよ。さ、口をこちらに」

「や、やめろっ……このぐらい自分で出来るからっ……!」

 僕がハンカチで口を拭おうとするのを嫌がるカレンさん。ですが、肉塊によって両手が塞がっている状態ではなすすべもなく、結局は僕にされるがままです。かわいい。

「これでよし、と。隊長、ダメですよ? 騎士隊長ともあろう方が、結婚式でぽつんと一人、料理をむさぼり喰うなんて」

「普段はこんな悠長にメシを喰っている暇などないからな……栄養補給の一貫だ。というか、ハル、お前がなぜ結婚式にいる? 仕事はどうした、仕事は?」

「出席してくれと同期の子に頼まれまして。えっと――」

 後ろから追いかけてきていたマルベリが、すかさず会話に割って入ってきました。

「お初にお目にかかります。私、王都近衛騎士団第一分隊所属のマルベリと申しますわ。お会いできて光栄ですわ、カレン隊長」

「第一分隊……『ホワイトクロス』か。そちらの隊長は元気か?」

「ええ、もちろん。ぜひ一度、様子を見にいらっしゃってください。歓迎いたしますわ」

 どんよりとした空気に、にわかに会話の華が咲きます。

 二人並ぶと、なんというか、華やかさがぐっと際立つ感じがします。マルベリもマルベリで、カレンさんとはまたタイプが違う華やかさがあるので、そう思わせるのかも。

 僕らが来るまでは、漏れ聞こえていた陰口も、いつの間にか止んでいました。

「おや、一人寂しい親友の面倒を見てやろうと思ったけど……杞憂だったみたいね」

 と、ここで、人混みのなかをすり抜けてきたマドレーヌさんがこちらへと手を振りつつ近づいてきました。

 旦那さんと同伴できているようで、こちらはちゃんとしたドレスで装っています。

「人聞きの悪いことを……こちらはマルベリ。別分隊の所属だ。そしてこっちのクソ生意気な小僧が、私の部下のハル」

「初めましてマドレーヌさん、カレンさんの部下で、ハルといいます。以後お見知りおきを」

「あ、君が噂の……私はマドレーヌ。カレンの同期で、今は魔法関係の研究をしているわ」

 握手をすべく僕が手を差し出すと、マドレーヌさんがそっとその手を掴み、懐に引き寄せてきました。

(親友のこと、よろしくね。ちょっと扱いにくいけど、根はとってもいい子だから。まあ、色々と気配りのきく君のことだから、大丈夫だろうとは思うけどね)

 多分、彼女には僕がカレンさんの周囲でこそこそしていたのはお見通しなのでしょう。

 親友のことをよろしく、ですね。それについては全く問題ありません。

 絶対に、カレンさんを悲しませるようなことはしません。むしろ幸せにしてあげたいぐらいなのですから。

 

 そうしてしばらく四人で歓談していると、花嫁にだんだんと人だかりができ始めました。

 見てみると、どうやらブーケトスの時間のようです。

 詳しいことは知りませんが、王都で最近流行っている縁起担ぎらしく、花嫁が投げたブーケをもらった人が次に結婚できるとかなんとか。

 そのせいか、特にまだ未婚の女性方の目つきがぎらついている気がします。

「ほら、カレン。ぼさっとしてないで行ってきなさいよ」

「は、はぁっ!? な、なんで私が……あんなのくだらないまじないに……」

「なにほざいてんの。このままでも状況なんて変わらないんだから、何でもいいから行動を起こしたほうがましでしょう?」

「カレン隊長、せっかくですし行きませんか? 私も、実は、ちょっと興味がありますし」

「……まあ、マルベリがそう言うなら」

 マルベリのアシストにより、カレンさんが渋々といった顔で、でも瞳はきらきらと輝かせて、集団の輪の中に加わっていきました。

「はあ……まったく、世話の焼ける親友なんだから。ねえ、ハル君もそう思わない?」

「そうですね……でも、そういうところもかわいいと思うんですよ、僕は」

「……物好きだねえ」

 残った二人でそんな言葉を交わして、そして同時に風の魔法を飛ばしました。

 標的は、今しがた花嫁が投げたばかりのブーケ。

 僕とマドレーヌさんがこっそりと発生させた風にのり、花束はどんどん集団の後ろへと流れていき。

 そして、カレンさんの両手によって受け止められたのでした。

「えっ、えっ……?」

「おめでとうございます、カレン隊長。幸運な風でしたわね!」

「う、うん……ありがとう」

 微妙な風の操作は難しかったですが、マドレーヌさんの協力もあって、即興でしたがなんとかカレンさんのもとまで運ぶことができました。

「隊長、おめでとうございます! この勢いに乗って、幸せになって見返してやりましょうね!」

「ハルか、ああ、ありが――」

 マルベリや他の出席者の方と同じく、僕もカレンさんのもとへ祝福に駆け寄ったのですが、

「は、は、はははは……」

 僕の顔を見て一瞬固まったあと、カレンさんの頬が、みるみるうちに赤くなっていくのでした。

「? 隊長?」

「お前、このおまじないのこと知って……」

「おまじない? えっと、ブーケを受け取ったひとが次に幸せになるとかっていう……違うんですか?」

「え? いや、それで別に間違いはないんだが……いや、じゃなくて」

 しどろもどろになったカレンさんは、耳まで真っ赤にして俯いてしまいました。

 あと、何気に隣のマルベリも『信じられない』といった顔で僕を見ていました。

 僕、なにかまずいことでもしてしまったのでしょうか。

「あれ? ハル君知らないの? 王都だけで広まっている、もう一つの意味――むぐぐっ!?」

 と、僕の後ろでやけにニヤニヤとしているマドレーヌさんの口を、カレンさんが疾風のごとき体さばきでふさぎにかかりました。

「はあ? マドレーヌ、お前は何を言っているんだ? 『幸せになる』以外の意味なんて、あるわけないじゃないか!」

「むぅ、むぅ~!」

「マルベリも! そうだよな?」

「ふえっ!? そ、そうですわね。そういえばそんな気がしなくも……」

「は、はあ……」

 この後、なぜカレンさんがあそこまで慌てふためいたのかは分からずじまい。

 後日、誰に聞いても『さあ~?』ととぼけられるばかりで教えてくれなかったですし……もう一つの意味って、結局なんだったのでしょう。

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