第1話
さて、ではなぜ新人騎士であるこの僕が、直属の上司であるカレンさん失礼千万極まるセクハ……じゃなくて、アタックをするようになったのか。
それは、僕が初めてブラックホークに入団を果たしたときの場面にさかのぼります。
××
王宮内、謁見の間で行われた王都近衛騎士団の入隊式。
騎士学校主席で卒業し、新人騎士代表として挨拶し、つつがなく式の進行を終えた僕は、これから自分の上司になるという女性を見た瞬間から、その視線を外すことができなくなりました。
「……小さいな」
「ハルといいます……その、失礼ですが……」
「私はカレン。お前が配属となる第四騎士分隊の隊長を務めている。言っておくが、新人だからといって特別扱いはしないからな。皆と同じように任務をこなし、皆と同じように血反吐を吐いてもらう。学生気分のままなら、今のうちに捨てておけ」
冷たい視線で僕を一瞥した隊長は、『ついてこい』と言わんばかりに僕に背を向けて歩き出しました。
その瞬間でした。
後ろでまとめた長い銀髪を揺らす美しい背中へと、つい反射的に、
「僕と、お付き合いしてください」
と口走ってしまったのです。
完全なる一目惚れでした。
もちろん、今まで出会った女の子はゼロではないですし可愛らしい子も中にはいました。
しかし、見つめられただけでこれほどにも緊張し、心臓が熱く鼓動したのは、今までの人生で初めての経験でした。
止める間もなく、気持ちが口からでてしまったのです。
「……おい、今、何と言った?」
僕自身も思いもよらず口に出た言葉に、隊長が足を止めてこちらに顔を向けてきました。
透き通るような淡い色の瞳は、身長差もあって、完全に僕を見下ろす格好となっています。
「え? あの、僕とお付き合いをしてほしいと……もちろん個人的な」
「……お前と『誰が』個人的なお付き合いをすると?」
「だからその……僕と、隊――」
と、答えを言い終わる前に、隊長は、無言で僕に詰め寄り、勢いよく腕を振って僕の頬を張りました。
パン、と王宮内に響き渡る乾いた音。頬に残る痛み。
それを自覚した瞬間、僕はすぐさま自分のやらかしたことに気づきました。
「っ……申し訳ありません! 僕、まだ初日だというのに何て失礼な――」
初対面の、しかもこれからともに働く直属の上司である方へ男女交際を申し込むなど、僕はなんて礼を欠く行動をとってしまったのでしょう。
そして、その行動の報いとして当然の言葉が、隊長の口から発せられます。
「断る。貴様のような失礼極まりない子供と交際だと? 笑わせるな」
「そ、そう……ですよね。申し訳ございません、隊長」
「わかったなら早くこい。今日はほどほどに、と思ったが、気が変わった。今すぐ貴様の浮ついた気分を凹ませてやる。覚悟しておけ」
やっぱりこうなってしまいました。衝動的な告白はあえなく玉砕し、しかもそんなメンタルでシゴかれるだなんて。
失敗した。嫌われてしまった。そんな後悔が頭の中をぐるぐるしていると、
ビターンッ!!
「えっ?」
と、そんな、誰かが思い切り躓いて顔面を床にしたたかに打ったような音が城内を響き渡りました。
芸術的なほどのうつ伏せ状態で倒れていたのは、もちろん、僕の視線の先にいた隊長。
「だ、誰だ、こんなところに罠なんか置いてっ……!」
そんな独り言を言いながら、顔をみるみる紅潮させて周囲をキョロキョロと見渡していますが、僕の目からは、ただ何もないところで派手に躓いたようにしか見えませんでした。
「あの、大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫に決まっているだろう……転んだだけでケガするほど私はヤワではないっ」
と、言ったそばから、片方の鼻の穴から赤いものがたらりと。
「鼻血出てますけど……」
「っ……だ、大丈夫だと言ったら大丈夫だ! 適当に唾でもつけておけば治る!」
そう言って、隊長はずんずんと足音を鳴らしてブラックホークのある地下へと進んでいくのでした。
血、止まってないようですが、大丈夫なのでしょうか。
「ちょっと変わった人……なのかな」
人の目をひきつけてやまない容姿、仕事一筋の冷たい視線。でも、唐突に顔を出すちょっぴりドジなところ。
(もしかしたら、隊長って、実はものすごくかわいい人なんじゃ……?)
遠くのほうで再び盛大に転んでいるカレンさんを見て、僕は、ほんの少し、これからの社会人生活に希望を見出すことが出来たのでした。
ということで、その日を境にして、ちょっとずつカレンさんにアタックする僕の日常が始まったのです。
一度振られても、僕は今もなおカレンさんに恋する純粋な少年。なので、たまに度を過ぎたこともしてしまうわけです(無駄に胸を張る)。
さて、日は改めて、仕事場からほど近い酒場です。
大衆酒場らしく、仕事を終えた人々が今も陽気もしくは陰鬱に語り合っています。それなりに賑やか。
で、僕はそこにいるわけなのですが、理由はもちろん、
「……ふぅっ」
淡々とお酒を喉に流し込んでいるカレンさんでした。
カレンさんは必要な時を除いて酒の席に参加することはないので、こうして中々お目にかかることはありません。
あ、僕は今、魔法で変装を施した上でこの場に紛れ込んでいます。ちょっと小柄な商人風のおじさん。飲み物は水です。
変装は、盗み聞きをするのに必須なスキルの一つ。まるっと独学ですが、習得していてよかったです。
これは決してストーカーではありません。これはそう……情報収集の一貫です。カレンさんをおとすための作戦。
「ったく……明日も仕事でしょうに。こんなに飲んじゃっていいの?」
「マドレーヌ……私にだって、そういう時ぐらいあるさ」
カレンさんの対面に座って心配する素振りを見せるのは、マドレーヌさんという女性のようです。
仕事着の魔法衣を見るからに、魔術師とか、研究職の方っぽいです。
気の置けない話しの仕方なので、古くからの友人というところでしょう。
「まあ、原因わかってるから、私もこうして付き合ってやってるわけだけど」
言って、マドレーヌさんは懐から一通の手紙を取り出しました。便箋の装飾からして、何かの招待状でしょうか。
「本来なら『欠席』だよ、こんなもの。……だが、こんな仕事だ。世間体もある」
カレンさんも同じものを持っているのか、恨めしげな視線をそれに向けていました。
よほど憎らしいようです。
「でもカレン、まさかアンタが売れ残るとはねえ」
「何が言いたい?」
べつにぃ、とからかうように笑って、マドレーヌさんは続けました。
「昔っから容姿だけはピカイチなのにねえ。男からも女からも憧れられる学園の高嶺の花……それがまさか、二十九にもなって一切の経験がない処……」
「!? おまえ、それは言うなとっ……!」
「冗談よ、冗談。私だって旦那しか知らないから、偉そうなこと言えないし」
カレンさんが剣を構えるも、マドレーヌさんは動じることなく親友をあしらっています。
カレンさんがこうなるのはしょっちゅうなのでしょう。
「私だって……全く興味がなかったわけじゃないさ。でも、それ以上に負けん気が強い性格だった。女だから『騎士として劣っている』と男に疎んじられるのが嫌で、それで」
「いや、でもさすがに処女はヤバいでしょ処女は」
「しょっ……だから言うなってぇっ……!?」
誰かに聞かれやしていないかと、カレンさんが忙しなく目配せしています。
他の皆はさておき、僕はばっちり聞きましたし記憶しましたし忘れませんすいません。
ただ、なんとなく予想はしていましたが。
爆弾発言が(僕以外に)漏れていないことを確認して、カレンさんは、ふっ、と一息ついて口を開きました。
「なあマドレーヌ、なんで……他人の結婚式なんてあるんだろうな」
「雰囲気出してるけど、アンタそれ全然カッコよくないからね」
冷めたような目つきでカレンさんにそうきっぱりと言い放ったマドレーヌさん。
ちなみに二人が店に入ってから、もうかれこれ三、四時間は経過してます。親友とはいえ、いい加減愛想も尽きる時間帯でしょう。
「もう腹くくって一人で行けば? 心細いなら、まあ、私と旦那の近くにいてもいいし」
「ダメだ。そんなことしたら余計みじめに……マドレーヌ、お前は想像できないのか? 同期の猿どもから『ほら見て、あの人がアラサーだというのに未だに独身の女騎士よ』とマウンティングをとられる私を」
仕事では絶対にしない弱音を吐いて、カレンさんがテーブルに突っ伏して嘆きました。酔っているのもあるでしょうが、仕事中の凛々しい女騎士の面影はありません。でもかわいい。
「だから『誰か連れてこい』って言ってんじゃない。というか、アンタなら部下の一人や二人適当に理由つけて引っ張ってこれるでしょ?」
マドレーヌさんの言う通りです。その場をしのぐだけなら、例えば僕とか僕とか僕とかを引っ張ってくれば解決です。
選んでくれれば、僕は立派に彼氏を勤め上げますし。このまま本当にそうなっても可、いや、優です。
しかし、マドレーヌさんからの提案に、カレンさんは口をごにょごにょとさせて、
「それは……やだ」
と言うのでした。
「は? なんで」
「いや、だって……」
「だから何?」
イライラが募るマドレーヌさんに、カレンさんが体をもじもじさせて言うのですが、
「――に、そんなお願いするの、恥ずかしい……」
「は? なに、それだけ?」
むむぅ……あまりにもカレンさんが小さな声でしゃべるものだから肝心なところが聞き取れませんでした。
誰かの名前を言ったのは、間違いなのですが……。
「と、とにかくっ! いくらフリとはいえ、私より軟弱なやつをパートナーとするわけにはいかないっ! まあ、これから強くなれば、考えてやらないことも……ないけど」
「はあ~……さいですか」
唇をちょこんととがらせて呟いたカレンさんの言葉に、マドレーヌさんは露骨に大きなため息をついて、ゆっくりと立ち上がりました。
「もういい、私帰る」
「え、そんなっ……むん!」
呆れて店から出ようとするマドレーヌさんに抱き着き、必死に引き留めようとするカレンさん。
騎士らしく力は強いので、マドレーヌさんのようなか弱い女性だと、一人で抜け出すのは難しいでしょう。
しかし、カレンさんが、まさかそこまで他人の結婚式の出席で思い悩むなんて意外でした。人の陰口なんて、気にしない性格だと思ってたのに。
やっぱり僕が思っていた通り、カレンさんも乙女な部分も持ち合わせていました。人前では、滅多に見せてくれませんけど。
「ええい、ウザい。離れろこの孤独死確定女っ!」
「ひどい! それが親友にかける言葉かっ!?」
「アンタがいつまでもそんなだからでしょうが! いい加減結婚しろっ!」
「マドレーヌまでそんなこと言って……! お願いだ、見捨てないでくれっ」
このやり取りは、閉店時間を迎えた酒場の店主さんがキレるまで続いたのでした。
ちなみに僕は途中で追い出されましたが、必要な情報は得たし、カレンさんのかわいい一面も見れたので良しとしておきましょう。
さて、次は結婚式ですか……どうやって潜入しようかな。
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