年上エリート女騎士が僕の前でだけ可愛い
たかた/角川スニーカー文庫
プロローグ
「ン、ゴホンッ……!」
城の地下にある深夜の職場。人がはけ、静かになった二人きりの部屋に、大げさな咳払いの声が響きました。
「隊長、あの……」
「……今、何と言った? この神聖なる騎士団の中心で、貴様は」
目の前にいるのは、厳しい表情で僕を詰問しつつも、実は頬をほんのりと染めている妙齢の女性。
彼女の名はカレンさん。女性ながら、僕の所属する王都近衛騎士団第四騎士分隊、通称『ブラックホーク』の隊長を務める御方です。男社会ともいわれるこの国の騎士団の中、遜色ない剣の実力とリーダーシップを兼ね備えています。
管理職の中では、最年少の二十九歳。つまりはエリートです。
僕は、そんな彼女の下で一人前の騎士となるべく、日々鍛錬を重ねているのです。
あ、申し遅れました。僕の名前はハルといいます。平凡な生まれと平凡な身分ながら、騎士学校を主席で卒業し、今年『ブラックホーク』に配属となった新人です。
「そう言われましても……隊長、僕、どこがまずかったでしょうか?」
「……だから、その、直前の言葉だ。ふざけた口をきいて」
「直前……? ああっ、あそこですか!」
そうして、僕は先ほどと同じ調子でカレンさんに迫りました。
息を荒げ、顔を上気させるふりをしながら。
『隊長、僕もう我慢できない……だから、お願いです。ヤらせてくださいっ!』
「ふにゃっ――!!?」
自分から言わせたくせに、また同じように体をびくりと反応させたカレンさんが、はずみで黒いインクの入っている瓶を倒してしまいました。
書きかけの日報用紙が、みるみるうちに真っ黒に染まっていきます。
「ああ、いけない。すぐに拭き取らないと――」
と、僕が近くにあった布切れをもってカレンさんの机に近付こうとすると、それを制するように、カレンさんの腕がすっと伸びてきました。
鍛えられていながらも、すらりと伸びた白い二の腕と肩が美しいです。
「こ、これぐらい自分できるっ。できるから、その……お前はさっさと帰れ」
「え、でも……まだ『ヤりたい』の返事が」
「ヤッッッ……!?」
ガタッ! とカレンさんが勢いよく椅子から立ちあがりました。
手には、カレンさんの相棒である大剣。僕の身長ぐらいはある剣なのですが、カレンさんはそれを片手で軽々と振り回します。
「うわっ、ちょっとそれはいきなり反則じゃないですか?」
「……二度は言わんぞ」
「わ、わかりました! わかりましたから、剣(それ)はおさめてくださいっ」
「ふんっ……」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げたおかげで、剣をもとの位置に戻したカレンさんですが、顔は依然不機嫌なままでした。
「もう、せっかく僕が勇気を出してお願いしたのに……隊長、ひどいです」
「お前がそれを言うか……受け入れるわけないだろうが」
「え? どうしてですか? 他の部下の人たちとは頻繁にヤって――ぶへっ!?」
「や、やややヤるかあっ!? お前は私をなんだと思っているっ!」
そこで初めて声を荒げて、拳骨とともに僕へと抗議を浴びせたカレンさんです。
まあ、これはさすがに攻めすぎだったと僕も思いますので、当然の報いでした。むしろ拳骨で済んでよかったです。
「いたた……もう、いきなり殴るなんて」
「殴られて当然のことをしたお前が悪い」
「え? 僕が隊長に剣の鍛錬をお願いするの、そんなにダメなことですか?」
「……え?」
そこで、カレンさんの表情が固まりました。
「ハル……すまんが、もう一回言ってくれないか」
「はい。あの、僕はずっと『隊長と剣の鍛錬をやりたいんです』と言ってたつもりなんですが――」
あ、もちろん(剣の鍛錬を)という文言を意図的に外してます。その理由はもちろん、
「~~~~~!」
それまでエッチなことを想像していたであろうカレンさんの、羞恥に頬を染める顔を拝むことができるからです。年上で、エリートで気高くて、でも、そのせいで男性経験が皆無でかわいい反応を見せてくれるカレンさんの姿を。
表情筋や頬の色味の変化は、実のところ微々たるもの。ですが、カレンさん鑑定士(自称)の僕にかかれば造作もないことです。
「! あっ、もしかしてカレン隊長、『イヤらしい』ことなんて想ぞ――」
そんなわけで、もう一声、と調子に乗った僕でしたが、直後、頬の横を一瞬の閃光が通り抜けました。
はらり、と床に落ちる僕の数本の髪の毛。そして、頬を伝う温かい感触。
「……ハル、そこになおれ。斬るから」
「え、えへへへ……」
まずい どうやら かげん を まちがえたようだ!
「あ、そうだ! 自宅で主人の帰りを健気に待つ猫のミーちゃんに餌を上げる用事があったんだった! では、そういうことでっ!」
「ペット禁止の独身寮に住むお前にそんなものいるかっ、待てええっ!」
さらりと素早さ上昇の強化魔法をかけた僕は、カレンさんの追及を振り切るように脱兎のごとく逃げ出しました。こう見えて僕も優秀と言えば優秀なので、まあ、これぐらいは朝飯前です。
「ふふ……やっぱり今日もカレンさんは最高にかわいかったな」
全速力で家路へと駆ける僕は、今日のハイライトを脳内で駆け巡らせながら、そうひとりごちました。
さて、明日はどんな風にして、カレンさんのかわいさを堪能してやろうかしらん。
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