第十四話 手合わせ
まえがき
アイシアとセルヴィアのやり取りから一夜明け。
今日もまたいつもと変わらぬ授業を受けるアルだったが……。
「今日もそれぞれペアを組んで対人戦をしてもらうが、その前に一人誰か俺と手合わせをしてみないかー?」
いつもと変わらない実技訓練の授業のはずだったのだが、今日は違った。
アルと目が合った教官が「うーん」と悩み声をあげながら地面に座っている生徒達の顔を次々と見る。
フレイアードやアイシアは手合わせをしたそうに目を輝かせながら、あるいは自信に満ちた顔で教官を見つめ、他の生徒達は自信なさげに地面へと視線を落とす。
アルもその一人だったのだが、先生が「よし!」とひときわ大きな声を上げる。
「アルベルト=ランケス! お前の本気を見せてもらおうかな!」
他の生徒達は選ばれなかった事に一安心してすぐに対象がアルと聞いてクスクスと笑いだす。
あぁ、これは公開処刑だな。などと胸中で思いながらアルはゆっくりと立ち上がった。
「おぉ! 今日もやる気だけは満点だなぁ! よしよし」
拒否も反論もせず立ち上がるアルに教官は目を細めてニタリと笑う。
恐らくこの先生は。
……エイギルソン先生は「不発」を理由に辞退を申し出たとしても
とはいえ拒否したり他の生徒に訴えかけても何も変わりはしない。
そういう諦めがあってアルベルトは聞き分け良くすんなり立ち上がっただけなのだが。
色白で面長。
蛇のような顔をした細身のエイギルソン教官は何かとアルに絡み、生徒と一緒になって蔑んでくる。
まさにウェルスとは対応も考え方も真逆の教官であった。
「よーし、準備はいいかー? 魔術構築は出来てるかー?」
エイギルソンの声かけを聞いた生徒が「構築出来ても撃てないんじゃ意味ないけどな」「だよね。無駄よね」と口々に言って
「先生早くー!」
「もう始めてくださーい!」
アルとエイギルソン以外の人間が訓練場の隅へと移動し、手合わせが始まるのを今か今かと待ち望むあまり開始を催促する声が上がる。
「よーし! それじゃー始めるかぁ! アルベルト、お前のタイミングでいいぞぉ!」
「……分かりました」
短く答えたアルがゆっくりと腰を低く下げ、じっとエイギルソンを
(セルヴィアに感化されたかな?)
なんて事をふと考えてしまう。
以前の自分ならば無抵抗で相手の気の済むようにやらせればすぐに終わるんだ、と諦めの感情で一杯だったはずだ。
それが今はウェルスに教わった初歩的な体術を駆使して接近し、何とか一発を入れられないだろうか? なんて事を考えているのだから。
(本当に、彼女は凄いなぁ……)
そんな事を思ってからアルは砂地を蹴って前へと走り出した。
「おぉ? 始まったかぁ!」
エイギルソンはあらかじめ練り上げていた魔力を構築して発動させる。
「直線の敵はぁ、非常に当てやすいぞぉー!」
見学している生徒に説明をして掌から氷の礫を無数に放つエイギルソンだが、運良く初手を読んだアルが側面を転がってそれを回避した。
「あん?」
思い描いた通りにならなかった事でエイギルソンが苛立ちを含んだ声を漏らし、氷の礫はそのまま無機質な壁にぶつかって粉々に砕け散る。
「ぷはっ……!」
砂から体を起こしたアルが立ち上がり、エイギルソン目掛けて再び駆け出す。
「き、貴様ァ!」
いつもとは違う反抗的なアルに、こめかみに青スジを浮かべたエイギルソンが次の魔法を構築する。
「ほらぁ!」
空の手をブンと振っただけのエイギルソンとほぼ同時にアルは魔力を籠めて地面を殴り付けた。
ザァッッ!!
突如砂が激しくうねり、アルの背丈ぐらいまで
直後。
パシュッ! パシュッ!
砂に激しく平手を打ち付けた音と形容していいのか。
見えない空気の塊が砂の壁を抉り、複数の
「チィッッ!」
忌々しげにエイギルソンが舌打ちをし、アルが砂壁の横から飛び出して距離を詰めた。
(いける!)
二度攻撃を外したエイギルソンの顔に憎悪の色が浮かぶ。
とても手合わせとは思えない顔だ。
右手に炎の槍のイメージを持たせて魔力を注ぎ込む。
後はこれを教官の腹部に叩き込めば、一矢報いる事が出来る。
アルは自分の勝利目的をそう定めて魔法を構築させた。
エイギルソンまであと五歩。
腕を後ろに引き前に突き出すための勢いを付ける。
四歩。
エイギルソンの表情にわずかな変化が見えたような気がした。
(何……?気になるけど……でもここまで来たら……!)
三歩。
「ざぁぁぁぁんねぇえぇぇん!!」
エイギルソンの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
二歩。
(何が……?)
最後の一歩に到達した時。
アルの足元から勢いよく大量の水が噴き出し、進行を阻んでその体を包み込む。
「がっ……ゴボッッ……!!」
次々と噴き出す水が口や鼻の中に入り込み、苦しさでアルはじたばたと
だが元が水である為、掴むことも振り払う事も出来ずにただ無様に手足をバタバタさせるだけで何も変わりはしなかった。
「はぁーーい!
溺れているアルに背を向け、気にも留めない素振りでエイギルソンが満面の笑みを浮かべながら生徒達に説明を行う。
「接近をしなければいけない敵には、こうやって初めから罠を仕掛けていればいいんだぞぉ!」
エイギルソンの説明に「なるほどなぁ……」と生徒達が感心の声を漏らす。
(くっ……くるしっ……!!)
絶え間なく動き続ける濁流の中で藻掻き続けた所為ですぐ酸欠状態になり、体が新鮮な酸素を欲する合図を出し続けていた。
エイギルソンの声も、生徒の声も聞こえないただゴボゴボと流れ続ける水の音。
アルの意識は徐々に薄れていった。
・ ・ ・ ・ ・
目を開けると、そこは見慣れない天井だった。
「ん……」
自分がベッドに寝かされていると把握したアルがそっと上体を起こす。
「ここは……保健室……?」
ベッドの周りにはカーテンが掛けられていて室内の全貌を伺う事は出来ない。
それにもし部屋を見たとしても入学当初に一度だけ、学院見学で訪れた事がある程度なので記憶としては曖昧ではあるのだが、薬品独特の匂いがする空間から保健室なのだろうとアルは判断した。
「あら。目、覚めた?」
シャッ……。
カーテンが開けられ、ピンク色でくりんくりんの巻き毛の先生が顔をのぞかせる。
「あ、はい……」
「授業中に悪ふざけして他の生徒の水壁の中に飛び込んだんだって? ダメよぉ?」
ロングの巻き毛を指でくりくりといじりながら、アルの素行をたしなめる先生。
「あ……すみませんでした……」
「いいえー。濡れた制服は
「ありがとうございます……」
言われてみれば確かに。
ベッドに寝ていた自分の制服はあの出来事は嘘だったかのように完全に乾いていた。
「外傷もなし。どこか痛い所とかはあるかな?」
「いえ、ないです」
「それじゃ、お大事にね。もう無茶したらダメよ?」
「ありがとうございました」
アルはベッドから降りて保険の先生にお礼を言うと、保健室を後にした。
・ ・ ・ ・ ・
「………」
(惜しかったのかな? あの水壁にも気付いていたら……)
エイギルソンとの手合わせの反省点を考えながらとぼとぼ教室へと歩くアル。
どうやら実技の授業から二時間程気を失っていたらしく、もう昼休みに入っていた。
「あ……」
目の前から歩いてきた女生徒がアルに気付いて声を上げる。
「ランケス君……」
「あ、ラッシェさん」
アルに小走りで駆け寄ってくるルセリアが心配そうな顔を浮かべた。
「もう、大丈夫なの……?」
「うん。何とか」
心配してくれてたのかな? なんて考えるアルにルセリアが口を開く。
「ねぇ、どうしたの?」
「え……? 何が……?」
「ランケス君、やっぱりおかしいよ?」
「ど、どこが……」
ルセリアの言葉の意味が理解出来ずにアルは困惑気味に尋ねる。
「前のランケス君だったら、エイギルソン先生に逆らうような、あんな真似はしなかったのに……」
「さ、逆らうって……。手合わせをしただけだよ……」
「手合わせだなんて! どうやったってエイギルソン先生に勝てっこないじゃない! 水の壁とか……ひどいよあんなの……虐めだよ……」
「……」
ラッシェさんは自分の事を心配してくれている。
そう思いたいのに、素直にそう思えない自分がどこかにいる。
アルは複雑な気持ちから、どう言葉を返していいのか分からなかった。
「やっぱり、あの「力を貸して欲しいっていう
「ち、違うよ」
「嘘よ! 貴族と関わりを持ってから……ランケス君は変わったわ」
「ぼ、僕は……」
「危ない事はして欲しくないの。辛い事には無理に立ち向かわなくていいと思う! 今ならまだ間に合うわ!」
「ごめん! 僕は……。僕は決めたんだ。もう少し自分を信じてやってみる。だから……心配してくれるのは嬉しいけど、ごめん! じゃあ!」
それだけ言い切ってアルはルセリアの前から走り去った。
アルの背中を見送ったルセリアは「……ランケス君」とぼそりと名前を呟いた。
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
久々に登場。
教官ことエイギルソンです。
回を重ねるごとに壊れていくような気がします。
ルセリアさん。
心配、してくれてるんですよね多分。
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