第十三話 秘密特訓

まえがき

魔法が飛ばせない少年と魔力がまらない少女。

出会った二人が最初に行った訓練とは……。














 






 パンッ! パンッ! パンッ…!


 肉と肉がぶつかり合うリズミカルな音が静かな室内に響き渡る。


「んっ…! くぅ…!」


 頬を赤らめて苦悶の表情を浮かべ、きゅっと結んだセルヴィアの口から声が漏れる。


「ね、ねぇっ……」


 パンッ! パンッ!


 額にうっすらと汗をかいたアルが動きを止めないまま口を開く。


「なっ、何よぉっ…! んくぅ!」


 平静を装って声を出そうとするも、それが出来ずにセルヴィアは矯声きょうせいにも似た声を漏らす。


「それ、何とかならないの…?」


 何だか自分がとんでもなくイヤらしい事をしているような感覚になり、アルはセルヴィアのてのひらに繰り出していた拳の動きを止めた。


「ちょっと止めないでよっ。あっ、あっ、魔力がぁ~っ……」


 アルからの魔力供給が途切れた事でセルヴィアが発動させようとしていた魔法の必要量に届かず構築が霧散する。


「もうちょっとだったのにー……」

「ご、ごめん……」


 突然の訓練中断に恨めしそうな目で睨んでくるセルヴィアに、アルは素直に謝ってから再度拳に魔力を集中させる。


 フォルテナ学院地下一階の空き部屋。

 初めて二人で魔法を発動させた月明かりが降り注ぐ幻想的な訓練場とは真逆で、カンテラの蝋燭ろうそくが生み出すぼんやりした炎が埃っぽく狭い室内を照らしている。


 アルが協力を承諾してから二日。


 みたいに訓練場に忍び込んで練習するのはやはり健康面にも道徳的にも良くないという話になり、今日の昼休みの時にカーラにその事を相談した所「あまり人が通らない学院地下一階の倉庫なら人目に付かず訓練出来るんじゃない?」と教えてくれた。

「何でそんな事を知っているの?」と聞いたセルヴィアにカーラは「女の子は色々と噂話が好きな生き物なんだよ」と同性に対してに落ちない答えが返ってきた。

 かくして二人はカーラの言葉通り今日は空き部屋で人目をはばかることなく魔法の練習に勤しんでいるという訳だった。


「で、でもその声ってどうにかならないの……?」


 突き出された掌に拳を打ち付ける前にアルは再びセルヴィアに確認した。

 セルヴィアは瞳を閉じてから「うーん」と悩む素振りをみせる。


「慣れ、なのかしらね? アルの魔力ってやっぱり強いっていうかどっしりしてるって言うか……。こう、お腹にズンズンと響く感じなんです」

「お、お腹に……」


 具体的な部分を言われた事で彼女のお腹に視線を移してしまい赤面してしまうアルを見て、セルヴィアも自分の言い回しに気付いて顔を赤らめた。


「いっ! 今まで体に含んだ事のない魔力量だったからかしらねっ!? 毎回ここまで溜めるという事を続ければ慣れて声も出なくなるんじゃないかしらっ!」

「そ、そうかもしれないね!」

「つ、続きを宜しくお願いしますっ!」

「分かったっ! い、いくよっ!」


 パンッ! パンッ! パンッ!


 お互い顔を真っ赤にしながら、アルは再びセルヴィアの掌に向かって軽いジャブを繰り返し打ち込んでいくのだった。





 ・ ・ ・ ・ ・ 




「はぁ~……疲れたぁ……」

「お疲れ様」


 地下を後にして学舎を出たセルヴィアが背伸びを一つして大きく深呼吸する。

 アルも一人で訓練していた時には感じなかった心地よい疲労感に包まれ、夜の冷気を帯び始めた新鮮な空気を肺に取り込んだ。


「セルヴィアの上達が早くてびっくりしたよ」


 隣を歩くセルヴィアの魔法構築と制御力の上達には正直目を見張る物があり、供給された魔力を上手に利用してスムーズに魔法を発動させていた事にアルは心から感心した。


「あら、アルの魔力が高いのとイメージをしっかり伝えてもらえてるからよ。私だってアルの魔力量にびっくりしたわよ……。二時間やってもまだ残っているなんて……」

「うーん……。今回はほら軽いジャブだったからあんまり放出できなかったし……」


 訓練開始直後にセルヴィアが「相手に触れる事が条件ならもしかすると手をずっと繋ぎ続けていたら安定かつ効率的に魔力を供給出来るのでは?」という疑問を抱いて、互いにドキドキしながら手を繋いでみたのだが残念ながら魔力を送る事は出来なかった。

 やはり魔法の発動にはインパクトが必要不可欠なようで、その威力に応じて魔力の量も左右されるという事が改めて実証されてしまったのだ。

 その為、先ほどのように軽いジャブを定期的に当て続ける事で少量ずつではあるが魔力をセルヴィアに送るという訓練方法になってしまった訳である。


「私、まずは肉体を鍛えてアルの強いパンチにも耐えられる様になる所から始めないといけないわね」

「そ、それはどうなんだろう……」


 セルヴィアの本気とも冗談とも取れる発言にアルがどう答えていいのか分からず返事に困る。

 筋骨隆々のセルヴィアなんて見たくないというのがアルの正直な本音だが。


「あれあれぇー? 不発じゃん」


 突然アルの背後から降りかかってくる侮蔑ぶべつの感情を含んだ感情と声。

 セルヴィアとアルが同時に振り返ると学舎から出てきた赤髪を逆立てた男子生徒と青い髪を後ろに束ねたポニーテールの女子生徒が立っていた。


「ふ、フレイアード君……」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら見下した視線のフレイアードに、アルが目線を逸らして俯く。


「何だ? 魔法も撃てない落ちこぼれのクセに女子と仲良く下校? いい身分だなぁ~?」


 俯いたアルに、顔を覗き込むように姿勢を下げて近づいてくるフレイアードだったが、セルヴィアが二人の間に割って入った。


「あん?」

「フレイアード君、でしたっけ? 私はセルヴィア=ワーグハーツと申します」


 そう言ってセルヴィアはスカートの端をちょんと摘まんで貴族式の挨拶カーテシーをする。


「セルヴィア……ワーグハーツ……さん」

「バーングラーデン子爵家の武勇はかねがね父上から伺っておりますわ」

「そ、そうか……」


 セルヴィアの登場で気勢をがれたフレイアードは不満そうにアルを一瞥して後ろにいたアイシアに顔を向ける。


「セルヴィアさん、が何かご迷惑をお掛けしましたか?」


 フレイアードの助けを求める視線を受け、仕方ないといった雰囲気でフレイアードの隣まで歩いてくるアイシア。


「いいえ。アル君と私は友達なのでとても仲良くしてもらっていますわ」

「あら……? 彼と? 友達に?」

「ええ。彼ってとても優しくて頼りになりますの」

「ふぅん……そうなのね」


 笑みを浮かべながら言葉を交わしている女性二人だったが、それは表面上だけという感じがしてアルは二人のやり取りから目が離せなかった。

 フレイアードはそんな二人の雰囲気に気が付いていないのか「この不発め。どうやって子爵令嬢に取り入ったんだ?」と言いたげな顔でアルを睨んでいる。


「ワーグハーツ家の子爵令嬢といえば、と苦労しているようですが、彼と似ている所があるから仲良くなったのでしょうか?」

「フロストフィールド家の伯爵令嬢にお気遣い頂けるなんて光栄です。そうですわね。彼とはも似ているのでとても親しくなれそうですね」

「そう……。ではごきげんよう」


 そう言ってアイシアは会釈もせずに二人の脇を通り過ぎて行った。


「あっ、待てよアイシア!」


 ドン!


「ぅわっ……!」


 続けてフレイアードがアルの傍を駆け抜けざまにわざと肩をぶつけて後を追いかけて行く。


「アル!」


 後ろに数歩たたらを踏んで転びそうになったアルの右手を掴んで引っ張るセルヴィア。


「大丈夫?」

「う、うん大丈夫……」


 アルの手をゆっくりと離してからセルヴィアが申し訳なさそうに頭を下げる。


「彼らの振る舞い、同じ貴族として申し訳なく思います……」

「そんな! セルヴィアは関係ないよ!」

「いいえ。アルの事を友達と言っておきながら貴方が侮辱された事に怒り、抗議出来なかった。これは私の罪です」

「僕は気にしていないよ。アイシアさんは伯爵家だし……、貴賤の差はない学院だとは言っても外の世界に出ればどうしても権力関係はついて回る事だもん」


 アルの優しい言葉にセルヴィアの目がうるむ。

 それと同時にアルの言葉に甘えてしまった自分に腹が立った。


「アル……。……ありがとう」

「あんなの、僕は慣れてるから平気だよ」

「もうっ、慣れないで欲しいんだけど……」

「そうは言ってもね……」

「……絶対に周囲を見返してやりましょうね」


 セルヴィアが突き出した拳に。


「うん。協力するって言ったからね」


 アルも拳を突き出してコツンとぶつけた。










あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

はい、前半はよくある勘違いテンプレですよね。

王道? ですみません。

そういう情景がもし浮かんだのなら作者として嬉しいです。

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