第十二話 協力

まえがき

あの日から二日。

授業を終えたセルヴィアとカーラが帰路についている。

目指すは街路樹を抜けた学生寮。












「はぁー、やっと帰れるー!」

「そうね」

「セルヴィアがこんな遅くまでミリエールと訓練するからだよー?」

「あら、それなら先に帰ってもいいのに」

「それも何だか味気ないじゃん」

「ふふっ、何よそれ」


 夕日を背に、とぼとぼと学生寮に向かって歩くセルヴィアの横で、一日の訓練から解放された喜びに心底嬉しそうな声を上げるカーラ。


 あの夜から二日。

 昨日は丸一日落ち込んでいたセルヴィアだったが今日はいつもと変わらない様子で授業を受け、放課後にはミリエールとの訓練を行っていた。


「……今度、私もセルヴィアの訓練手伝おっかな」


 ポツリと呟いたカーラの言葉に、セルヴィアが目をぱちくりさせる。


「あら? 普段は魔力が空だからーって断ってくるのに。……どういう風の吹き回しかしら?」

「いやぁ~……。一人でも多い方がセルヴィアの技術の上達になるかなーってふと思ってさぁ~……」


 本音としては気落ちしていたセルヴィアを励ましたいという気持ちから出た言葉だったのだが、それをそのまま伝える事が出来ずにカーラは目を逸らして頬を掻いた。

 だがその気遣いに気付かないセルヴィアではない。

 セルヴィアはクスッと口元に手を当てて笑った。


「気を遣ってくれてありがとうカーラ。でも私は大丈夫よ」

「えぇ? そうなの? ……じゃあ手伝わなくてもいっか」

「あら。それとこれとは話が別です。言質げんちは取りましたからこれからはミリエールと一緒に訓練のサポート、よろしくね♪」

「ぇぇぇ~……」


 カーラが面倒臭そうな声を上げた時、街路樹の脇に人がいる事に気づいて足を止めた。

 セルヴィアもまた、カーラの反応を見てクスクスと笑っていたが、突然歩みを止めたのに気付いて何事かと視線を前に移す。


「あ……アル……」


 身体を硬直させ、視線をただ一点に集中させるセルヴィアに、カーラがアルを一瞥してニヤリと笑った。

 街路樹の脇に立っていたのは、アルだった。


「さぁて、私はちょっと学院に忘れ物をしたから取りに戻るね。そんじゃあ~ね!」


 ポンとセルヴィアの肩を叩いて踵を返すカーラ。


「え? ちょっとっ! カーラッ……!!」


 肩を叩かれた事でセルヴィアの硬直が解けて慌てて振り返るが、カーラは振り返る事なく片手を振って駆け出していた。


「もうっ…! あっ……」


 ゆっくりと振り返るセルヴィアと、木の傍でセルヴィアの足元辺りを見ているアル。


「その……いきなり、ごめんね」

「い、いえ……」


 二日前は普通に話せていたのだが、今はどこかよそよそしい雰囲気が二人の間いn漂っている。

 それは断ってしまった負い目と困らせてしまった負い目が起因していた。


「あ、あれから僕、考えたんだ」


 ぎゅっと拳を握りしめたアルが目線を上げてセルヴィアを見つめる。


「先生に相談もして、自分の中で決心がついたから……その……」

「……」


 セルヴィアはただ静かに、聞いていた。

 これからアルが何かを言おうとしている。

 まだ、期待してはいけない。

 でもこの話の流れは……もしかして……。

 そうじゃなかったら? また悲しむのよ?

 だから期待はまだ……してはいけない。

 でも……!


 頭の中でひたすら自問自答を繰り返し、平静を装うセルヴィア。


「その……。僕はっ……!」

「っ……」


 何も言わず、コクリと頷く。


 お願い、早く……教えて。

 貴方の気持ちを。


「僕は! セルヴィアと訓練をしたい!!」


 その言葉を聞いて。

 セルヴィアは自分の唇が震えているのを感じた。

 目頭が熱くなり、視界がぼやける。


 あの夜、望んでいた言葉。

 あの日、もらえると思っていた言葉。

 本当に? 嘘じゃないの?


「アルッ……、ほ、本当……? で、でもぉ……このっ、前っっ……」


 言葉が詰まり、ぽろぽろと泣き出すセルヴィアにぎょっとして慌てふためくアル。


「セッ、セセセ! セルヴィアさんっ!?」

「うぇぇぇぇ……!!」


 ぺたんと座り込み、泣きじゃくるセルヴィアにアルが駆け寄ってくる。


「せ、セルヴィアさんっ……! えっとっ、ご、ごめんねっ!」


 泣かせてしまった事を謝っているであろうアルに、セルヴィアがぶんぶんと首を振る。


「うぇぇぇ! ちがっ……くて……! 嬉しっ……のぉっ……!」


 幼子のように涙をこぼして泣き声を上げるセルヴィアに対してアルは誰かに見られはしないか? 見られたらどう誤解を解けばいいんだろう? と今の状況に気が気ではないアル。


「と、とりあえず脇にあるベンチに! ベンチに座ろうよっ!」


 とにかく道の真ん中はまずいと思ったアルはセルヴィアの手を取り、脇のベンチへと誘導しようとする。

 セルヴィアも泣きながらコクコクと頷いて、アルに手を引かれるままベンチの方へとついていく。




 ・ ・ ・ ・ ・




 それからしばらくして。

 馬車が数回通り、通行人も何人か通ったのだがその頃にはセルヴィアが落ち着きを取り戻していたので不審に思われる事もなく無事に修羅場を終える事が出来た。。


「……お恥ずかしい所をお見せしました」


 ベンチに腰掛けた二人。

 ハンカチで涙をき、鼻から出ていた光る物ハナミズをそっとぬぐったセルヴィアがペコリと頭を下げる。


「い、いえ……僕の方こそ泣かせてしまってすいませんでした……」


 そう言ってアルも同じくらいペコリと頭を下げた。


「何から聞けばいいのか分からないのだけれど……、さっき言った事は本当なの?」


 疑うような、拗ねているよう目で覗き込んでくるセルヴィアに、アルは一度だけ頷いた。


「ほ、本当だよ……」

「一度は断ってきたのに?」


「う、うん……」

「どうして? 何で気が変わったの?」


「そ、それは……怖かったから……」

「私の事が?」


 きょとんとするセルヴィアに、アルが首を振る。


「そ、それは違う……。セルヴィアがじゃなくて……期待外れだったりしてガッカリされるのが怖かった……。日常が変化しちゃう事が怖かった……かな……」

「あら、心外。私はそんな事でガッカリしたりなんてしないわよ。むしろお断りされたあの夜が一番ガッカリしたんですからね?」

「そ、それについては謝るよ……。ごめん……」

「いいえ、許しません」

「えぇ……」

「これからずっと、お互いを高め合っていく事。それが許す条件その一です!」


 そう言ってセルヴィアがビシィと人差し指を立てる。


「そ、その一って…。その二は……?」

「うーん。お互いを信じあう事。相手を疑ったり裏切らない事……とか?」


 と、言ってからセルヴィアは指でブイサインを作って首をかしげた。


「どうして僕に聞くのさ……」

「あら。こういう決め事って二人で決める事が重要なんじゃないかしら?」

「セルヴィアに許してもらえる条件を二人で話すのっておかしくないかな……」

「じゃあ、もう許します」

「えぇ……!?」


 今までの条件は何だったんだろう? とアルは思ったが許してもらえるならそれでいいやと口には出さなかった。


「だから、今後の二人の間の約束事を決めましょうか」


 ニコリと笑うセルヴィアを見たアルはコロコロと変わる色々な表情を見てますます惹かれるのであった。


 結局二人の間で決めた約束事は。


 1.お互いの力を利用して技術を高め合っていくこと。

 2.お互いを信じあうこと。裏切らない事。

 3.相手が困っていたら、出来る限りは助け合う事。

 4.アルの魔力の多さは口外しない事。

 5.放課後や昼休みなどの空いた時間に訓練を行う事。


 ……その他何かあれば随時増やすという事でひとまず話を終えた。


「改めて、これからもよろしくお願いします」

「僕の方こそ、よろしくお願いします……」


 双方が頭を下げてこれからの共同訓練の話がまとまった時。


「いい感じにまとまったみたいじゃん」


 いつからいたのか街路樹の脇からカーラが満面の笑みで顔を出した。


「か、カーラ!? いつから!?」

「ん、今さっき」

「本当かしら……」

「ホントホント」


 カーラとやり取りをしていたセルヴィアが「あっ」と声を上げてアルへ向き直った。


「えっと、アル。この子はカーラ。私のクラスメートで友達なの」

、アル君」


 カーラがウィンクをして気さくに挨拶をする。

 ウィンクの意味は「話を合わせろ」だろうとアルは察した。


「カーラ、こちらはアル君です」

「は、カーラさん……」


「カーラでいいよ。同じ学年だし。私もアルって呼ぶから」

「もう、カーラったら……」

「い、いいよ。僕もカーラって呼ぶ方が呼びやすいから……」

「そ、そうなの……?」


 合って間もない二人が不自然な程親しくなっていく様子にセルヴィアは引っかかりを感じたが、これから始まるアルとの共同訓練に対する期待に頭がいっぱいなのだった。




あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

ようやく……!

アルとセルヴィアのペアが誕生しました。

お待たせしてしまい本当にすみませんでした。



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