第十一話 相談
ゴーーーーン……ゴーーーーン……
「よぉし、今日の授業はここまでだ!」
基礎体術を担当する教官の終業を告げる声に生徒達が声を揃えて「ありがとうございました!」と声を上げて一度だけ礼をする。
生徒達がぞろぞろと校庭から校舎へ歩いていく中、アルだけは逆方向に進んで教官へと近付いていく。
「ウェルス先生」
「んー? おお、アルベルトか! どうした?」
運動後のストレッチをしていた教官、ウェルスがアルの声に動きを止めて振り返る。
ウェルスは魔法学院で基本的な体術を教えたり基礎体力の強化を担当している教官で、いわゆる「体育教師」である。
なぜ魔法学院で体術を? と言う声がよく上がるのだが魔法師も当然人間な訳で、空を飛んで長距離を移動したり重たい荷物を魔法で運ぶなどといった万能な魔法が存在している訳ではない。
任務などで長く険しい道のりを歩く事もあれば、護衛のいない状況で魔物と相対する事もあるので、そういった時に少しでも対処出来るようにという学院側の思いからこの授業カリキュラムに組み込まれているのである。
だが魔法師で一流を目指さんとする生徒側からすれば魔法の強さや魔力量の多い者が優秀という考え方が浸透している為に陰では「体術の授業は必要ない」「この時間をコントロール性能の時間にあてたい」等と様々な事を言われている授業でもあった。
「えっと、ご相談したい事がありまして……」
「俺にか? おぉ! 魔法以外の事なら何でも言ってみろ!」
ウェルスがそう言って定番と言わんばかりに自分の胸をドンと叩く。
「先生は……この学院に来るまでに誰かとチームを組んで魔法師として活躍したいとか考えた事ってありますか?」
「んー?」
いつもはアルから体術や体の効率的な鍛え方など、肉体関連の相談に乗っていたウェルスが、突然方向性の異なる質問に受けて腕を組んで首を傾げる。
「そうだなぁー……。うん、俺は無いな」
過去を少しの間思い出してみてキッパリと答えるウェルス。
「無い、ですか……」
「まぁ、俺の場合はアルと同じ症状ではあるが自分自身に
ウェルスもまた、アルと同じく魔力を放つ事に支障がある人間であった。
それでもアルとは違って自身の体自体には魔力を纏わせる事が出来たので、身体硬化や速度向上等の身体強化系魔法を用いて近接戦闘を行うという「
「どうした? ようやくアルにもチームを組みたいと思えるような仲間が出来たのか?」
ニカッと笑いながらウェルスはアルの肩をバンバンと叩く。
「いえ、その……まぁ……」
明言を避けて
「そうかそうか! 良かったなぁ! お前は俺みたいになるなよな?」
「そんな事ありません!! 先生は僕の目標であり、恩師です!」
軽いノリで言ったウェルスの言葉に、大きな声で否定して反論するアル。
それを聞いてウェルスは真剣な目でアルを見つめた。
「俺は魔法を遠くに撃つ事が出来ないだけで世間から白い目で見られて
自身の経験から発せられたウェルスの言葉には非常に重みがあった。
その重みに対してアルは何も言えず、ただ黙り込んでしまう。
その様子を見てウェルスがフッと優しく笑ってポンとアルの肩に手を置いてやる。
「だから俺みたいに一人に慣れちまうような奴にはなるな。これは師として、先輩としてアルに送る言葉だよ」
「それでも僕は!」
師と仰ぐ貴方のようになりたい。
そう言おうとしたアルの頭をわしゃわしゃと大きな手で撫でるウェルス。
「若いウチはよぉ! 色々試して色々失敗して経験を積んでおけよ!! 大人になったら簡単には失敗できんのだからな!」
「わっ、せっ、先生っ……!」
頭を激しく揺さぶられて転倒しそうになるも、絶妙な力の入れ方で転ぶ前に反対方向に揺さぶられるアル。
「しっかし、俺を頼ってくれる生徒がいるってのは嬉しいもんだなぁ。どいつもこいつも魔法魔法と体捌きの事を聞きに来やしねえ」
「そ、それはまぁ……魔法学院ですから……」
ウェルスの揺さぶりから解放されたアルが乱れた銀髪を手櫛で整えながら苦笑いして答える。
「とはいえ俺は教えるのも上手くはないからな。あ、そうだアル! 前に教えたランニングと筋力トレーニングは欠かさずやってるか?」
「と、とりあえず少しずつ始めてますけど……」
「少しずつだとぉ!? ランニング10キロと腕立て腹筋100回は初日から余裕でできるだろう?」
「出来ませんよ……」
「かぁー……! 軟弱だなぁ……」
「先生が凄すぎるんです!」
「まぁ、そのメニューが苦もなくこなせるようになったら俺が直々に組手をしてやるからな」
ビッと親指を立てて笑うウェルスに「頑張ります……」と答えるアルだった。
・ ・ ・ ・ ・
「ね、ねぇ……」
座学の授業中。
アルは意を決して小声でルセリアに話しかける。
三つ編みに
「な、何かな? ランケス君……」
「え、ええと……」
話しかけたものの、何をどう話せばいいのだろうと一瞬戸惑うアル。
「実は……ある
「う、うん……」
アルの言葉を聞くも、何を言いたいのかがよく分からないルセリアが曖昧な反応を返す。
「その……僕の力が必要だなんて言われた事が初めてでさ……。力を貸してあげるべき……かな? なんて……」
「……」
アルの話を静かに聞いてから、ルセリアがゆっくりと口を開く。
「その人、
「そうみたい……」
「私はあまり関わらない方がいい気がする……」
「そ、そうかなぁ……」
「そうよ。学院内は
「……うん……」
ルセリアの言い方で、そういえば彼女は地方の
「きっと貴方の力が必要だって言ってその気にさせておいて、皆で
「そ、そう……なのかな……?」
セルヴィアはそんな子に見えなかったけどなぁ……と思い返すアルに、ルセリアが真剣な目をして頷く。
「絶対にそうよ。だから私はやめておいた方がいいと思うわ」
「うん、ありがとう……」
相談を終えたアルは自分のノートに視線を落とす。
黒板に書かれた文字を写す作業を行いながら考えをまとめてみる。
(僕は一体どうしたいんだ? 目立ちたくない、平穏に生きたいって昨晩セルヴィアの差し伸べてくれた手を払ったばかりじゃないか)
どうしてこんなに心がモヤモヤするのか。
どうして昨晩セルヴィアの誘いを断った事が引っかかっているのか。
心配してくれたルセリアさんの言葉がどうして素直に心に入ってこなかったのか。
アルの脳裏に昨晩の炎魔法の光景が蘇る。
セルヴィアの笑顔、そして泣き顔。
(あぁ、そうさ。僕はあの時逃げたんだ。協力なんかして、もし何かを失敗したら……もし期待外れの魔力だったら……。セルヴィアに失望されるかも知れない。それがとても怖かったから)
(でも、気付いた)
(彼女の力になりたい。そして――彼女の力を借りたい)
(ウェルス先生ごめんなさい。もしかしたら二代目魔闘士になるのは随分先になるかも知れません)
ゴーーーーン……ゴーーーーン……
終業のベルがなり、講師が「今日はここまで」と言って教本を閉じる。
それと同時に文具やノートを荒々しく鞄に投げ入れたアルは走り出していた。
セルヴィアと出会った、あの街路樹に向かって。
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