第十五話 鼻をあかす

まえがき

エイギルソンとの手合わせの日。

ラッシェと言葉を交わした後、アルはとある場所へと向かっていた。

























「ふぁ。アルじゃん」


 ベーコンがはみ出たサンドイッチにかぶりつこうと大口を開けていたカーラがその手を止めて声を上げた。


「あら、アル」

「あ……彼、が……?」


 その声に振り向いた二人……セルヴィアとミリエールがそれぞれの反応をする。


「ちょっと、様子を見に来ただけだよ……」

「そう言わず一緒に食べようよ。私場所詰めるから、はい」


 女性だけの空間に慣れておらず落ち着きのないアルに、カーラはいつもと変わらないペースで広場に敷いたシートをポンポンと叩く。


「セルヴィアさん……」

「あ、ごめんなさいミリエール。前からちょっと話には出ていたけど彼がアルベルト=ランケス君」


 セルヴィアの紹介に「どうも、ランケスです」とだけ短く答えて頭を下げるアル。


「私達はアルって呼んでるから、ミリエールもそれでいいんじゃないかな?」

「そ、そんないきなりすぎて……」


 ベーコンサンドを飲み込んだカーラの言葉に、ミリエールが軽く首を振ってから手に持った紅茶のカップに視線を落とす。


「アル、彼女はミリエール。クラスメイトで私の特訓の協力者よ」

「あ……初めまして。ミリエール=タルガです……」

「よ……よろしく、タルガさん……」


 二人とも内向的な性格からかどことなく会話がぎこちない。


「まぁ、時間がそのうち解決するかしらね」

「かなー?」


 二人の関係性や距離感に強く干渉し過ぎるのは良くないと判断したセルヴィアとカーラは最小限の紹介だけに留めておくことにする。


「それより、これからは一緒にここでお昼を食べてくれるのかしら?」


 控えめにシートの端の方に腰を下ろしたアルに、セルヴィアが口の端を上げる。


「そうそう。場所は教えたのに昨日は来なかったしー。来ると思ってたんだけどなぁ。はい、サンドイッチ」

「昨日はちょっと……。いきなり行くのにも勇気がね……。ありがとう」

「今日は勇気が湧いたんだぁ?」


 ニヤけるカーラにアルは、あははと力なく笑う。


「ちょっと、色々あってね」


 そう答えてサンドイッチを一口かじる。


「ふぅん……何があったの?」

「か、カーラッ!」


 色々が気になって素直に尋ねるカーラにセルヴィアが非難混じりの声を上げる。


「アルにも言いたくない事があるんだから、そんなストレートに聞くなんてダメよ」

「あ、ううん。大した事じゃないんだけどね」

「ほら、アルもこう言ってるし」

「むぐぐ……」

「ほれほれ、カーラちゃんが聞いてあげるから話してみ?」

「そ、それでしたら私も聞きますっ!」

「あ、う、うん……」


 セルヴィアは何をムキになっているんだろう?

 なんて思いつつアルは今日の出来事を話すことにした。

 実技の授業でエイギルソンと手合わせをした事、後一歩の所で勝てなかった事、そしてさっきまで気を失っていた事。


「はぁー……なかなかな出来事だねぇ」

「エイギルソン先生がそんな……」

「……」


 アルの話を聞き終えたミリエールが口を手で覆い隠して信じられないという表情を浮かべている。


「エイギルソン先生、私にはそんな態度はとらないのに……」

「そりゃセルヴィアさんは一応お貴族様だしねえ。そんな事した日にゃあ男爵様が飛んでくるでしょーよ」

「それでも! 平民とか貴族とか関係ありません! すぐにでも抗議を――」

「それはやめて欲しいかなぁ……」


 苦笑いを浮かべたアルが立ち上がろうとしていたセルヴィアの行動を止める。


「どうしてです!?」


 立ち上がろうとしたエネルギーをそのままアルに詰め寄る事に消費するセルヴィア。

 その距離が近すぎてアルの顔が真っ赤になる。


「ち、近いよセルヴィア……」


「ちょっとー、ここで急にイチャイチャしないでよ」

「してません!」


 カーラの冷やかしを受けたセルヴィアも顔を赤くしてバッと適切な距離を作る。


「アル、どうして報告しないの?」

「仮に他の教官に言ったとしても、エイギルソン先生はもちろん僕のクラスメート達も僕が嘘を言っているって証言するだろうし」

「あー、それだけ大々的に公開処刑みたいな手合わせをしても生徒達が嬉々としてそれを見てるっていうならそうかもねぇ」

「それに、僕自身悔しいなって思うんだよね……」

「ほぉー……?」


 何が面白いのか白い歯を見せて目を細めてニヤリと笑うカーラに、ミリエールは疑問の表情を浮かべる。


「悔しい? 相手は教官なんですよ? 勝てるはずがないじゃないですか……」

「確かに勝てるはずがない……。それでも一発も入れられないまま他の教官に助けを求めて改善を要求するっていうのも逃げるみたいで、悔しいんだ」


「男だねぇ~。青春ってヤツだねぇ~」

「分かる……。その気持ち! 分かるわよアル!!」


 茶化すように喋るカーラに、力強く叫んでセルヴィアがググっと拳を握る。


「そこで何も出来ないまま諦めるのは嫌だって言う気持ち! とても共感できます!! 私だってそんな扱いをされたら何としてでも教官に一泡吹かせたいと思うもの!!」

「共感だけに?」

「そ、そんな事は言ってませんっ! 思っていませんっ!」


「うん、まぁ僕がそういう風に思う様になったのもセルヴィアの影響っぽいからね……」

「清楚なお嬢様っぽく見えて実は熱血だからねこの子」

「セルヴィアさん、とても恰好いいです……」


 熱く語るセルヴィアをうっとりとした表情で見つめるミリエール。


「で? 一泡吹かせるにもどうするのさ? 魔法はまだ飛ばせないんでしょ?」

「う、うん……」


 カーラの冷静な分析にアルが残念そうに頷く。


「何かさ、具体的な案はあるの?」

「もっと体を鍛えて、接近を早くするとか……」

「それはもう魔法というかただの接近戦闘じゃないかしら……」

「う……」


 セルヴィアの呟きに、アルが言葉に詰まってしまう。


「そ、それでも僕の魔法は相手に触れないと発動しないんなら、体を鍛えて素早く動くしか……」

「それは、そうかもしれないけど……」


 しごく、全うな意見にセルヴィアはぐうの音も出なかった。


「何も、実技で見返してやる必要なんてないんじゃないかなぁー?」

「え?」

「例えばさ、筆記試験で一位になるとか、講義のアラを探して指摘してやるとかさぁ」

「な、なるほど……」


 カーラのアイデアに相槌を打ったものの、どれもハードルが高いなぁなんて考えるアル。


「あっ」


 カーラが突然ポンと手を打った。


「そういえば先輩から聞いたんだけど、一年の中頃にとあるイベントが行われるらしいよ」

「とあるイベント?」


 全く同時に発された三人の声と反応を見て、満足にカーラが頷く。


「そう、イベント」


 カーラの話をまとめると、こんな内容だった。


 毎年決まった時期に実技経験を積ませ、チームワークを強化させる事を目的としたとある訓練施設を開放するらしい。

 そこには最大五人までのパーティーを組んだ一年生が入り、攻略の度合いに応じて評価がつくというシステムだそうだ。


「今年もやるかは分からないけど、先輩の話では毎年やってるみたいだから今年もやるんじゃないか、って」

「なるほど……そのイベントで高い評価がつけば、エイギルソン教官の鼻をあかすことが出来ると言う訳ね」

「そゆ事」

「面白いじゃない! やりましょうアル!」

「で、でも……」


 トントン拍子に話を進めていくセルヴィアとカーラを前にアルが尻込みをする。


「セルヴィア達は僕を加えずに他の強い人をパーティーに加えた方が高い評価が得られるんじゃあ……」


 気を遣ったつもりのアルの言葉にセルヴィアがムッとした顔でアルを睨み付ける。


「アル、蝶」


 スッと手を前に出すセルヴィアに、アルが目をぱちくりさせる。


「え? でも……」

「弱めでいいから蝶!」

「え、えいっ……」


 何事かと二人の様子を見ているカーラとミリエールの前でアルがパンッとセルヴィアの掌を打つ。


火の蝶フレア・バタフライ……」


 セルヴィアの両手から小さな火の蝶が数十匹生み出され、四人の周囲を乱れ舞う。


「わぁ……!」

「綺麗だねぇ」


 その光景に目を奪われた二人が感嘆の声を上げてすぐに蝶達がスッと消えていく。


「アル。私を活かせるのは貴方だけなの。私には貴方が必要なんです」

「……うん」


「訓練施設、攻略してやりましょう」


 セルヴィアが差し出した手をアルがそっと握って、一度だけ頷いた。






あとがき

「おーい? 私とミリエールもいるんですけど~?」

「も、勿論分かっていますっ!」

「何だかセルヴィアさんが奪われていくような気がします……」

「み、ミリエールッ!?」

「放課後の特訓もお呼ばれしなくなりましたし……」

「ち、違うのっ! そういう訳じゃなくってねっ?」

(もしかしてミリって……そういう子?)


ご想像にお任せします。

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