第26話 1938EL


ある日、僕がFに行くと見慣れたKnucklehead が置かれていた。


店長の奥さんによると、オーナーが高齢となり乗る体力がなくなったので手放したいと言っているとのこと。オーナーとは何度もツーリングでご一緒させてもらったが気の良い人だった。


何気無しに値段を聞いたのが、運の尽きだったと言える(笑)。


Knucklehead が発売されたのは、1936年でHarley としては初めてのOHVのエンジンのモデルである。当時はEのモデル名で排気量は1000ccだった。


1930年には英国の有名なメーカーはほとんどOHVのエンジンのモデルをラインナップしていたから遅い方だった。


Knucklehead は毎年少しずつ改良されていったが、1941年に大きなモデルチェンジがあった。タイヤが18インチから16インチの太い物に変更され、1200ccエンジンのFLが追加された。


これはKnucklehead をツアラー路線に変更し、乗り心地を重視したためと言われている。


広大なアメリカでは、スポーツバイクよりツアラーの方が需要があると判断されたのだろう。最もレースでは同じ米国のライバルメーカーIndianに勝てなかったから、という意地悪な見方もある。


ツアラーになる前のスーパースポーツとしてのKnucklehead 。


1930年代のKnucklehead は1940年代のモデルより更に台数が少なく、値段も一回り高かった。その1938ELは安くはなかったが充分リーズナブルと言えた。ツーリングで何度も一緒に走っていたからコンディションの不安は全くなかった。


この機会を逃したら、もう30年代のKnucklehead に乗る機会はないだろう。僕は決断した。僕がHarley に乗れる時間はあまり残っていないという予感もあったかも知れない。


今度は、下取りプラスαとは行かずWLAがもう一台買える位の金額が必要だったが、僕は色々工面してお金を用意した。


そして、ELは納車された。


理解してもらえるか分からないが、僕はバイクやクルマを購入する時、嬉しい反面、こんなモノ買っちゃって良いのかなという罪悪感がある。これは今でも変わらない。たぶん僕は小心者なのだろう。今はもう高いバイクやクルマを買うことはできなくなったから、この罪悪感からは解放された(笑)。


1938ELは前に乗っていた1947FLとは全く別物だった。


1000ccのエンジンは1200ccよりスムーズに吹け上がり、軽快な車体を軽々と加速させ、ハンドリングは狙ったラインを正確にトレースした。


1938ELはまごうことなきスポーツバイクだった。


誤解のないよう言っておくけど、どちらが優れているとか好みだとかいう意味ではない。同じKnucklehead でも全く違うバイクである、ただそれだけだ。


僕は自分のHarley Life の最後を飾るのに、ふさわしいHarley を手に入れた。

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