第25話 1942WLA


『船場さん』とは大阪にある Vintage Harley の老舗『船場モータース』のことである。元々FはVintage Harley を扱う店ではなく、ある時、常連のお客さんがVintage Harley に乗ってみたいと言い出して、そのお客さんと大阪の船場モータースに行ってみたところ、船場モータースの社長と意気投合してFでもVintage Harley を扱うようになったらしい。


店長の奥さんは僕の前で『船場モータース』に電話して、WLAの在庫があるか確認し、それを業販してもらえないか頼んだ。電話口の向こうで先方が何と言ってたか、僕には分からなかったがめでたく話がまとまってWLA が大阪からやってきた。


ところで、WLAとはHarley が製造していたWLつまり750ccのサイドバルブエンジンのBaby twin と言われるモデルを軍用車に仕立てたものだ。WLA のAは勿論Army のAだ。軍の依頼で大量に生産したまでは良かったが、1941年に有名なJeep が本格的に投入され始め、WLAが実戦に投入されることはほとんどなかったらしい。それで戦後WLAは大量に払い下げられた。だから僕がHarley に乗り始めた頃、WLAはハーレーが好きな一部のミリタリーマニアが乗る位で、あまり人気がなく安かった。


納車の日、僕が店に行くと、納車整備をしていた店長が浮かない顔をしていた。何かトラブルが?と思ったが、店長曰くWLAがこんなに速いはずがないというのである。僕も試乗してみたが、確かに他のWLオーナーから聞いた話と大分違って、僕のWLAは高速道路でも何ら問題がない位、速かった。


結局、Fの店長夫妻とは、このWLAは何らかのチューニングがされているのだろうという結論に落ち着いた。後年、エンジンを開けてみたら社外のレース用キットで893ccにアップされていたことが判明した。


WLA の実車を見るのは初めてだった。ミリタリーグリーンの車体。タンクの星のマーク。自動小銃のホルスター。ライトの明かりを遮るシャッター。大きな箱型のエアフィルター。エンジンのアンダーガードは分厚い鉄板で車体を横に倒して銃弾避けにできたそうだ。WLAには本物の兵器の迫力があった。


僕はWLAに乗り始めた。


WLA のハンドクラッチはあくまでサイドカーを付けている時の発進用のだったから、普通のハンドクラッチの操作とは違った。段取りは以下の通りで


①フットクラッチを切る

②ハンドシフトを一速に入れる

③ハンドクラッチを握る

④フットクラッチを繋げる

⑤ハンドクラッチで半クラッチで発進する


と、まあこんな感じだった。面倒くさいので坂道発進以外は普通にフットクラッチで発進してた(笑)。この頃は大分フットクラッチにも慣れてきていたと思う。


WLAは良く走った。排気量アップのおかげでパワーも充分だったし、車体は軽量で取り回しも楽でキックもキックレバーの上に乗って体重で下ろすだけでエンジンがかかった。


いくつかの不満点を挙げると、WLAの3速ミッションは2速と3速のギヤレシオが離れていて時速40キロ位だとどちらのギヤでも合わなくて、かなりギクシャクした。これはレース用の4速ミッションを入れてもらって解決した。


カムでバルブを直押しするサイドバルブエンジンはガシャガシャとくつわ虫のようににぎやかだった。


一番困ったのは、なぜかWLAはどこに行っても注目の的になることで、子どもが話しかけて来るのは微笑ましかったが、昔、陸王に乗っていたとか言う爺さんが話しかけて来るのはまだしも、跨らせてくれ等と言ってくるのは閉口した。あまりに鬱陶しいので高速のサービスエリアとかで休憩中は自分のWLAには近寄らなかった(笑)。勝手に跨がろうとする人もいたのでバイク置き場では隣のバイクに詰めて停めていた。


WLA自体には何の不満もなく、僕はWLAにして良かったとしみじみ思った。ところが、僕は自分にとって最後のHarleyに出会ってしまうことになる。

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