第6話 School
ちょっと昔の話であるが、東京の秋葉原に主に英国旧車(二輪の方ね)のレストアを教えてくれるスクールがあった。
スクールの校長は元々有名なショップを経営していたが、メカニックが辞めてしまい後釜を探すのに苦労したことから、逆に生徒から授業料を取って、レストアや整備を教えることを思いついたらしい。
システムとしては、入学すると生徒に教材のバイク(主にトライアンフ)が1台あてがわれ、それを10ケ月かけて教わりながら自分でレストアする。完成のあかつきには、それが自分のモノとなる。教材のバイクのコンディションはまちまちなので本来かかる費用もまちまちなのだが、教材のバイクが走行に支障ないコンディションに至るまでは授業料は一定であった。もし途中で心が折れたり仕事の都合で完成させることができなくなってもその時はスクールの講師陣が作業してくれるので、心配はない。
その頃、旧車に乗り始めた僕はトライアンフに乗ってみたかったのと整備や修理、レストアにも興味があったので、これは一石二鳥ではないかと思って入学を決めたのだった。
勘違いのないように言っておくけど、自分で作業するからと言って安くなる訳ではない。むしろそのお金があれば、他のお店で程度のいいトライアンフが買えた。つまり手間と時間をかけて自分でバイクをレストアする経験を得るためにスクールに行った訳だ。
僕の教材となったのは、1967年式のトライアンフTR-6という650ccのバイクだった。ユニットモデルというエンジンとミッションが一体のケースに収まっている世代のシングルキャブのトロフィーというモデルである。ちなみにツインキャブのモデルが有名なボンネヴィルだ。ボンネヴィルの方がパワーがあって速いが、キャブの同調を取るのが難しいのと低速トルクが落ちるので、スクールではトロフィーを勧めていた。
初めて自分のトロフィーを見た時、これを直すのか?と思った。アメリカから輸入されたというそのバイクは激しく転倒したようで、フロントフォークが曲がっていてフレームにもダメージがありそうだった。もちろん、その後長期間放置されたらしくエンジンは不動だった。
僕は工具の使い方を教わりながらまずそのトロフィーを分解するところから始めた。分解した部品は全て灯油で掃除して乾かした後、塗装してあった部品はカシューという塗料をハケで塗り直した。
幸いフレームは後のサブフレームが少し歪んでいただけだったので、それを修正しただけで済んだ。
エンジンヘッドのバルブガイドの打ち替え、シートカット、シリンダーのボーリングとガソリンタンクとフェンダーの塗装は外注したが、それ以外の作業はほとんど自分でやった。
作業は楽しかったが、かかる時間を考えるとこれは儲かる仕事ではないなと思ったものだ。校長も旧車のレストアは商売にならないので、ウチはバイク屋を養成するところではないと言っていた。それでも卒業生の何人かは旧車のお店を立ち上げ、今でも活躍している。
僕はトライアンフのことだけではなく、工具の使い方、いい工具の選び方や作業環境を整えることの大事さを学んだ。また多趣味な校長から音楽やオーディオ、パイプ煙草、モールトン自転車のことなど色々教わった。
僕のトライアンフは無事に10ケ月で完成した。自分で組んだエンジンがかかった時は感動したものだ。初めて乗ったトライアンフは同じツインのハーレーより軽快で、ハーレーとはまた違った鼓動感があって面白かった。
結局、僕がこのスクールに通って手に入れたのはバイクや知識、経験ではなく、バイク屋に敬意を払うことである。それまでの僕は旧車を扱うバイク屋は約束(主に納車や修理の期限のことね)の守れない連中と決め付けているところがあった。だから自分でバイクの整備や修理ができるようにならないものかというのもスクールに通うきっかけの一つだったのである。自分で作業してみると、いや、これは自分には無理だわと思ったのと同時に今後は少し位納期が遅れても文句は言うまいと決意したのであった。
このスクールに通ってなかったら、今の僕は旧車には乗っていないかも知れない。
だが、その後、店によっては約束を守れないどころか、そもそも最初から守るつもりがなく、平気で年単位で遅れる店(あるいは個人)に出会ってしまい愕然とすることになる。だから今の僕は旧車に乗りたいなら何に乗るかより、どのお店とつき合うかの方が重要だと思っている。
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