仮面の少女は最弱を知る その2
バチバチと木の枝が燃える音と熊の肉が油を垂らしてこんがり焼ける音が響く。
「焼けた焼けた、おいっお前も食べるか?」
シャーロットは首を横に振った。
「そうか」
そう言って聖也はこんがりと焼けた熊肉に豪快にかぶり付いて最初はおいしそうに食べていたが、数秒後地面を転がりまわって吐き出していた。
「がはっ! がはっ! くせー! こんなもん食えたもんじゃねえ!てか食い物じゃねぇーよこれ! せっかく食事ができると思っていたのに‥‥‥へこむぜ」
首を振っておいて良かったとホッとするシャーロットだった。いや内心は少しもホッとしていない。まだ一つも整理できていないのだ、聖也が一人でしゃべったり全く性格が変わったしたこと、熊に襲われたこと、自分が死にかけたこと、そしてこの状況も‥‥‥。
「さてそろそろ時間もたったことだし、話を聞かせてもらうぞ」
そう言って、シャーロットの前に座った。
「はい‥‥‥」
「お前、俺がここに来てからずっと隠れて見ていたろ?」
「‥‥‥はい」
「なら、俺が別人になった瞬間も見たんだな?」
「‥‥‥はい」
「はぁ、これはもう隠せないな、正直これを話すのは面倒だ。俺は説明が苦手なんだ。だからもう一人の俺、お前の知っている俺に変わってやるよ」
「えっ‥‥‥」
「やあ、シャーロットさん」
シャーロットが知っている彼、白鉄聖也。
「驚くのも仕方ないよね、いきなり人格が変わるんだもん」
「あなた達は一体何なんですか?」
「じゃあ自己紹介をしよう、僕の名前は白鉄聖也、そしてさっきまでシャーロットさんと話していたのが、
「二重人格‥‥‥」
二重人格、一つの体に二つの人格が存在する。障害の一種で相互の記憶はなく、名前も性格も全然違うと言われている。
「まあ、僕たちは俗に言う二重人格とは少し違って、しっかりお互いの記憶を共有できて、好きな時に入れ替わることが出来るけど」
「‥‥‥その、私は、一度黒鉄に会っていますよね?」
「ああ、会っているね。路地裏で。ばったりと。」
「では、なんであの時でも学校でも本当のことを、二重人格のこと話してくれなかったのですか?」
「う~ん、この二重人格はあまり人にべらべらと話すことではないし。気味悪がられてしまうからね。ただでさえ僕はヒューマンだから」
確かに、今の状況だからシャーロットは冷静に聖也の話を聞いているが、これがもしもあの場所で、学校で話されていたら‥‥‥多分もう声をかけないだろう。
「‥‥‥わかりました。ではこのまま質問します」
シャーロットは頭の中で整理できないことを、一つ一つ丁寧に整理していく。
「あなた達のあの強さは何です? それに
「何って言われても、
「努力だけであんなになるわけがありません!」
言葉に熱が入った。自分も努力してきたのに、このヒューマンが自分よりも強いのが妬ましかった。
「あんなに速かったり、力が強かったり、武器も使えておまけに武術も!」
「‥‥‥僕たちには全然戦う才能がない、だから少ししか努力していないんだよ」
「少し?」
「僕が実習に出ない理由もそれだよ。まず一つ、僕たちは魔法がほとんど使えない」
「はい?」
シャーロットは思わず聞き返してしまった。魔法が苦手とかなら分かる、自分だって魔法が苦手だ、だがせいぜい中級魔法ぐらいまでなら何とかできる。だが聖也は魔法が使えないと言ったのだ。
「僕たちはね、身体弱体化魔法以外は全部使えないんだよ。詠唱しても発動しないし、魔法陣を書いて発動させると軽く爆発する」
「‥‥‥」
このヒューマンと会えば、話せば驚きの連発である。聖也が言っている身体弱体化魔法とは言葉の通り相手の身体、つまり筋力や防御力の低下などをさせる魔法の事だ。一見強そうには見えるが弱体化の魔法は強化魔法よりも倍率が悪く、上から強化魔法をかけられればそれで終わりだし、大きく弱体化することはないから無視してしまう。数ある魔法の中で最も使えない魔法である。
この世は魔法でできている。いくら身体能力が高くても、魔法が使えないと話にならない。つまり魔法が使えない聖也達は社会で生きていけないのだ。
「二つ、僕たちはそれぞれ致命的な弱点を持っている。僕は全く力がなくて剣や槍、弓などは完全に持てなくて、ナイフすら僕にとっては重たい、簸邪は全く速く動けない。本当に全くだよ、五十メートルを十六秒。小学校低学年の子たちにかかけっこで負けるんだ。あっ、僕は腕相撲で負けるよ」
「‥‥‥」
「これが弱点なんだよ、この弱点が致命的すぎてやれることが限られるんだよ。まず魔法の努力はいらない、そして僕は力がないから速さを努力した、簸邪はその逆速さがないから力を努力した。武術に関してはまあ、これに関しては無理やりやらされて覚えさせられたかな、別に僕たちが努力しようと思ってついたものじゃなくて第三者からの強制によるものだよ」
「それで、ここまで‥‥‥」
「そっ、ここまできたのさ」
「‥‥‥学力も?」
「それも僕たちは努力することが少ないからね。僕たちに努力できることはほとんどやりつくしたつもりだよ」
致命的弱点、それを補うために努力する。どこか自分と似ている。シャーロットはそんな親近感がわいた。
「これが僕たちの力の全てだよ、納得してくれたかな?」
「‥‥‥いいえ」
「おやっ?」
「やはり、わかりません。あなた達が努力したこと自分ができないのを努力で埋めることそれは認めます。ですが! あなた達ヒューマンがこれほどの能力を得られるとは思いません!」
親近感がわき、忘れるところだったが、彼らはヒューマンなのだ、他種族の中で最も劣る種族、魔法が使えない、身体能力が極端にない。こんなのはヒューマンだからだろう。だからこそ、そんなヒューマンがエルフである自分よりも、同じ努力をしている自分よりも頭がよくて強いのはおかしい。
そうシャーロットが言うと、ふっと聖也から今までへらへらしていた聖也から、怒りのような、少し真面目な雰囲気になった。
「? なんですか急に? あなた達ヒューマンは毎年開かれている種族トーナメントでいつも最下位で、私たちエルフはいつも一位です。それなのにあなた達ヒューマンが、エルフである私よりも強くて頭がいいのはおかしいではないですか! エルフがヒューマンより優れているのは当たり前の事なんです!」
常識、この世の当たり前、シャーロットはずっと教えられてきた知識をそのまま話した。なんとも思わずに。
「当たり前か‥‥‥」
「これはこの世界の常識なんです」
「常識? ふふっ非常識の間違いじゃないかな?」
聖也は微笑む、だが顔は微笑んでもその白い瞳の奥は全く微笑んではない。
「いいかい、常識にばかりとらわれていないで、よく考えてみなよ」
「何を言って‥‥‥」
「シャーロットさんはこの世界が平和‥‥‥いや平等だとは思うかい?」
質問には答えずに聖也は次の質問を聞く。
「‥‥‥」
「どうなんだい?」
この質問に答える必要はシャーロットにはない、さっさとシャーロットが聞いた最初の質問に答えてくれればいいだけなのだ。しかしこのまま黙ってもしつこく聞いてきそうなのでシャーロットはいやいや答えた。
「ええ、平等だと思います」
「本当に?」
「ええ、本当です」
「ヒューマンとエルフ、いや他種族との間に差別などがあるこの世界が本当に平等?」
「‥‥‥えっ?」
「片方の種族は偉く片方の種族は愚かなこの世界は本当に平等かって聞いてるんだよ」
シャーロットは聖也の言葉に答えようとしたが答えが出てこない。いくら考えても答えが見つからない。
「‥‥‥あれ?」
疑問が生まれた、今まで信じていた常識に疑問が生まれた。
「やっと気づいたかい?この世界の不平等さにさ」
「‥‥‥」
「そう、本当に強く偉く尊いエルフはトーナメントに出て一位取っているエルフであって、別に君たちエルフは、強くもなく偉くもなくもちろん尊くもないただの人、ヒューマンの僕らと一緒の存在なんだよ。君たちの常識は非常識、逆に非常識こそが本当の常識なんだよ」
「‥‥‥」
本当ならここでシャーロットは困惑するのが正解なのだろうだが、シャーロットは困惑はしなかったむしろそれをすんなりと受け入れてしまった。
『受け入れてはダメ!』—————自分の心に強く言い聞かせる。
シャーロットは薄々は気づいていたのだ、それを忘れ続けているだけ。幼いころから欠陥品と言われ何度も考えてきたのだ。
『思い出してはダメ! 考えてはダメ!』———だがシャーロットの思考は止められない。
親に見放され友達も親族も見放したそんな欠陥品の心で。
『エルフなのにどうして私は強くないのか』———褒めてほしいだけ
『エルフなのにどうして私には尊さがないのか』————認めてほしいだけ
こんな考えがシャーロットの頭の中をめぐり、そして考えは一つの結論にたどり着く。
『エルフは強くなく尊くなく偉くなく、ただの人ではないか。強く尊く偉いのはほんの一部のエルフなのではないか。』———そう考えれば自分の状況に納得がいく
シャーロットが至った結論こそ人がはるか昔に置いてきた常識だ。血によって人の能力は決まらない。こんな当たり前のことが今の世の中にはないのだ。
だがこんな考えは口が裂けても周りには言えない、もしもこんなことを言ったらシャーロットは家から追い出されるだろう、いや、追い出されるだけならいいがエルフの最上位貴族としてのウィンディア家のことだから、こんな考えを持つ娘など生かしてはおかないだろう。
だからシャーロットは忘れた、忘れ続けた。そして強く尊くあろうと努力した。
しかしシャーロットは忘れられない、忘れようと思っても、もう何度も何度も考えたことだ。頭から離れない。そして思い出すにつれて自分を、努力している自分を否定して傷つくのだ。
「だから、ヒューマンだからと言って僕が凄い能力を持っていてもおかしくはないんだよ、エルフにもあるように、ヒューマンにだって強く尊く偉い人はいるんだよ」
「‥‥‥だけど私は認めません、あなた達が異常な能力を持っているのは何か秘密があるのです、きっとそうです。じゃないとヒューマンが‥‥‥」
夜の風がシャーロットの肌を撫でる、冷たい、冷たすぎる。いつの間にか聖也はシャーロットをとても憐れむ目で見ていた。
「この期に及んで気づいているのに、まだ自分を傷つけるの? それさえも仮面で隠そうとするの?」
「っ!」
仮面、その言葉にシャーロットは息が詰まった。
「いい加減、気づきなよ。仮面をつけて自分を偽ってもそれはただの延期に過ぎない。その時その瞬間にシャーロットさんが受けた痛みや苦しみは感じないかもしれないけれどそれはただ溜めているだけ。楽な方に逃げたいのは分かる、逃げ出したいのもわかる、シャーロットさんにどんな事情があるのかはわからないけど、そんな風に自分を傷つけて自分を偽って、手遅れになった人を僕は‥‥‥僕たちはたくさん知っている」
「‥‥‥」
「だから、こんな時ぐらい仮面を外して本当の自分を出しなよ、きっと痛いし苦しい。けど近くに僕たちが、君を助けたいともう僕たちがいるから。仮面を外してほしい」
「ああ‥‥‥」
なぜこんなことになったのか、シャーロットはただ単に彼らの衝撃的な能力について軽い気持ちで聞いただけなのに。なんで自分が説教みたいなことを受けなくてはならないのか、考えたくないことを考えさせられるのか。
『嫌いだ、目の前に立っているこの男たちが嫌いだ。見透かしたように私の心を読み当てる。私の痛みをわかっているように話す。合ってまだ数週間、話したのはもっと少ないのに、私がずっとかけてほしかった言葉をかけてくれる。今まで感じたことのない温かい感覚、体がじゃなく心が‥‥‥』
シャーロットはずっと長年つけてきた仮面を完全に外した。普段寝るときなどは外していたつもりだったが、つらいのが嫌で現実を見たくないからずっとつけたままだった仮面を。
外したのはただの気まぐれ、なんか外してみようと思ったから。
『ああ、とても軽い、さっきまで冷たかった風が気持ちいい。本当の自分を出すのは何年ぶりだろうか。爽快だ快感だ。そして苦痛だ。痛い痛すぎる。苦しい苦しすぎる。今までごまかしていた分が一気に来た。
つぶれそうだ、せっかく出した本当の私がこの苦痛の波に飲み込まれる。私では抑えられない。誰か‥‥‥誰か助けて‥‥‥』
「大丈夫、僕たちが助けてあげる」
『優しい言葉、そして苦痛が和らいでいく。』
「こういうのは、心の中だけでは解決しない。だからしっかり表に出して、声に出すんだ。大丈夫、君の声はちゃんと僕が聞いてあげるから」
『ちゃんと‥‥‥』
「私は——ちゃんと私を見てほしかった! 仮面の私じゃなく本当の私を! でも! 本当の私は価値がなくって、お父様やお母様やウィンディア家の人たちは本当の私にはこれっぽっちも興味がなくって。だから!
私は仮面をかぶり!
自分を偽って!
やりたくもないことをやって!
使い慣れない敬語を使って!
読めない空気をがんばって読んで!
みんなに認められるようになりたかった!」
シャーロットは涙を流しながら、今まで溜まっていた本音を、本心を叫んだ。
「それはつらかったね」
それを聖也は優しい声で励まし、背中をさすった。
「でも、一ついいかな」
「ううっ‥‥ううっ‥‥なによ‥‥‥」
「自分の価値って言うのは、相手が決めるもんじゃないよ。価値って言うものは自分が今までどう生きてきたかの、それを一番よく知っている自分が決めるものだよ」
「あああっ‥‥‥」
シャーロットの嗚咽がさらに大きくなる。
「シャーロットさん、君は自分の価値———人としての価値があると思えるかい?」
シャーロットは振り返ってみる、今までの自分の人生を。仮面をつけた後、毎日毎日机に向かっていき、家のためにどうしたらよいかと毎日考え、空気を一生懸命読んで、それらを踏まえた自分の価値。
「わだぢは‥‥‥わだぢは‥‥‥がぢがある!」
「うん、今までよく頑張ったね」
「うぅっ、うわあああぁぁぁぁ!」
今日シャーロットは生まれ変わった、新しい価値観、考え方、自分の在り方全て。この世の中で最も最弱だった自分を知ることによって。
アブソリュート・ワールド ナオフミ @Tate62Tora8
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