仮面の少女は最弱を知る その1

謎のヒューマンが編入してからもう二週間がたった。編入初日のような騒ぎなどなくシャーロット自身にも事件などはなかった。だがシャーロットは不機嫌だ、とても不機嫌だ。


 編入初日路地裏で見た聖也通り二つのヒューマン、そのことについて次の日の学校で聖也に直接聞いたところ、

 『ははは、シャーロットさん面白いこと言わないでよ、自分に似た人って世の中には一人はいるってよく聞く話じゃないか。僕は昨日路地裏にはいってないし、そんな戦闘技術は持ってなよ。人違い。』

 と、目をそらしながら明らかに怪しくごまかし、シャーロットはそれから今まで毎日聖也を問いただしているのだが、うまくはぐらかされてしまい結局答えは一緒だった。


 あと聖也は最初の三日か四日は真面目にノートを取り集中して授業を受けていたが、今ではもう堂々と居眠りをするようになったのだ、毎授業居眠りをするから先生方にも目を付けられ、急に授業中に当てられても求められる答え以上の答えを返されるので、先生方も対処に困っている。


 それに武術や魔法の授業に限っては出てすらいない、シャーロットはクラスのまとめ役みたいな立場をいつの間にか任されていたので、さぼっている聖也を見捨てるわけにはいかず、何とか出席させようとするのだが、声をかけようと隣を見ればいない。さっきまでいたのにまるで気まぐれな猫みたいである。自分の好きなようにやる、相手の気持ちはそっちのけ。


「っっっ!!!」


 シャーロットは内に溜まっている怒りやストレスを枕をギュッと締め付けることによって少しでも発散する。

 毎日毎日考えるのは聖也の事ばかり、どう出席させるか居眠りさせないためにはどうするべきか、無断欠席をどう辞めさせるか‥‥‥et


「‥‥‥もういっその事あいつの腕と私の腕を手錠で‥‥‥」


 だんだんおかしくなってくるシャーロットさん。


「そもそもなんで私があんなヒューマンの心配をしなきゃいけないの‥‥‥」


 不満が一気に爆発だ。


「あいつらが勝手に私に押し付けた仕事! 何も私がやる必要がない! そう、もうやめまよう!」


 この結論にたどり着くのはもう何回目の事やら、この結論を思いつくところまではいいのだがいかんせん、周りの期待が大きすぎるのだ。

 ここでもしシャーロットが聖也のことをあきらめて何もしなくなると、クラスのみんながシャーロットさんが諦めた、ウィンディア家の長女がエルフの鏡が諦めたとクラスだけではなく学校中に広まり、自分の評価は下がっていいが家の名の評価は下がってはならない。だから実行できない。


「あああぁぁぁぁ~~~」


 現実をあまり受け止めたくないのでシャーロットは眠りにつくことによって、思考をシャットアウトした。


 次の日も聖也は居眠りをし、完璧な回答をする。『こんなハイレベルなことを一体どこで学んだの?もう学校に来る意味がないじゃん!』っと心の中でツッコミを入れてしまうシャーロットさん。授業に集中しなきゃいけないのに、隣にいる問題児のせいで集中できない。

 眠ってるくせに頭はずば抜けていいことが余計に腹が立つ。シャーロットの怒りがまた溜まる。


 午前中結局聖也が起きてくることはなかった、寝ているだけだから授業の単位はもらえないと思うのだが、それを差し引いても聖也は頭で十分単位を取れるのだ。


 午後からは武術の授業だ、今日は剣術についてだ。昼休み始まると同時にシャーロットは聖也から目を話すことはなく、すかさず話しかける。


「白鉄さん、午後からの授業いい加減出てください」


 穏やかに穏やかに、平常心平常心、と心のなかで唱えるものの、まったく効果なし。言葉の端々で不機嫌さがにじみ出ている。


「ごめんよ、シャーロットさん。何度も言ったけど僕は武術が不得意なんだ、特に武器系。ただでさえエルフのしかもエリートしか集まってないんだから、僕なんかが出たら足を引っ張るどころの話じゃないよ」


 へらへらとまるで反省の色がない。


「ですが、このままだと武術の単位は取れませんよ?」

「大丈夫大丈夫、その分学力で補うから。僕はそれだけの学力は持ってるつもりだよ」

「‥‥‥(腹立つ! 本当の事で何も言い返せないのがまた腹立たしい! もうこれは強制連行するしかない)」

「と言うことで、バイバイっ!」

「あっ! 待ってください!」


 少し聖也から目を話すと、それを見計らっていたように聖也は走りだした。もちろんシャーロットもすぐに追いかける。シャーロットはかなり足は速いほうだ、学校一位まではいかないが、学年では一番だ。そんなシャーロットの全速の走りを聖也はそれ以上の速さで逃げ切る。


『速っ! 武術は不得意だって言ってたのに、何なのよそのスピード!』


 差はぐんぐんと開いていき、ついに聖也の姿は見えなくなった。


「はぁはぁはぁ、何なのよもぉ」


 本当にヒューマンなのかとシャーロットは思った。


 午後の武術の授業、みんな学校指定の運動着に着替え、第一から第三まである巨大な体育館の第一に集合する。講師はエルフの名剣豪。皆真面目に授業を受ける。


「よし、みんな集まったな」

「先生‥‥‥また白鉄さんが‥‥‥」

「なに? またいないのか。これはもう校長に報告だな。報告ありがとうウィンディア・シャーロット嬢」


 また聖也抜きの授業が始まった。


 課題を出された、次の授業までに今日やった剣技をマスターすること。一人一人評価するとのことだった。

 シャーロットは家に帰りいつも通り報告をし、シャワーを浴び勉強を今日は軽めにしてから寝静まった。


 二:OO AM


 まだ外が真っ暗の中、シャロットは目を覚ます。ベットから起きて扉に耳を当てて、執事やメイドがいないのを確認する。いないとわかると、パジャマ(可愛らしいクマさんの刺繍がされている)から運動着に着替えて、用意していたリュックサックを背負って、カーテンを開け窓を開けた。


 シャーロットの部屋は三階、高さは八メートル以上はあるところを魔力で体をまとい、飛び降りた。気をつけて極力音を立てずに着地した。この時間の見張りは一番手薄になる。そこを見計らってシャーロットは屋敷を抜け出した。


 シャーロットは家を出てからは近くにある森の中に入って行った、この山はウィンディア家が持つ土地、しかし道と言う道がないから草をかき分けてシャーロットは進んでいく。

 森をだいぶ進み屋敷が見えなくなるくらいまで深く入り。そして今まで周りが木で囲まれていた景色から、少し開けたところに出た。


「よし」


 シャーロットはつくと、念入りに準備運動をする。そして屋敷から持ってきた木製の剣を取り出した。それをシャーロットは体の正面に構えて、剣術の基本の構えを取る。そして一息深呼吸をして来週の剣術の課題を練習する。


 シャーロットは天才ではない、勉強ができる武術ができると言ってきたが、これは全部シャーロットがこうやって陰ながら努力したあらである。努力をして身につくのであれば安いものだ。努力してもできないことがシャーロットには多すぎる、だから自分にできることはしっかりやりたい、やらなくてはならない。じゃないと意味がない。生きている意味がない。


 一心不乱に剣術を練習する。だが一向にうまくはならない、シャーロットが得意としているのは軍事式戦闘術やボクシングなどの武器を使わない武術。道具を使うのは正直に言って苦手である。だから努力をする、しなければならない。


「はぁはぁはぁはぁ」


 始めてから約三十分、シャーロットは剣を振ることをやめ休憩する。三十分間剣を振り続けたが、最初よりはもちろんよくはなっているがほんの少しだ。今回の課題は寝る暇はないなとシャーロットは心の中で覚悟を決めて再び剣を振ろうと構える。


 その時、シャーロットか見て真後ろの森から音が聞こえた。ウィンディア家の所有地のため動物駆除はされている、しかし周りだけ。こんな森の奥深くの動物は駆除されておらず危険地帯なのだ。魔力を与えられ人も動物も進化した。人が魔法を与えられて殺すことが簡単になったのだから動物だって簡単に殺すことができる。今ではハンターと言う動物を殺すことを専門とした人たちまでいる。


 シャーロットは急いで近くの木に身を潜めて近づいてくる謎の生物を見る。

 音がどんどんと近づいてきて、ついに謎の生物が見えた。


「あれ? さっき誰か人がいたような気がしたんだけど、気のせいだったのかな?」


 出てきた謎の生物の正体は、真っ黒な髪に白い瞳、シャーロットは知っている、この謎の生物のことを、この編入生のことを。


「まったく、この森に入ったのが間違いだったな」


 白鉄聖也、今一番シャーロットを困らせている張本人。


「てか、君がこの森に行こうなんて言わなければよかったのにどうしてくれるんだよ!——————君の責任だろ!僕になすり付けるのは間違っていると思うけど——————逆切れもいいところだよ!——————話を変えてごまかしても無駄だよ。この件は報告させてもらうからね!————この話はもう終わり! それよりここからどうするかだよ」


 変だ、とても変だ。聖也だとわかり屋敷に戻ろうとしたら、いきなり聖也が一人で会話をしだしたのだ。不思議が多い聖也にとても興味があったシャーロットは、帰らずに聖也を観察することにした。


「——————そうだねもう夜も遅いからここに野宿して明日また帰るとしよう。—————えっ? ここで? うーんまあ、誰もいないからいいかな。僕も賛成だ。じゃあ僕から先に始めるよ、カウントよろしく」


 聖也はそういうと、雰囲気を変えた。

 もの凄い集中力、見ているシャーロットが息をのむほど。


「ふぅ~」


 息をゆっくりと吐き右手を前に出す、そして手に魔力を集めて、ゆっくり口にする。


「こい、無形の武器インテンジブル


 するとさっきまで何もなかった空間から、刀が出てきて聖也は俺を持つ。


「天然の魔法武器アームズ‥‥‥」


 思わず口に出してしまった。天然の魔法武器アームズ、生まれた瞬間からその者に与えられた力。戦争のときは天然の魔法武器アームズを持って生まれれば英雄と言われるほど、圧倒的な力を持つ武器。


 今はドワーフが開発した技術により、みんなアームズは所持しているが、たかが人工物、本物とは比べ物にならないほどの差が存在する。そしてその貴重さもけた違い。世界で目撃された天然の魔法武器アームズの持ち主はたった千人、人口が増えてきた今の世界人口は約七億人。普通に生きていて一回見れるか見れないかの確率。そんな代物が目の前に現れたのだから驚かないわけがないのだ。


 聖也がもつ魔法武器アームズをよく見る、が、シャーロットが想像していた魔法武器アームズとは程遠かった。聖也のは、なんというか全く特徴がなかった。何か模様があるわけでもなく、輝いているわけでもなく、形が変だったり、長かったり、特徴がないことが特徴のような普通の刀だった。


「よし」


 魔法武器アームズを手にした聖也は一振りし、鞘はないが抜刀の構えを取り体を沈ませる。足を前後に開き体重を前の足にのせ体を前のめりに倒す。


『シュッ———』


 そんな音がしたと思う。そんないな表現しかできない。なにせ起こったのはほんの一瞬、瞬きをしたらもう終わっていたのだから。


 聖也はいつの間にかさっきいた場所から五メートルぐらい離れていて、その間に合った木がいつの間にかなくなっていた。いやよく見ると下に木くずが落ちているので切り刻んだんだろう。

 初めて見る白鉄聖也の実力、その凄さ———強さにシャーロットは圧倒される。


「はぁ~、一秒を何とか切れたかな。——————うるさい、次は君の番だよ」


 そう言った瞬間聖也の雰囲気がガラッと変わった。別に変身したとか別人になったとかではなく。外側は一緒なのだが中身が全然違うと表現すればいいのか。


「やれやれ、いちいちうるさいやつだ。さて俺もやるか」


 聖也と見た目は変わらないが、口調は荒くなり、口調通り雰囲気までどこかつんつんしている、聖也と真逆だ。

 そんな第二の聖也はさっきまで前の聖也が持っていた大剣を・・・・・。


「あれっ? 大剣?」


 そう大剣だ。大きくて、刀と違い両方に歯がついている両手剣。変わっている、いつの間にか聖也が使っていた魔法武器アームズは変わっていた。

 第二の聖也は大剣をまっすぐ前で構える。そして頭の上に剣を引き力を溜める。


 魔法ではなく力。物理的な力。その力は体からオーラが目に見えるほど、最初の聖也ももの凄い集中力だったがこちらも負けてはいない。

 どんどん膨らんでいく、風は吹いていないのに周りの木々が揺れる。圧倒的なこの空間の中、遠くから何やらまた別の音が聞こえた。


『ガアァァァッッ!』


 鳴き声を聞いて、見なくてもわかった。動物がそれもかなり危険な動物が出たと。


「なんだ今の声?」


 第二の聖也は剣を下ろして周りを見た。すると森の奥から二つの眼光が見えた。遠くからでもわかった、もの凄く大きいと。


「あれは‥‥‥」


 シャーロットは鳴き声を聞いたときに、ある程度正体は分かっていた。通常サイズならばシャーロットは退治することはできる。だが今近づいてくる動物——熊は大きさがけた違いだった。


 熊———魔法がまだ与えられていなかった時代。人々を振るいあがらせた動物の一つ。鋭い爪、牙、優れた嗅覚、足の速さ。最強の動物の一角としてヒューマンたちを振るいあがらせていた。そんな熊が魔法を持った、与えられた。魔力の影響で夜目を持つようになり、爪はさらに長くなりまるで鉄のように固くなり、毛並みの質も変わり一本一本がまるで繊維のように丈夫になり。弱点だった眉間も角が生えており全く弱点がなくなった。熊は今も昔もとても危険な動物なのだ。


 そんな危険な熊がシャーロット達の前に現れた。現れた熊野大きさは二メートル以上、三メートルにも届いているのではないかと言う大物。

 シャーロットの危険信号がものすごく反応し、急いでここから逃げなくてはいけないのに体が恐怖で動けない。

 絶体絶命そんな中シャーロットよりももっと危険な場所にいる少年は違った。


「おお、こりゃでかい熊だな。おい食料が見つかったぞ‥‥‥ああ調味料がなくて焼くことしかできないが、とても臭くておいしくないが、この際文句は言ってられない。俺が倒す」


 なんと第二の聖也は最初の聖也同様に一人でしゃべり、熊に大剣を向けたのだ。


「っ‼‼」


 シャーロットは驚いて自然に体が動き相手はヒューマンなのに注意しようと木の陰から出る。しかし、シャーロットの取る行動はよかったが一歩間に合わなかった。


「ガアアアァァァァァ!」


 熊はその体に似合った巨大な爪を聖也に向けて払った。

 最近の研究で今の熊の力を測定したところ約二トン、要するに大型魔法車(昔のヒューマンが使っていたトラック)が衝突する力の二倍である。


 それほど危険なものが聖也に向かって行く。シャーロットは目をつぶった。見たくないからである当たり前だ。人は怖いものや嫌いなものを見ない。それと同じ人が殺されるという恐怖をシャーロットは見たくなかった。


 目をつぶってシャーロットが聞いた音は、人が引き裂かれる音ではなく、金属同士が触れる音だった。

 そっと目を開ける、いくら何でも金属音はおかしい。その時見た光景をシャーロットは一生忘れることはないだろう。何せヒューマンが、自分たちよりも弱く愚かな種族が、熊のしかも規格外の大きさの熊の爪を受け止めていたのだから。


 大剣の腹の部分を盾として守った。それはいい、だが衝撃二トン、いや今回はそれ以上の衝撃。受け止めたと言っても吹き飛ばされて終わりだろう。だが第二の聖也は違った、ガードしていたその場から一歩も動かずに。衝撃二トンを受け止めたのだ。これが記憶に残らないわけがない。


「へぇー、結構やるなお前」

「ガアアアアァァ!」


 熊は受け止められて、さらに狂暴化し反対の爪も払う。


「俺に挑んでくるその心は認めてやるだが」


 受けていた爪をはじいて、向かってくる爪に対して正面から大剣の腹を叩きつけた。受け止めただけではなく今度は衝突した。結果は———熊の腕がはじかれて爪が割れた。


「お前より俺の方が強い」


 決着はついた、圧倒的な差で第二の聖也の勝利。凄い凄すぎる。この時シャーロットは油断していた。確かに第二の聖也が圧倒的に強いが勝負はまだ終わっていない、そして自分が木の陰から出ている。


「ガアァッ!」


 目が合った、熊と目が合った。その瞬間熊は無事な爪を振ることによって発生した斬撃をシャーロットに放った。油断、決定的な油断シャーロットは動くことはできずに迫ってくる斬撃をただ見るだけ。この瞬間世界がスローに見えた。時間が進むのが遅く感じた。これが走馬灯だというくらいすぐにわかった。だが、シャーロットには思い出す過去が


「無視するなよ」


 そう言って聖也は振り切っていた大剣の勢いを、体を駒のように回すことによって流れるようにシャーロットに大剣を振り下ろし、斬撃を飛ばした。熊が飛ばしたのよりも威力は弱かったが熊野より速く。熊が飛ばした斬撃に当たり軌道がずれて、シャーロットの真横を通りすぎて言った。

 聖也は勢いを止めず振り切った大剣を振り上げ熊を真っ二つにした。


「ふ~、疲れたぜ」


 そうして聖也は倒した熊の方ではなく、何がおきたのかわかっておらず混乱しているシャーロットの方に向かっていった。


「おい、大丈夫か?」

「‥‥‥」

「おいっ!」

「はいっ!」


 肩を揺らされようやく正気に戻った。


「気がつたようだな、ひとまず俺はあの熊を調理するからそこで休んで待ってろ」


 そう言って今度は熊の方へ向かって行って解体やら調理やらをしだした。その間シャーロットは斬撃によって切られちょうどいい椅子になった木に座っていたのだった。

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