第16話 『ザ・トリステロ』-④

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「よし、あの後どうなったか家の様子を見てみるか」


「そんなことが出来るんですか!」


「当たり前だ、天狗をなめるな」


 そう言うとちょっと離れたところにある小屋へ二人揃っててくてく歩いて行く。


 前に来たときにこんな小屋あったかなあと訝しむが、天狗の住む場所なので自由自在なのであろう。


 小屋というか茶室のような建物である。


 何に似ているか悩んだあげく出てきたのが燕庵であった。


 入る者に身分の差を全て忘れさせるために、強制的に頭を下げさせる狭い躙り口からもそもそと入り込む。


 この庵は、中が急に広くなるという仕掛けは無いようで、外から見たとおり二畳間程度の広さしか無い。


 囲炉裏の奥に設えられた違い棚の上に、皓々と光る何かがある。


 これが天狗の秘術か秘密道具である、何か魔法の鏡のようなものであるのか?






「このパソコンでお前の家の周りのネットカメラの映像が見られる」


「天狗の術関係ないんかい!」


「何でもかんでも術に頼ってはいけない。ここに回線引くのも苦労したんだ。文句を言わず刮目してみよ」


「はあ」と気のない返事をして覗いてみると、確かにオリオン通りのネットカメラに接続されている。


「おや?」酷く既視感のある光景が広がっている。


 大量の豆太鼓に黄鮒、それに本の詰まった棚の数々。


 それに招き猫と膝の上に抱えるのに程よいサイズの真っ赤な達磨。


 これは……。


「天矢場古書店内にもカメラを仕掛けておいた」


「敵は身内にいたか、このストーカー爺め!」


「何を言うか、酒を隠してないか監視するのは師匠の役目だ!」


ん?


「ずっと見ていたということは、私のところにもう献上する酒の無いことはご存じだったのでは?」


「何事も百聞は一見にしかずだ」


 この爺!




なんかもう全部日光山先生が悪いんじゃねぇかなという結論に至ったとき、パソコンの画面の中に動きがあった。


「あれ?そもそも壺中天って外と時間の流れが違うのでは?」


「この庵は市内某所に建てられているものが壺中天の建物と同時に存在している。私にはよく分からんが天狗理論物理をやっている者の話によれば量子的な存在で物事が0と1の中間に位置しているそうな。0の時が四割で1の時が六割だとか、なんのこっちゃ分からんが、外と時間の進みが違うとインターネットが出来ないからな。都合がいいだろう」


 なんだかよく分からない説明だったので適当に聞き流しつつ画面を凝視していると、何やら画面の中でワチャワチャやっている影が複数。






 人様の庭でというか屋内で好き勝手放題やってくれるわ!


 全員落雷にでも打たれて地獄に放り込まれろ等と呪詛の念を送りつつ画面を凝視する。


 しかし、何やら様子がおかしい。


 屋内にいる面子同士で争っているようである。


「これ何しているんですかね?」


「私に分かるわけなかろう」


「音は聞こえないんですか?」


「カメラとは別にマイクも仕掛けてある」


「……」


 先生の用意の良さに色々と思うところはあったが、ここはひとまず脇に置いておく。


 脇に置いておいたということは、後ほどしかるべき位置に戻すということなので、その点は重々留意されたしと念を送る。


「じゃあ音声をつけるぞ」


 画面を開きカチャカチャ操作する。






 このサイバー翁め、今のうちにカメラがどこにあるのか確認して、後で引っこ抜こう。


「図書館警察の御用改めである、貴様らは何者か!」


「ザ・トリステロの急使だ!ここは我らがザ・トリステロの日本支部直轄施設である。好き勝手はさせない!」


「ザ・トリステロだと?図書館警察の島で好き勝手やってくれているようだな!」


「それはこっちの台詞だ!」


「貴様ら!」


 最悪なタイミングで、最悪な二つの組織が出会ってしまったらしい。


 元々の発端がこの二つの組織の抗争なのであるから、一旦口火が切られれば野火のごとく戦端が広まる。


 天矢場古書店を中心に宇都宮市中に抗争の種が振りまかれ、一気に芽吹く。


 今や一粒だった毒麦は畑中に広がり収穫間近である。


 脳内にクラウス=シュッテッフェン・マーンコップ作曲の『クーリエの悲劇』が流れる。


 無伴奏チェロの異常な早さの超絶技巧特殊演奏法が炸裂し、目から火花となって飛び出す。「ああ、目の前に煌めく星が飛ぶ」


「中々風流な表現だな」






 日光山先生としたくも無い掛け合いをしている間にも、ディスプレイに映るザ・トリステロと図書館警察の小競り合いは過激さを増し、どんどんエスカレートしていく。


「我々をなめるなよ図書館警察!」


「こちらこそ我慢の限界だ!人の島を荒らしておいてこのままただで帰れると思うなよ!」


「何を戯れ言を!」


「移動図書監の修復が終わったってー」


「羽山先生、すぐに移動図書監をこちらへ回すよう連絡を!」


「我々もすぐに飛行船不都号をこちらに回すように指示をだせ!最高レベルの装備で対抗だ!」


 なんだか大変なことになってきた。


 ひとまず我が家からみんな出て行ってくれないかなと思いつつ、これ以上被害が広がらないでくれと祈る。


 日光山先生と二人して間の抜けた面引っ提げて画面を凝視していて全く気づかなかったが、いつの間にか外に人の気配があった。


「おい、何だこの建物は」


「なんだかおかしなところですね。移動図書監みたいだ」


 日光山先生と顔を見合わせる。


「なんだここは?茶室か?」


「早く入って下さいよ」


「すわ、セクハラか!尻を頭で押すな」


「ん?」


「ん?」


「どうしました?」


 視線と視線が交差し硬直する。


「あ!お前こんなところにいたか!」


 図書館警察のノッポである。ということは外からノッポの頭をぐいぐい押しているのはモジャモジャであろう。


「日光山先生!追っ手です、逃げないと捕まります!」


「こんな辺鄙なところまで来て逃がすわけが無かろう!」


 ゴキブリのように躙り口から這い入ってくると、銃のような物を取り出す。


「ギャッ!」緑色の強烈な怪光線が発射され、視界を奪われる。


 なんだか猛烈に気分が悪くなってくる。


「どうしました、居たんですか?」モジャモジャの方も入ってきたようだが頭がぐらぐらしてそれどころでは無い。


「狭い!馬鹿者!何をしてくれる」


 日光山先生の怒号が響く。


 そもそも日光山先生と二人だけでもだいぶ狭かった庵に四人詰め込むのは無理がある。


 顔の至近距離で怪光線を発射されて気分が悪いなんてもんじゃ無い。


 思わずノッポの顔に向けて南方熊楠の如く反吐を吐きつけ、天狗の弟子らしく「てんぎゃん」として名を馳せてやろうかと思っている内に、モジャモジャがノッポの背中を押して狭い庵の中で全員が将棋倒しになる。


 もみ合いになる内に怪光線銃も手放したようで、気分が悪くなっていたのがはれてくる。


折り重なっていてゴチャゴチャかき混ぜられている間に誰かに体をまさぐられ、揉みくちゃにされる。


「すわ、セクハラか!」花も恥じらう女子高生。その純真無垢な嫁入り前の体をまさぐるとは何事か!しかるべきところに出て法廷闘争も厭わない所存である。


「馬鹿者共が!さっさとどかんか!」日光山先生がブチ切れる。その沸騰した怒りは天狗風となって、貧乏学生の一人暮らし部屋より狭い庵に吹き荒れ、詫び寂びの心もあったものではない。






 武野紹鴎も千利休も古田織部も小堀遠州も歴代の茶人という茶人たちが草葉の陰で泣いているというようなものだ。


 狭い庵で爆発した颶風はパンパンに膨らんだ風船に、更にボンベを繋いで開放弁をすっ飛ばしたかのように腫れあがり、庵の中で暴れ回る。


 隙間という隙間から風が逃げ出し、弾かれたように日光山先生以外の三人が壁に吹き飛ばされる。


逃げ切れない膨らみあがった風は。逃げ場を求め天井や壁の一部を吹っ飛ばす。


 折角の聚楽土で塗り込められた土壁がばりばりに破れ、瓦がどこか遠くに飛ばされていく。「南無三!」


「日光山先生!落ち着いて下さい!」風圧で口も満足に開けない中でなんとか声を絞り出し、風の吹いてくる方へ向かって叫ぶ。


 風の発生源の方へ顔を向けると指で押されているかのように目の玉が脳に食い込む。あわや窒息寸前というところで風がやむ。


 耳がキーンと鳴って何も聞こえない。


 目の前がボンヤリするが次第に視界が開けてくる。


 図書館警察の二人は無様に重なり合って、きゅーとのびている。


 すっかり見通しがよくなった庵の隅で日光山先生が荒い息をついている。


「大丈夫ですか先生?」


「怒った」


「はい?」まだ耳鳴りがやまずに何を言っているのかよく聞き取れない。


「私は怒った!大いに怒った!必ずかの邪知暴虐なる連中を取り除かねばなるまいと決心したのだ!」


「何メロスみたいなこと言ってるんですか?」


「怒りが地殻を割り、大地を嘗め回す舌の如き紅蓮のマグマのように噴き上がったのだ!」


 今まで天狗らしいところをあまり見せてこなかった日光山先生が、珍しくいかにも天狗らしく顔面をカッカと真っ赤に上気させ怒り狂っている。


「栞!宮島町に戻るぞ」そう言うと先生は隅っこでのびている図書館警察の二人組に目もくれず庵から出て 行く。正確に言うと庵跡からであるのだが。


「待って下さい、日光山先生!」未だに頭も視界もくらくらとしており、よたよたと生まれたての子鹿のようにふるふる震えながらついて行く。


 庵から宮島町の猿田彦神社の天袋に繋がる場所へ戻り、壺中天から現実世界へと這い出ていく。






 幸い図書館警察やザ・トリステロの連中は仁義なき抗争へと駆り立てられているのか、先ほどの二人組以外は着いてこずにいたようである。


 外へ出ると深夜の宇都宮の空にシロナガスクジラのような白い何かと、巨大な帆を張ったビカビカと光る空飛ぶ船、そのまま略せば飛行船が対峙していた。


 帆を張った飛行船の方には、消音器付き郵便ラッパのマークがデカデカとプリントされている。あちらがザ・トリステロの言っていた「不都号」に違いない。


 しかし、ビカビカとすごい光り方をしている。逆光で直視できないほどだ。


 一方相対する移動図書監の方は純白の船体?にも関わらず空の闇と溶け込んでいて全体がどれほどの大きさなのか窺い知れない。不気味である。


「あいつはさっきのノッポが持っていた怪光線を出してくるから迂闊に近づけん。天狗礫でボロボロにしてやったと思ったんだが、もう修理されているようだな」


 空を睨みながら日光山先生が唸る。






「あっちのやたらと光っている方もどんな兵器を積んでいるか知れませんね」


「なんとも訳の分からない連中だ」


 訳の解らなさで言えば日光山先生も大概なもんだが、言うと逆鱗に触れる事請け合いなので賢い私は黙っていた。


「あいつらより高いところに飛んでいき、風雨雷火を持ってして撃沈してくれる。大体人間風情が天狗の頭上を飛んでいるというのが気にくわん!」


「日光山先生、それをやると移動図書監と不都号がオリオン通りに落ちて、甚大な被害が出るのでおやめ下さい。何より我が家が壊れては困ります故」


「いいや、奴らには痛い目を見てもらう」


 何を言っても聞かなそうだ。これは困った。


「移動図書監は酒造りに何らかの関係があるやも知れません。もうここまで拗れた以上酒は今までのように手に入れるのは難しいかも知れませんが、祖父の顔を立てて一つ移動図書監の方はご容赦願えないでしょうか?」


 酒というワードが出た瞬間、日光山先生の表情が微妙にピクリと動く。


「まあ酒が手に入らなくなると言うのは由々しき問題だな。今回の詫びに酒を献上できると言うことであればお前の爺様の顔に免じて目をつぶってやらないでも無い」


 よし、引っかかった!ここまで拗れた状態で酒を調達するのも、考えただけで耳から脳味噌が沸騰して飛び出そうな面倒臭さだが、被害が出ることに比べればまだマシである。  




 この調子でもうちょっと粘ってみるか。


「ザ・トリステロは我が父の所属する組織でもあります。こちらも日光山先生の可愛くてたまらない愛弟子たる私の顔に免じてどうかご容赦を」


「ならーん!そんなの知ったことか!絶対にゆるさーん!」


 チッ!説得失敗だ。まあ父の方はどうとでもなるだろう。


「日光山先生。とりあえず街中であれだけ巨大な物を落とすのは何にせよ不味いです。せめて八幡山か田川辺りにでも落として下さい」


「うむ、行くぞ!」


 日光山先生と二人してフワフワと暗がりを選んで飛んでいく。


 街は深夜にもかかわらず突如現れた巨大な飛行物で騒然としている。


 こんな時間帯に街中にいるのは酔っぱらいしかいない。


 酔いどれ野郎共が何か口々に叫んでいるようだ。


 しかし不都号はビカビカと異様に光り、光に光りまくって目に厳しい。


 二つの飛行物体はお互いの出方を伺いつつ、何が飛び出るか解らないためか睨み合ったまま動かない。


 しかし、このまま千日手ということは無いだろう。


 いつかはこの均衡が崩れる。どちらかが手を出さなかったとしても日光山先生の風雨雷火を浴びれば移動図書監が何らかの動きを見せるに違いない。


 何にせよ私に出来ることは、日光山先生について行くことと、私の家に被害が出ないように見張ることぐらいだろう。






 移動図書監と不都号の両者が睨み合いつつも、ジリジリと間合いを詰めていく。


 不都号の光を避け、宇都宮タワーの方から迂回して背後に回り込む。


 背後に回り込んだところで、どのようにして睨み合う両者を人気の無いところに誘導するかと悩んでいると、不都号の帆に対して今まで見たことも無いような強烈な光が船尾から投射される。


 激しい光を帆に受けると不都号はゆっくりと前進を始めた。


「いやはや、ついに始まるか!」


 一方移動図書監の方はまだ動きが無い。


 赤い月を大向こうに見やり、事の推移を見守る。


 そのとき雲一つ無い大快晴の深夜の宇都宮の空からポツリと雨が滴る。


 狐の嫁入り?


 鼻頭にポタリと付いた雨を手で拭うと、何やらフルーティーな香りがする。


 どこかで嗅いだ事のある香り、ぺろりと手に付いたそれをなめてみるとエチル・アルコールの味がする。


 吟醸香?雨じゃない、なんなんだ?


「これは『書痴』だ、間違いない」


日 光山先生が上ずった声で空を見上げる。


「『書痴』というと、あの『書痴』ですか?移動図書監から漏れ出ている?いや、こんな風のない日に上から酒が?」


 そうこうしているうちに、雨ならぬ酒がポツポツと次第に勢いを増し降り出してくる。


「これはあの壺中天に侵入してきた二人組のせいだ!」


「どういうことですか日光山先生」


「あの二人組が壺中天で何か悪さをして、古峰神社の酒甕にひびを入れたに違いない」


「それとこの酒臭い雨に何の関係が?」


「あの二人組が侵入してきた庵があっただろう、あれは宇都宮某所に結んであるのだが、空間的に壺中天と現実世界で繋がっている。大方私が天狗風を吹かせた後で、庵のあった場所に何か歪みが出来、そこを刺激しているのだろう。酒甕に貯めてあった酒が漏れ出してきておるのだ」






「酒は全部飲み干したのでは無いのですか?」


「そりゃ少しは取ってあった」


「酒を飲み干してしまったから図書館警察に乗り込んだり、我が家を強襲したのでは無いのですか?」


「いざという時の非常備蓄ぐらいは取ってある」


 頭に血が上るが、その頭を酒精が冷ましてくれる。


「こりゃあ勿体ない!酒が、私の酒が漏れ出てしまう!」


日光山先生が慌てて手を空に向けて降りそぼる酒を飲もうとする。


「酒臭い!」酒の雨がどんどん強くなり夕立のようにザアザアと降ってくる。


 そして空は晴れて赤い月が煌々と輝く中、酒の雨と同時に雷が鳴り出す。


 宇都宮は雷電神社があることからもわかるとおり、全国屈指の雷多発地帯であるが雲一つ無いのに雷が鳴り出すというのも不思議なもんである。


 日中だったら文字通り青天の霹靂という奴だったろう。


 しかしどこにこれだけの量の酒が貯蔵してあったのか、信じられない量の酒の雨が迸る。


 羽織っていたインバネスの下にまで酒が染みこみ、頭の天辺から爪先までアルコール漬けになる。咄嗟に引っ摑んできてしまったわけだったが、初夏のこの季節にインバネスは少々蒸す。酒蒸しである。


「うわぁ下着にまで酒が染みこんできた!」


「勿体ない!酒が勿体ない!」


二人して右往左往する。


「日光山先生!これだけの量の酒があれば何も私に集ることなど無かったではないですか!」


「私にも解らんが空間にひびが入ったときにどこかで捻れが生じて、酒が無限に増殖しているのかも知れない」


「何を言っているのかさっぱり解りかねます!」


「酒が飲み放題ということだ!しかしこれでは確実に宇都宮は酒に沈むな、ワハハ!」


「あるいは酒でいっぱいの宇都宮!」


 未成年のこの身にとっては、酒精のキツさがたまらない。


 脳内が酩酊しないよう呼吸をなるべくしないように下を向くが、もう四方八方が酒、酒、酒である。


 天狗は大喜びであるが、未成年どころか人間というカテゴリーに分類される生物にとっては、これはもう耐えられないだろう。


 半ばグロッキー状態で戦線離脱を宣言しようとしたとき、日光山先生が叫ぶ。


「おい、栞!みてみろ、奴ら大慌てだぞ!」


 日光山先生の愉快そうな声が聞こえる。


 熱帯のスコールを思わせる激しい雨に打たれながら、移動図書監と不都号の方に目をやってみると、先ほどからゴロゴロ鳴っている雷が命中し、まさか水ではなく酒が降ってくるだろうと想定していなかったであろう船体はベトベトになり、バチバチとあちこちから火花を散らしてお互いゆっくりとあらぬ方向へ進路をとり続けていた。


 どうやらコントロールを失いつつも、移動図書監は私たちがいる宇都宮タワーに緊急避難しようとしているようであった。






 一方不都号はそんな移動図書監の動きなどに構って居られるほど余裕があるようでもなく、ゆらゆらとJR宇都宮駅方面へと向かっていた。


「よし、私の鼻にはどこから酒が漏れているのかわかったぞ!」


「どうにかして塞いで下さい先生!」


「ちょうどいい!あの不都号とやらを空間の歪みに打ち上げて栓をしてやる!」


「それはどういうことで?」


「そこで見ておれ!」


 言うが早いか、日光山先生はこれまで見たこともない速さで不都号の方へと飛んでいき、その船底にへばり付くと天狗風を起こした。


 それも壺中天の庵で怒りにまかせて起こした風など比較にならない颶風で、酒の雨が細波のようにこちらの方まで凄い勢いで飛んできた。


 こりゃたまらんと田川沿いの暗がりに、酒でベトベトになったまま降り立つと空を見上げる。酒で力を得た天狗が、今まで見たこともない力で不都号の船体を持ち上げ、天辺へと押し上げる。


 船体が軋む不穏な音と、雨が風に弾かれる凄まじい轟音の中、持ち上げられた船体が空の一点に収縮し吸い込まれてゆく。


「おお!日光山先生やったじゃないですか!」


 思わず絶叫する。






 雨が一瞬収まり、そして静寂が訪れる。


 と思った矢先、空に亀裂が入りその穴からドバドバと酒が華厳滝の如く溢れ流れ落ちる。


「うわーっ!」と叫んだところで止まらない。


 宇都宮駅の西口に酒が瀑布の如き勢いで吹き出し、小さく一点に収縮して空から消えたと思っていた不都号が、再びこちらの世界に姿を現し空から降ってくる。


 そのまま駅の西口に突き刺さると、その上から今度は壺中天にあった謎の建造物群が一塊になって降って来たではないか。


 もう事ここに及んでは、か弱い女子高生一人の手でどうこうすることなど出来ず、わーわー無責任に叫びながら、ただ眺めているほかない。


 無限とも思える長時間にわたって壺中天の建物が落ちてくる。


やがて終わりが来たようで、一際大きい音がして学校の校舎のようなパーツが落ちてくると、空に広がったひびがスイと消えて、ただ轟音のみが響き渡る。


 そうして全てが落ち着くとボンと景気のいい音が響き駅前に豪奢な桜の大木が生え、豪快に季節外れの花吹雪をまき散らして、赤い月を彩る。


 そうか、宇都宮は地獄と繋がってしまったか。


 理解したがもう遅い。


 遠くの人気のない深夜の駅で何やらぴょーんと踊る複数の人影が見えた。


 人であるわけがない。


 あれは地獄の修羅共だ。


 宇都宮はもう異世界へと変貌してしまったようだ。


 天を仰ぎ瞑目しながらゲップをする。


 酒臭いじゃないか。


 これが酔いから来る幻想であることを祈ったが事実であろう。


 ボンヤリと、我が家は無事であろうかと考えてみたが思考が纏まらずに、次第に意識が遠のき昏々と眠りについてしまった。


 まとめて地獄に落ちろとは念じたが、地獄がこちら側に落ちてくるとは予想外であったなと意識の消える瞬間にぼんやりと浮かんだ。


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