第9話 『フラタニティ』-②




 服飾室へ向かう間にも注意してみると消音器付き郵便喇叭のマークが散見された。


 学校の最上階にある図書室から、向かいの校舎に移動して下っていくというルートだが途中非常階段に向かう扉にも消音器付き郵便喇叭のマークがあり、地獄へと誘う何かしら悪意のある記号なのではと訝しんだ。






 服飾室は学校の隅の方にあるので、場所は知っていたが訪れたことは一度も無かった。


 そもそも服飾デザイン科という、自分の専門からはかけ離れた割と謎な学科の専門の部屋なので用があるわけは無く、体育かなんかで外から覗いたときにマネキンが大量にあるのを見かけたことがあるぐらいであった。






 ついてみると確かに服飾室の隣に、廊下側から見る限りでは奥まって細長い、決して人が集まれるようなスペースは無いであろう準備室があった。


 服飾室の鍵は開いており、キーボックスもすぐに見つかった。


教官室に置いておかないでいいんかいなどと思いつつも、ぱっと見で一番目立ったマスターキーを手に取った。


 別に犯罪を犯すでもなし構わないだろう。


関係者であると胸を張っていえるわけではないが、この学校の生徒なのであるから全くの無関係と言われることもあるまいて。


 ということで鍵を開けそろりと侵入した。


 広いじゃ無いか。


 明らかに広い。


 外から見た限りでは校舎の端にあるわけであり、横幅は無いと言い切れる間取りだったはずなのに、視聴覚室ぐらいの広さがある。


 ちょっとしたパーティーぐらい開けそうだ。


 顔だけ廊下に出して、入り口の引き戸から外に出る非常口までの距離を見て、また部屋の中を眺める。


 おかしい、理屈に合わない。


 どう考えても広すぎる。


 大量のマネキンが作業台の周りを囲んで置いてある。


 そして奥行きもありすぎる。校舎の幅より明らかに空間が広がっている。


 廊下側から外の窓までの距離が長い。どういうこった?


 悩んでいても仕方ないので部屋の中を検分することにする。首の無いマネキンの視線を感じて不気味だ。






 程なくして部屋の一番奥に衣装箱と思われる大きな箱を見つける。


 消音器付き郵便喇叭のマーク。


 消音器付き郵便喇叭のマークで「おなじみ」のザ・トリステロのマークである。


 それが箱の蓋の隅に刻印されている。


 とりあえずためらっていても仕方ないので箱を開けてみると中には何やらカラフルなものが大量に収納されていた。






 「仮面?」ヴェネツィアのお祭りでかけるような仮面が大量に入っている。


 なんのこっちゃと思いながら一つ一つ手に取ってみる。


 一つ一つが意匠を凝らしてあり、同じものは一つとしてないようであったが、そのどれもが光沢のある手触りの良い布地が使われていた。


 手作りなのであろうが几帳面な縫い跡から判断するに、高級感の溢れるしっかりとした作りになっている。






 ちょっと格好いいじゃないか。好奇心に駆られ被ってみようと内側を見てみると額に当たるあたりに「κκκ」の刻印が記されていた。


 どうやらフラタニティの連中がお互いの顔を隠したまま会合を行うための仮面らしい。


 マスカレード気取りか?






 フラタニティの連中の秘密結社めいた集まりの「秘密」については惹かれたがここで時間を浪費しても仕方ない。


 いつこの変態チックな会合に参加している人物達が割って入ってくるかも分からない。長居は無用である。


 だって仮面被って暇をもてあました貴族みたいな遊びをやっている連中なんてまともなわけは無い。怖いじゃないか。


 仮面を丁寧に箱に戻すと蓋を閉める。蓋を閉めるとザ・トリステロのマークが目に入った。ザ・トリステロのマークがある箱の中にフラタニティ「κκκ」の道具が入っている。


 なにか繋がりでもあるのだろうか?


 フラタニティの連中と繋がっているとしてどんな繋がりなのかも分からない。


謎は深まるばかりである。






 間取りの意味不明な広さといい、ザ・トリステロとフラタニティと二重にマークが極めてある仮面といい不気味じゃないか。


 そういえばこんな意味の不明な間取りをどこかで見たことがあるような気がした。


「そうだ、ありゃ私の部屋だ」私の部屋も図面と間取りが微妙に異なるのである。


 それは設計ミスなどでは無く、後から広がった後天的なものである。


 私の母が身を置く異端教祖株式会社なる、妙なものばかりを作っている会社の試作品で、かつて「国土拡張器」なるものがあった。


 国土拡張器は閉鎖された空間内で使用すると、M理論におけるDブレーンの構造が10次元以上であるらしいという事から、我々の生活している三次元空間を超ひもレベルのミクロの世界のスケールで余剰次元にスリットさせることにより空間をシュリンクし、マクロの視点では空間が膨張したように感じる云々の結局何が言いたいのかさっぱりな上に、本当にその理論が正しいというか本当のことをいっているのかさっぱりな機械であった。


 この機械のパイロット版を私の部屋で母に無理を言われ実地検証したときは、部屋の中が滅茶苦茶に散らかったあげく、本当に何センチか広がったが何センチかだけしか広がらなかったという誰の得にもならないような結果であった。






 それでも母は部屋が曲がりなりにも広くなったという結果だけを見て一定の結果に満足していたようであるがこちらとしてはただでさえとっちらかっている乙女の部屋が無茶苦茶になってご立腹というもんである。






 本当にアレには参ったが、あれから大分時間もたっているし、もしかしたら「国土拡張器」がもっと性能を増して使われたのかもしれない。


 母の異端教祖株式会社の製品が使われているとしたら、この部屋の広さの謎も解ける。


 ついでに言うと母が関与しているのならば、父の所属するザ・トリステロが何らかの形で関与しているとしても不思議ではない。






 世の中そんなに広いわけではないのである。だから無理矢理にでも空間を広げようという面妖な装置を作り上げる人もわけである。


 ザ・トリステロのマークがあるところからして関与はほぼ間違いないと言っていいだろうと思われた。






 問題は父当人が関与しているかどうかと言うところである。


 フラタニティなる怪しげな組織に、それ以上に怪しげな父の組織が関与しているとか娘からしたらちょっとした地獄である。


 家族ぐるみで学校の暗部にかかずらさっているとか不名誉以外の何物でも無い。


 頭をかき上げるとモジャモジャの髪の毛が指に引っかかって鬱陶しい。


 鬱陶しさが極まるとどこかよそへ引っ越したくなる。どこかへ引っ越したとしても柵から逃れられないと知ったとき詩が生まれ画が生まれる。


 そんな感じのことを昔の人が呟いていたような気がするが、やっぱり気のせいであると思われた。






 ならばせめて家族の怪しげな行為が衆目の元に晒されないようにするのが娘たる者の努めであろうか。


 秘密の組織が秘密の組織に何らかの干渉をしているという所だけが救いである。


 お互いが自分たちのことを秘密にしたがっているのだから情報漏れは最低限ですむであろう。さて何から始めれば良いか?


 どうしたらよいかと悩めどもなかなか良い回答が得られない。


 縋れる物には藁でも縋りたいと思いもしたが、真っ先に頭に浮かんだのが一泊の阿呆を画に描いたような面相であったのでその考えは無しにした。






 おそらく「阿呆」という文字の成り立ちは一泊の顔から転じたものであろう。


 このほか「愚か者」や「クルクルパー」などの言葉も端を同じに発するものであると考察した。考察したところで「馬鹿の考え休むに似たり」という言葉が頭をよぎったが、休んでいる分無駄に脳内で糖分を消費していない分ましじゃないかと思い至り、つまり迂遠な回り道をしたがこれが「堂々巡り」という奴であろう。


 時間を空費した。






「あれ?準備室の鍵開いているぞ?」


 迂闊にも無駄に時間を過ごしすぎた。


 誰が来たのかは分からなかったが、八方ヶ原後輩との約束を反故にした上、自分の身まで危険にさらすことになる。


 慌てて生半可に覚えた天狗の秘術「隠れ蓑術」で身を隠す。


 あっさりと初披露する羽目になったが、披露という割には身が隠れるだけなので誰の目にも触れないから形容矛盾という奴である。


 兎に角日光山先生が渋々授けてくれた天狗の秘術の一つで、まだ完全に己のものとしていなかったので完全に周囲の風景に溶け込める時間は数分といったところだったが緊急回避には十分使える。






 この術は天然自然から発する気と、己の発するそれを同化することによって限りなく気配が薄れるというものであり、その効果は目の前に居ても触れたりしない限りは分からないというものであった。


 とある天狗理論物理学の老大家によれば、宇宙に充満するが観測できない暗黒物質同様に天狗の隠れ蓑の術を使うと、そこに存在する証拠は術者本人の質量に起因する重力源でしか観測できないとの事である。






 いつか量子物理学と相対性理論が統一され究極の理論が完成した暁には暗黒物質の正体もある種の未知の素粒子であることが分かると考えられている。


 このことから天狗理論物理学では、天狗の術を物理学的手法により解析するアプローチがとられ、天狗の術の原理から自然の法則を解き明かすという最先端の学問であり、その理解者は世界に数名しか居ないとされている。


 これは遠アーベル幾何学やホッジ=アラケロフ理論を駆使した宇宙際タイヒミュラー理論の研究者よりもなお少ない。


 そんなこんなで暗黒物質と等価の存在になり空間に溶融し姿を隠したが、いつか見つかるのではないかというドキドキは止められない。


 術の完成度が低いので何かあればすぐに姿は露呈する。


 露呈すれば組織の秘密を守るためすぐ吊されてしまうだろう。なんせ秘密の組織なのだ。


 ガラリと扉を開けて入ってきたのは、先ほど箱の中で大量に見た仮面と同じようなものを装着した女子生徒であった。


 フラタニティの人間である。不味いなあと内心臍を噬むが今は極力見つからないようにしてやり過ごすしかない。


「誰も居ないかあ、誰だろう開けっ放しにしたの?」


 なおもブツブツと独りごちて部屋に入ってくる。


 部屋に入ってくるとまっすぐこちらにやってきて目の前にしゃがみ込む。


 心拍数が上がる。


「仮面ケース誰か動かしたかな?」


 箱を開けて中を検めている。


 なんだか変だなあといった様子で首をかしげながら、なおもゴソゴソとやっている。


 さっさと去れ!と内心毒づきながらその様子を眺めるしか出来ない。


 それにしてももたもたとしつこく検分している。古姑か!


 そんな呪詛の念が通じたのか、唐突に立ち上がり「ふーん?」と唸ってそのまま準備室の外へと出て行った。


 外へ出て行ったところで術の効果が切れ、天然自然の気との交わりが解けて空間に姿を顕現せしめる。


 気がついたら息をずっと止めていたらしく、ぶはーっと二酸化炭素を吐き出す。


 危なかった、今の非常に危なかった。


 今のフラタニティのメンバーの気配が消えるまで待って、準備室から逃げ出すことにする。


 マネキンの林立する中、聞き耳を立てていると「鍵が無いんですよー」という声が聞こえてくる。


戻ってきているじゃないか!


 隠れ蓑の術は一度使うと次に使えるまでにある一定のクールダウンが必要になる。


 何故かというと、日光山先生が適当に授けてくれた術なので練習もあまりしていなかったからである。


 これは日光山先生の職務怠慢である。


 責任の在処を問いただし、速やかに購っていただきたいがそうもいかない。


 慌てて仮面箱をひっくり返して中から適当な仮面を引っ張り出し装着する。


「あれ?いつの間に人が」装着して箱を戻したところでさっきのフラタニティのメンバーがもう一人女子生徒を連れて戻ってきた。






 やはり仮面を装着しているが、最初に入ってきたメンバーのものより意匠が凝らしていたりフラタニティ内でのヒエラルキーが高い人であるように窺われた。


「購買部の方ですか?いつ入ってきたんです?」


 どうやら私が装着したこの仮面は購買部のものらしい。


「新入りの人?なんか見かけたことあるようなないような」


 偉いらしい方がこちらをしげしげと眺めてくる。


 同じ学校の生徒なんだから会ったことぐらいあるだろうが仮面をつけているとそれだけでなんとなく分からなくなる。


 なるが、こちらもどこかで聞いたような声である。


「いやあ、ちょっとフラタニティの会合所を見学してみようかなと思いまして。これ鍵です」


「あれー?さっき準備室確認したときは誰も居なかったと思うんですが……」


「私も気づかなかったですねぇ?不思議だなあー」


「まぁ何でもいいけど戸締まりはしっかりしてよね」


 ランクが上っぽい方が適当に話を切り上げる。


 最初に入ってきたメンバーの方は未だに納得いかないような空気を醸し出していたが、なんとかごまかし切れたようである。






「貴方購買部なんでしょ?丁度いいわ、今月の購買部全体の収支の話は分かるかしら?」


「すいません、ちょっと私には分かりかねます」嘘は言っていない。


「購買部の売り上げはフラタニティの大切な財源の一つなんだからちゃんと把握してないと駄目よ」


「申し訳ないです。所で大事な財源の一つということは他にもなにか収入があるので?」


「ああ、本当は内緒なんだけれど購買部だからどっちにしても知っておかないといけないからいいか」


 広い机とマネキンと裁縫道具と業務用の大きなミシンが見守る中大した秘密でもないという風に語り出す。


「フラタニティの先輩方の組織があるんだけれど、そこでは秘密の情報網と流通網をもったフラタニティ以上の秘密の組織で、その広範な組織力であらゆる所から小銭を巻き上げている所でね、そこから寄付金が来ているのよ」


 なんか聞いたことがある。


「もしかするとザ・トリステロですか?」


「なんだ、よく知っているじゃない。うちの学校の備品が質量共に豊富なのは気づいているかしら?中にいると気づかないもんだけどこの準備室のマネキンだってお高いものなのよ。それがそろっている理由は卒業生に県会議員が多かったり、産官学の連携とか一般市民にも一部施設を開放しているからとかで補助金が降りているというのもあるんだけれど、ザ・トリステロが積極的にバックアップしていると言うのもあるのよね」


「なんでまた?」


「ザ・トリステロの日本支部の更に言うと宇都宮支部の構成員はさっきも言ったとおりこの学校の卒業生が多いのよね。で、購買部の貴方にも関わってくることなんだけれど、購買部で販売している商品って食品メインに文具とか色々あるじゃない?あれ全部企業からのモニター対象なのよね。それで表向き協賛金として色々寄付してくれている訳なのよ」


「例えば図書室の本とか?」


「そう、各学科ごとの備品の他にもそういった共有のものまで色々とね。それに未発表の商品のテストなんかも行われていてね。例えばこの被服準備室の間取りが図面と実際とで違うことには気づいているかしら?これもある機材のテスト行った結果、フラタニティの会合を開けるほどの広さになったというわけ」




「もしかすると、異端教祖株式会社の国土拡張器とかでは……?」


「なんだ詳しいじゃない、本当に新入りなの?」


「いえ、適当言ったらたまたまって感じですよ」


「そう?」


 ちょっと喋りすぎたか微妙に訝しまれている。適当に切り上げて逃げよう。


「所で貴方どこかで見たような、その特徴的なモジャモジャヘアーはもしかすると……」


「会頭、お知り合いですか?」


 あ、このクルクルパー丸出しな喋り方といい、会頭という肩書きといい、クルクルパーを画に描いたようなクルクルパーぶりといいどこかで見たことある。


「あんたもしかして、てん……」


「いやあ貴重なお話ありがとうございます。またどこかでお会いしましょう、さようなら」






 脱兎のごとく逃走する。


 後ろから何か声が聞こえるが聞こえない、聞こえない。


 何やら我ながら矛盾したことを言っている気がするが、それはそこ気にしない。


 フラタニティの誰の物ともしれぬ仮面を被服室に放り込み逃げる。


 こういう疾走する風景ってなんか青春映画っぽいなあ等と余計な考えが頭をよぎり、この支配からの逃走と洒落込むが、実際の所支配しているのはフラタニティなりザ・トリステロなりといった胡散臭いこと極まる組織なので逃げて正解である。


 そういえば我が父もこの学校の卒業生だったはずである。


 入学したときそんなことを言っていた気がする。


 ならばフラタニティなる怪しげな組織に身を置いていてもおかしくはないし、フラタニティにいたからこそザ・トリステロの門を叩いたのであろう。


 どういう原理でリアルタイムに増えていったのかは分からないが、我が家にザ・トリステロの消音器付き郵便喇叭のマークがあちこちにあったのもその関係であろう。


 おそらくその消音器付き郵便喇叭のマーク捺印マシーンみたいな物が仮にあったとして、それは我が母の異端教祖株式会社の製品の何らかの実験の結果であると推察された。


 最初は理解できなかったこともいったんその裾野が見えてくると、その神秘のベールを脱ぎさりただありのままの何ら不思議のない有り体な姿をさらすことになる。


 もう謎など何もない、この学校はザ・トリステロの協賛により活動しているのだ。


 他にも苦い思い出のある図書館警察や母の勤めるところの異端教祖株式会社や、おそらくライバル会社の夢幻会社なるこれまた怪しい企業の魔の手も伸びているに違いない。


 それにしても一泊という女はどこに行くつもりなのであろうか?


私には計りかねたがもしかすると、とんでもない大物に化けるのではないかという予兆をも感じさせた。






 ただのクルクルパーではなく実は凄い奴なのか、ただ単にクルクルパーも極まってしまった阿呆者が到達する阿呆の極地なのか。兎に角得体の知れない存在感を放ち始めた一泊に恐怖心に似た感心を覚える。


何にしろ狭い器に収まらないという意味では、八方ヶ原後輩とは違った意味で大物といえるのかもしれない。






 何れにせよ『阿呆船』のように絢爛豪華な綺羅星のごとく輝く阿呆を集めて煮染めたのがフラタニティであり、それを濾過して更に純粋な阿呆共を絞り出したのがザ・トリステロであり、さらに阿呆のアクセルを踏み抜くのが、そこに関わってくる異端教祖株式会社なのであろう。






 となると、いわば私はザ・トリステロと異端教祖株式会社の血を受け継ぐ阿呆の血族であり、阿呆者のサラブレッドであるのだろうか?


 目を閉じると瞼の裏に地獄が映る。


『阿呆船』の第一話は、当時グーテンベルグにより勃興した活版印刷の恩恵に預かるも、本を集めて周りに積んでおくことで自分を教養のある人間に見せようとした間抜けな「ビブリオ・フィロ」の話であった。


こうなると汗牛充棟する私の家を鑑みれば素敵な宇宙船『阿呆船』の乗組員たる堂々の資格を得ているといえようか。






 いや、断固として拒みたい。


 そもそも私は積んでも本は読んでいる。ただ積むスペースの方が若干ながら早いのと、どんなに愛着のある本でも、いつか売らなければと言う古書店鉄の掟から、素敵な本との交際を引き裂かれる現代の『ロメオとジュリエット』的構造により交際を中断せざるを得ないという悲劇により、本は降り積もる埃のように重なっていく。


 決して読まないわけではないのである、本当だよ。


 そうこうしている内に校舎の反対側の生物工学実習室まで逃げてきたわけであるが、ここにもザ・トリステロの消音器付き郵便喇叭マークが壁の隅の柱に刻まれていたのに気づき。


「ここも奴らの手が回ったか……」という厨二病的台詞が口をついて出た。


 窓の外にはキノコ室があり、キノコ室の地下には図書館警察が潜んでいる。


 図書館警察は図書室に住む酵母と、羽山先生がベトナムの奥地で採取してきた『グワシャルマ』何たらという蘭から採れた酵母を使い酒を造っている。


 お互いが学校の懐事情に両足を突っ込んでいる状況だが、お互いが接近しているという証拠は何一つなく、大人の事情的物を感じた。


 一体この学校は何なのであろうか?


 なにぶん謎の組織が多すぎる。


 こんな所に一分たりとも居られるか!私は部屋に帰らせていただく!


 とばかりにやけくそになって何らかのフラグを立てたような気がしつつも帰宅することにした。


 普段使っていないのに図書館など使うからこうなるのかもしれない。なんせ図書館警察が居るはずなのだから。


 両親からしてどっぷり浸かっているので最早足抜けは出来ないかと思われたが、私はそれとは無関係に静かに暮らしたい。


 決して一泊のようにはなるまいと心に決めたのである。


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