御座家の夜、翌朝、不幸な出会い
御座家は本当に大きな家で、何人もの使用人がいました。私は使用人のいる家なんて初めてだったものですから、いちいち食事や寝室にまで世話をする人がいることに驚いていました。
夕食は御座家の方々と取ることになったのですが、ケイだけは姿を見せませんでした。何でも食欲がないとかで。タクヤの話では、いつもならケイもいっしょに食べているとの事でしたが……。私はその風景を想像できませんでした。
母さんの作るご飯をおいしい、おいしいと言って食べていたケイが、どんなに機嫌が悪くてもご飯は笑って食べていたケイが、御座家の面々の前でどんな風に食事を取っているかなんて……。
こう言うと失礼ですが、御座家の食卓はまるでお通夜みたいなんです。三人とも黙りこくって、作法は上品でしたが、人としての温かみがまるでない。食事はどこの料亭のものかと思うほど豪華でしたが、私はもやもやした気分で、味わう余裕がありませんでした。何を食べたかもあんまり記憶にありません。
お風呂はまるで銭湯みたいな広さで。寝室は洋室にしてもらいましたが、それも高級ホテル並みでした。それでもケイがここで幸せな生活を送っているとは思えませんでした。
私は夜の十時を過ぎてもなかなか寝付けず、ケイはどうしているのか、本当はどう思っているのか、御座家は何なのか、いったい誰が悪いのか、ずっと考え続けていました。ずっと、今でも……。
◇
翌朝、また辛気臭い朝食の時間、ケイは昨夜に続いて姿を現しませんでした。
食事中、良多郎氏が唐突に私に「もう結婚しているのか」と聞いてきました。私は「いえ、まだです」と答えましたが……。あの時、正直に答えるべきではありませんでした。答えなくても同じだったかも知れませんが。
……どうもいけませんね。まだ気持ちが落ち着かないみたいです。もう全部過ぎた事のはずなのに、他に方法があったんじゃないかと考えてしまう。いや、もう先なんてないから過去ばかり見てしまうんでしょうか。
朝食の後に、もう一度ケイと話ができないかと私が寝室で一人考えていると、乃撫子氏が私を呼びました。それに応じて出てみると、おそらく私と同年代であろう女性が、良多郎氏と乃撫子氏の間に立っていました。
一目見て、きれいな人だと思いました。大人の落ち着いた雰囲気があって、薄く化粧をしていて。びっくりするような美人ではないんですけど、学校や会社に一人か二人はいるような感じの。でも、タイミングが悪すぎました。こんな所で出会いたくはなかったです。
良多郎氏は彼女を前に立たせて、私に聞いて来ました。「どうだろう?」って。
いきなりの事ですから、「どう、とは?」と私が聞くと、「独り身だと言うから」とか、「近所の子だから心配ない」とか。
私は苦笑いしかできませんでした。こういうのって据え膳って言うんですかね?
食わぬは男の恥と言いますけど、よく考えなくてもおかしいですよ。御座家に何の権限があって、近所の娘さんを私に勧めて来るのか。
……だけど、彼女の方は満更でもないみたいで。
私はますます恐ろしくなりました。このまま御座家に留まっていたら、どうなってしまうのか。流されるままでいると、御座家に抱き込まれて逆らえなくなる。そう直感しました。
心の中で、その方が得だという気持ちが働かなかった訳ではありません。お金持ちの家と親戚になって、色々と世話を見てもらえる。
だけど、だけど……おかしいじゃないですか。ここは日本ですよ。基本的人権が保障された先進国です。どんな人でも同じ人間じゃないんですか?
何でケイのことをごまかすみたいに、美人を紹介されなきゃならないんですか?
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