御座託家、そして兄妹の再会

 私も乃撫子氏も動かないままで時間だけが過ぎていきました。私は何度も訴えました。「ケイに会わせてください」「そちらにいるのは分かっているんです」と。いや、本当に御座家にいるのか、確証はなかったんですが……。

 もしいないなら、いないと言うでしょう。そう言わないということは、何かあるんです。ケイについて何かを知っていて、隠しているに違いない。そういう確信を持っていました。

 このままいくら待ってもらちが明かないと思い、私は無理やりにでも上がりこもうと決意しました。法律的に良くない行動だとは分かっていましたが、あの時は頭に血が上っていて……。

 本当なら警察に通報するべきなんでしょうけど……。

 でも、後から言える事ですが、そうしなくて正解だったと思います。警察は役に立たない……。


 私が動こうとすると、ワドリさんが背後から私の肩を掴んで、上から押さえつけるように私を止めました。で、私が彼の手を払いのけようとした、ちょうどその時です。

 屋敷の中から怒鳴り声がして、ドターンと大きな物音がしました。何と言っているのかはよく聞き取れませんでしたが、私も乃撫子氏もワドリさんも、驚いて動きを止めました。

 それからドンドンと足音がして、不機嫌な顔の良多郎氏が姿を現しました。彼は玄関で立ち尽くしている私を見るなり、両目を見開いて乃撫子氏を睨み、怒鳴りつけました。「いつまでもお客様を立たせておくな! 礼儀も分からんのか、このグズめ!」と。

 それは物凄い剣幕で、乃撫子氏は目をうるませて、その場で「すみません」と良多郎氏に土下座をはじめました。最初に見た時の温和な姿とはあまりにもかけ離れたもので、私はただ立ち尽くすばかりでした。

 良多郎氏が再び私に目を向けると、ワドリさんが私の肩を押さえつけていた手をさっと手を引っ込めました。きっと怒られると思ったのでしょう。

 しかし、良多郎氏は彼には構わず、にわかに穏やかな顔付きに戻って、私に言いました。「どうぞお上がりください」と、それは丁寧な物腰で。彼の二面性に私は恐怖を覚えました。


 良多郎氏の案内で通されたのは、和風の客間でした。十畳の広い部屋で、私は良多郎氏と二人、大きな机を挟んで正座し、相対しました。

 良多郎氏は神妙な顔をして、まず私に謝罪しました。「本当にすみません。家の息子が」と頭を下げ……。良多郎氏の話を総合すると、彼の息子のタクヤがケイと出会って結婚する事になったらしいんですが、その際にタクヤが諸々のしかるべき手順と手続きを怠ったというものでした。

 しかし、はいそうですかと納得できはしません。私はとにかくケイに会わせてくれと、良多郎氏にも言いました。良多郎氏は気乗りしない様子でしたが、私のしつこさに折れて、やっとケイに会える運びになりました。

 これで真相が分かると期待していましたが……。


 数分後に乃撫子氏がタクヤとケイを連れて、客室に来ました。タクヤは見た目は気の弱そうな優男風の青年でした。葉書の裏の写真とは違い、髪を茶色に染めて、服装もスーツではなく楽な格好でしたが、遊んでいるとかチャラチャラした雰囲気ではなく、大人しくてまじめそうな人でした。

 彼の左頬は赤く腫れていて。おそらく良多郎氏に殴られたのでしょう。

 ……ああ、葉書の裏の写真では、黒髪だったんですよ。表情もキリッと引き締まっていて。結婚写真だから正装していたんじゃないんでしょうか。そういうのには厳しそうな家柄ですし。

 しかし、彼よりもケイです。ケイは私の知るケイとは別人のようでした。背中まで長く伸ばしていた黒髪は肩にかかる程度に短く切られており、表情は暗く沈んでいました。パッと見でケイだとは分からなかったくらいです。

 ケイはタクヤに誘導され、私の側ではなく対面に座りました。良多郎氏、タクヤ、ケイ、乃撫子氏という並びで、全員が私の対面に……。

 仏頂面の良多郎氏と、俯き加減の三人という並びが、とても印象に残っています。

 まずタクヤが気弱そうな笑みを浮かべて、「初めまして」と私に挨拶しました。そして「この度、ケイさんと結婚させていただくことになりました、御座タクヤと申します」と深々と頭を下げて。

 私は礼儀として「ケイの兄のショウキです」と名乗りましたが、内心では混乱していました。タクヤという男はもっと傍若無人な、あるいはもっと軽薄な人物に違いないと想像していたのですが、こんな人がケイに危害を加えられるのか……分かりませんでした。今時の女の子が好みそうな、男性アイドルのような顔立ちで。加えて金持ちの息子と来れば、もしかしたらケイが惚れたということもあり得るんじゃないかと。

 とにかくケイの口から何か聞けないかと思い、私は重苦しい空気の中、ただジッと黙って待っていましたが、ケイは自分から口を開こうとしませんでした。

 タクヤがずっと何か言っていましたが、まともに聞いてはいませんでした。彼の話の内容は良多郎氏とほとんど同じだったので。ケイは時々タクヤに促されて、俯きながら無言で小さく頷くだけでした。

 そこで私は良多郎氏に、ケイと二人だけで話がしたいとお願いしたのです。

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