御座良多郎・乃撫子夫妻
ワドリさんは私を屋敷の門から外に突き出そうとしましたが、門の前で老夫婦と鉢合わせて、手を止めました。老夫婦は上品な和装の優しそうなおじいさんとおばあさんで、この二人が御座家の者だと私は直感しました。
二人とも私を見て驚いていましたが、私は構わず言いました。「御座さん、私はタナカタという者です。妹のケイを探しに来ました」と。
そうすると、おじいさんの方がワドリさんに向かって「下がりなさい」と一言。大きな声ではなかったのですが、力強さというか、静かな迫力がありました。この人が御座家の当主なのだと、私は思いました。
ええ、そうです。御座良多郎です。
ワドリさんはゆっくりと力を抜いて、私を解放しました。私は服の乱れを直し、二人に「ケイに会わせてください」と迫りました。
おばあさんは私を警戒しているのか、緊張した顔で「ケイさんのお兄さん?」と問いかけて来ました。私が「はい」と答えて頷くと、今度はおじいさん……良多郎氏が、「とりあえず、上がりなさい」と。
虎穴に入らずんば虎児を得ずだと、私は素直に応じました。その後に改めてお互いに自己紹介をして。私は二人の気品というか、温和そうな雰囲気に心が緩みかけましたが、絶対に裏があると思い、気を引き締め直しました。どんなに人が好さそうでも、ケイを家に帰さなかったのですから。何か理由があるのだとしても、それが分るまでは。
老夫婦の後についてお屋敷に向かう私の後を、ワドリさんがついて来ました。彼は私が妙な事をしでかさないか、見張っているかのようでした。
玄関に通された私は、そこで待つようにと良多郎氏に言われました。御座家のお屋敷は木造で、ヒノキの香りが漂っていました。良多郎氏と乃撫子氏は先に家に上がって、私はワドリさんと二人になりました。
ワドリさんはずっと私の後ろについていました。私は圧力を感じて、とても嫌な気分でした。
十分くらい待ったでしょうか。先ほどのおばあさん……乃撫子氏が御祝儀袋を持って現れました。そして両膝をついて「こちらをお納めください」と。袋そのものが一般的な封筒の倍ぐらいあり、厚さも尋常ではなく、一目で大金だと察しました。一千万くらい入っていたんじゃないでしょうか?
いえ、開けなかったので分かりませんけれど。袋には「身代」と書かれていました。あれは何と読めば良かったんでしょう?
ええ、「身代金」の「身代」ですよ。「シンダイ」、それとも「ミノシロ」?
全然分からなかったので、私は乃撫子氏に「これは何ですか?」と聞いたんです。そうしたら、「結納金でございます」と答えられたものですから、私はカッとなって言いました。「結納って何ですか? 私達はケイの結婚を認めていません」って。
だって、ありえないでしょう。全く何の連絡もなく結婚って。いきなり結納金を出されたのも「金をやるから黙っていろ」と言われているようで腹が立ちました。
御座家は大きな家です。お金持ちなんでしょう。妹が良い家に嫁ぐ事、それ自体は悪いとは思いません。それが真っ当なものであれば、私は反対しません。真っ当なものなら。両親もしないと思います。
でも、これはおかしい。私は差し出された結納金を受け取りませんでした。金だけ受け取ってすごすご帰るなんて、できる訳がないでしょう。手に取ることも、触ることもしませんでした。そうしたらケイは二度と帰って来ない気がしたんです。
私は「受け取れません」とはっきり乃撫子氏に伝えましたが、乃撫子氏は引き下がりませんでした。そこでジッと座ったままで、私が金を受け取るまで動かないつもりだったんでしょう。ただ真っすぐ私を見つめていました。
私は乃撫子氏を見つめ返して「ケイに会わせてください」と言いました。お金がどうこうより、ケイがどうしているかの方が重要です。
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