尖った割り箸と綿飴
甲池 幸
第1話 彼女と僕と散らかった部屋
僕が彼女と二人で彼女の部屋に来る時、そこはいつも汚い場所だった。
不潔、という意味ではなく物が乱雑に置かれているという意味で汚い部屋に足を踏み入れて、僕は小さくため息を吐いた。
床や水回りには掃除が行き届いていて、清潔に保たれている。けれど机やソファの上には、開きっぱなしの雑誌だったり文庫本だったり、開けっ放しの化粧品入れだったりが、適当に置かれている。使ったものをそのままそこに置いた、という感じだろう。
その部屋からは学校で彼女が見せている洗練された印象は一ミリも窺えない。いや、置かれている物を一つ一つ見ていけば、彼女らしさを感じることはできる。問題はその置き方にあった。
けれど、そのことを学校の誰に言っても信じてはもらえない。この部屋は僕以外の人間が訪問するときは綺麗に保たれているらしい。僕にだけ素の表情を見せてくれることに僕はほんの少しの優越感を覚えている。
だから、ため息をつきつつもこの部屋が今日も汚いことに僕は安堵しているのだ。
「僕の前では取り繕わなくていいの?」
僕の問いかけに彼女は小さく笑った。それは小さな子供の悪戯に気がついた母のような、柔らかい困った顔だった。
「部屋に来る頻度が高すぎて、取り繕う暇がないの」
「それから」と続けながら、彼女は今度は悪戯っ子のような顔で笑った。笑顔だけでこんなにも表情に変化を出せる人間を僕は彼女以外に知らない。
「あなたはこの部屋を責めたり、言いふらしたりしないでしょう?」
彼女の言葉に小さな芽を出している優越感が少し大きくなる。僕は動きにくい表情筋を頑張って動かして、笑う。普段は面倒なその頑張りも、彼女の前では何でもない些細な頑張りに変わってしまうから不思議だ。
あの頃、乱雑な部屋が僕の明確な居場所で、愛想笑いがうまい彼女が僕の絶対的な生きる理由だった。
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