第12話 我輩、魅了される。
突然我輩達の目の前に舞い降りた紅いドラゴンはこちらを睥睨し様子を伺っている。
どうやら我輩達の力量を見定めているようだ。
それを見たアイン君が慌てて言う。
「こ、こりゃあどういうことだ!? こいつは本物のバーガンディードラゴンじゃねぇか!? 一体どうなっていやがるんだ!?」
我輩も手を顎に置きふむ、と考える。
確かにアイン君の言う通り、目の前のドラゴンはこの前討伐したバーガンディードラゴンである。
だがよく観察してみると、我輩はこのバーガンディードラゴンがこの前討伐した個体より少し大きい事に気付いた。
そしてさらなる情報を得るべく、我輩はこの事態にあまり動じている様子のない者に尋ねてみる。
「エルフの受付嬢よ! このバーガンディードラゴンはこの山の主ではなかったのか? それとも他の地域にも生息しているのか?」
エルフの受付嬢はドラゴンを警戒しながらも答えた。
「いや、他の山にもこんな厄介なドラゴンがいるなんて思いたくないわねぇ。でもそれはないわ、断言できる。それよりもあんた達の方がこの事態に思い当たる節があるんじゃないのぉ?」
やはりエルフの受付嬢も我輩達がここでバーガンディードラゴンを討伐したと思っているらしい。
それに加え、我輩達の事を疑っている。
それはまぁ無理もない。
だがエルフの受付嬢の言葉を聞いた瞬間、我輩はドラゴンの秘密をほぼ理解でき、皆に知らせる。
「君達聞け、この山に住むバーガンディードラゴンは一体ではない。複数生息している可能性があるぞ」
それを聞いたアイン君は飛び上がって驚く。
「な、なにぃぃぃいい!? こんな怪物が何体もいるだと!? 一体どうすりゃあいいんだ!?」
アイン君は手を顔に当てている。そんなアイン君を尻目に我輩はアマリリス殿に問いかけた。
「落ち着け、アイン君。ここには一度バーガンディードラゴンを討伐した冒険者がいるんだ。そうだろ? アマリリス殿よ」
そう言ってアマリリス殿を見るが、やはり彼女の瞳は輝いていた。
あれは獲物を狩る獣の目だ。あのドラゴンをドラゴンステーキとして見ているに違いない。
「もちろんだわ。前は油断したけど今度はそう簡単にやられないわよ! それにお腹も空いてきたしね!」
やっぱりか、まぁいい。我輩は最後に険しい顔をしているエルフの受付嬢に告げる。
「我輩達の勝負はあいつをどちらが先に片づけるのか、ということにしないか?」
エルフの受付嬢は険しい表情を笑顔に変え答えた。
「こいつを目の前にしてその言い草……さすがねぇ。いいわ、乗った。まぁこれほどの相手だったら二日間の長期戦ってところかしら。最後のトドメはあたしが貰うわ! その間はあんたらに任せたわよぉ! 見なさい! 奥義<凍土の剣聖>!」
エルフの受付嬢はニヤリと笑って、何やら凄そうな技を発動させた。
——その技は、それはそれは見事な剣の舞だった。
戦闘中にも関わらず、誰をも魅了させる程だ。
その戦いを鼓舞する踊りは少しずつであるが、彼女自身の迫力を増大させてゆく。
それはこの我輩でも目を見張るものがあった。
そんな中興奮したようにアインくんが叫ぶ。
「で、でたぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!! これはミラ姐さんの二つ名にもなった十八番芸当<凍土の剣聖>!!!! これが完成する時間を旦那達が稼いでくれれば勝てるぞぉぉぉ!!!! 」
アイン君はエルフの受付嬢と面識があったのか。
その割には先程弓で射られされそうになっていたが……。
まぁそれは置いといて……我輩は彼女の舞の本質をだいたい理解することができた。
おそらく、舞を踊ることで劇的にステータス値を限界まで上昇させるような効果があるのだろう。
とその時、エルフの受付嬢の舞に危機感を抱いたのか、バーガンディードラゴンは炎を口に貯め今にもその炎を一斉掃射させようと待ち構えていた。
「せやぁっ! ジンさんっ!」
しかし、そんなことは当然アマリリス殿が許さず、素早く剣をドラゴンの口の横から斬りつけ、炎のブレスの軌道を逸らす。
「任せい!」
我輩はトロールの際には披露できなかったゲーム時のコンボ技を繰り出すために動く。
いつものように切り込み隊長をアマリリス殿が勤め、我輩がひるんだ相手に必殺攻撃を打ち込む役目だ。
アマリリス殿とのアイコンタクトはバッチリである。
「いくぞっ! 必殺! 吸血鬼パァンチ!」
気合の入った技名を叫びながら、我輩は思考する。
必死に舞を踊り続ける彼女のためにも、できるだけここで相手にダメージを与えなければならない。
その想いが自然と我輩に力をもたらし、ドラゴンの腹部めがけて吸血鬼パワーを乗せたパンチがめり込んだ。
何も反応できなかったドラゴンはその攻撃をまともに食らう。
そして、パンチが直撃した瞬間、ドラゴンは地面を抉りながら吹っ飛び、大きな岩に直撃して……爆散した。
周囲にドラゴンの肉片が飛び散る。
我輩はゲームの時のように少々張り切り過ぎてしまったらしい。
「はっはっは、やりすぎた……」
独り言が漏れた。
アマリリス殿の視線がとても恐い……。
※ ※ ※
パチパチ……。
すっかり辺りが暗くなり、我輩達は焚き火で暖をとって座っていた。
流石は異世界、標高も高いせいか星がとても美しく輝いている。
もちろん、霧はもうとっくに晴れているぞ。
焚き火の中にはドラゴンの肉も焼いており、香ばしい匂いが辺りに充満している。
この肉は爆散した肉をアマリリス殿がダウジングマシンの如くかき集めた物である。
彼女は無事にドラゴンステーキにありつけそうなのでご満悦な様子だ。
そんな中、話しかけてきたのは居た堪れない表情をしていたアイン君だった。
「い、いやぁあ! それにしてもあの旦那の一撃はすごかったっすね! まさかあのバーガンディードラゴンを一発で倒しちまうとは! 全く恐れ入ったよ」
アイン君は乾いた笑いを浮かべた。
「まぁな、これが真の冒険者の姿というやつだ。そして、いずれ君が辿り着く姿でもある」
我輩はアイン君の肩をバシンバシンと叩く。
アイン君はぺしゃんこになって言った。
「いや、旦那、そりゃ絶対無理だ」
「なにを言う、不可能のことなどこの世に一つもないのだぞ? まぁ、アイン君の当面の目標はデコピンでゴブリンをぶち倒せるようになることだな」
アイン君は顔を引きつらせて言う。
「か、勘弁してくれ! 無理だ! それに俺は魔法職だぜ! そんな力はいらねぇよぉ!」
哀願するアイン君に我輩はため息を吐いた。
「……全く……ってちょっと待て」
そう言って、我輩は枝に刺さるドラゴンステーキへと手を伸ばそうとするアマリリス殿の腕を掴んだ。
「……君は一体それで何本目のドラゴンステーキなんだ?」
アマリリス殿はうらめしそうに上目遣いで我輩を見た。
そんな可愛い顔をしても無駄だ。
「……二十六本目だけどいいじゃない。まだあるんだし」
どんだけ食うんだこのアマリリス殿は。
まぁ確かにほとんどの肉は我輩のせいで爆散したからあまり強く言えないのだが……。
それでも我輩はアマリリス殿に告げた。
「その肉はアイン君に食べさせてあげなさい」
我輩がそう言うとアマリリス殿は不満そうにするがアイン君は目を輝かせていた。
「あ、ありがてぇっす!」
「ふん、じゃこの残りの肉はジンさんの分なの?」
アマリリス殿はよだれを垂らしながら言ってきた。
よだれが残り少ない肉にかかっている。とても汚い。
「いや、我輩は食べない。ヘルムを被っているからな。それにこの肉は今でも我輩達の宴を盛り上げようと頑張ってくれているエルフの受付嬢の物だ」
我輩がそう言った瞬間、一斉に視線がエルフの受付嬢へと向けられる。
その視線の先には、妙齢の美しい女性がおり、暗がりの中一心不乱に剣を携えて舞っていた。
それも踊り狂うように激しく。
例え一億円の宝くじが当たったとしても、もう少し控えめに踊るだろうとツッこめる程だ。
だが、それも死地へと向かう自分を鼓舞する為の踊りならば納得できるであろう。
そう、エルフの受付嬢はあれから今まで休むことなく踊り続けているのだ!
アイン君曰く、半日は踊り続け、絶対に止まることはないそうだ。
そして今はちょうど佳境に入ったところらしい。
なんという恐ろしい技だ。
だがそんな中、悲痛なエルフの受付嬢の声が我輩達に届けられた。
「うわぁぁ〜ん!! とまらないよぉぉ〜!! たすけてぇぇ〜!! おなかすいたぁぁ〜!!」
アイン君は無慈悲にも目を背けたが、我輩は助け舟をだす。
「エルフの受付嬢よ! もうすぐ終わるはずだ! 頑張れ! 終わればここにご褒美のドラゴンステーキが君を待ってい…………ってこら!」
我輩が残りのドラゴンステーキに目を向けるとすでにそこには何も無くなっており、すぐさまアマリリス殿を見遣った。
するとやはり、アマリリス殿はハムスターの如く口をもぐもぐさせ、枝をいっぱい咥えている。
「すまん! エルフの受付嬢よ! アマリリス殿が君の肉を全部食べてしまった! 君はこの得体の知れない干し肉で我慢してくれ」
アイン君のカバンから保存食である得体の知れない干し肉をいっぱい取り出しておいた。
これで頑張ってくれるだろう。
しかし、エルフの受付嬢の悲痛な声が再び辺りに響く。
「うわぁぁ〜ん!! “アマリリスドノ” のばかぁぁ〜ん!!」
アマリリス殿は咥えていた枝をエルフの受付嬢へと投げつけた。
だが、やはり激しい剣舞の真っ最中であったので、エルフの受付嬢には全くダメージはなかったのだった。
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