第11話 我輩、見破る。

鬱蒼と生い茂る森の中は深い霧に包まれており、不気味な雰囲気を醸し出す。

ここはバーガンディーマウンテンの中腹で、外からは雲が覆っているように見えていた場所だ。

頂上は上を見上げてもまだまだ見えそうにない。

そんな森の中に一際目立つ一団がいた。


「いくぜ! 見ろ! この俺の力を! “ファイヤーボー」


「私の剣の舞を受けなさい」


——ザシュッ!


アマリリス殿は華麗にコボルトを斬る。


「で、出やがったなゴブリンめ! 今度こそ! “ファイヤボー」


「失せなさい」


——ザシュッ!


アマリリス殿は目にも止まらぬ速さでゴブリンを切り捨てた。


「う、うっ! 今度はオークか! だが、この俺」


「シッ」


ザシュッ!


アアマリリス殿は機嫌が悪いようで、先ほどから目に付いたモンスターを片っ端から一刀両断していた。

アマリリス殿の“ウォルタナ”が唸りをあげて敵を屠る。

そんな彼女を横目で見ながら、我輩はアイン君を観察していた。


アイン君は魔法を詠唱する時には手を天にあげる不可思議ポーズを必ず行う。だが、なかなか魔法の発動までには至っていないので、このままではただの変な人だ。

アイン君もそれに気付いているのか、若干顔が赤い。


「グッ! “ファイヤーボール”!」


だが、アイン君はついに暴挙に出た。

なんと、何もいない木の間に向かって魔法を放ったのだ!

このままでは山火事が起きてしまう!


しかし、ここで奇跡が起こった。

なんと、アイン君が魔法を放った先からオークが飛び出してきたのだ!

どうやらそのオークはこちらに奇襲をかけようとしていたらしい。


もしやと思い、我輩はアイン君を横目で見てみるが、アイン君は大変驚いた顔をしていたので狙ったわけではなさそうだ。

だが、哀れなオークはあまりに予想外の出来事だったのか、涙目になっている。しかし、


——フッ


アイン君の放った魔法の炎がオークに直撃する寸前に炎が掻き消え、ジュッという音と煙だけが残る。

その煙も次第に薄れ、魔法の炎を鎮火させた存在を浮き彫りにさせた。


それは、光り輝く“ウォルタナ”を背に携えた孤高の剣士、アマリリス殿だった。

まるで、ヒロインのピンチに駆けつけたヒーローのようだ。

この場合のヒロインはオークでヒーローはアマリリス殿だが。


そして、孤高の剣士は鋭い視線をアイン君に送り、一言だけ呟く。


「邪魔をしないで」


——ザシュッ


そんな真っ二つになったオークを見たアイン君がついに叫んだ。


「な、なんでだよぉ! これは俺の修行を兼ねた戦いだろう!? これじゃあ修行になんねぇじゃねぇか!」


我輩は顎に手を当てながら言う。


「アイン君よ、冒険者という職に一番必要なものは何だと思う?」


アイン君は我輩のいきなりの質問に疑問符を浮かべた。


「はぁ? なんで今そんなことを聞くんだ? だが、そりゃ力だろ、誰にも負けねぇくらいの」


我輩は胸を張って答える。


「不正解。答えは“観察力”だ。なぜならば」


我輩は言葉を遮ってアイン君をこずく。


「ゲハッ!」


それだけでもアイン君は殴られたように地面を転がっていった。


だが、アイン君のいた地面には青白い冷気を放つ弓矢が刺さっている。



「観察を怠っていればこのように君程度、軽く死んでしまうからなぁ」


我輩は弓矢が飛んできた方向を見てニヤリと笑った。

アイン君はいきなりのことに、理解が追いついていないようだったが、地面に刺さった矢を見て顔を青くさせる。


我輩はその不気味な冷気を漂わせるその弓矢を踏み砕き、次いでオークの死体へと移動した。


アマリリス殿は我輩が瞬間移動して見えたのか目を丸くするが、そんなことは気にせず我輩はその死体を遠くへ蹴り飛ばす。


——ドガァーーン!


死体は空中で爆散し、森の一部分に炎が激しく燃え上がった。


このことには流石のアマリリス殿も予想外だったのか目を見張る。

そして、我輩はアイン君に注意を促した。


「アイン君よ、このように我輩達は常に注意を怠ってはいない。なぜ今まで遭遇したモンスターには共通して背中に青いアザがあるのか。なぜモンスターは斬られても叫び声一つ上げないのか。これらはテイムされている、もしくは操られているモンスターの特徴だ。まぁご丁寧に爆発物まで仕掛けられていたのは予想外だったがな。」


アイン君はやっと自分達が何者かに狙われていることに気がついたのか、はっとした表情をしている。


そんなアイン君から目を離し、我輩は森中に響くよう語りかけた。


「そろそろ出てきたらどうかなエルフの受付嬢よ」


さわさわと木々が揺れる音だけが一瞬の間だけ全てを支配した。

その沈黙を破ったのは活発そうな女性の声であり、その声がどこからともなく聞こえてくる。


「いやぁー、やっぱバレバレだったかぁ! やるねぇあんたら!」


そう言って、木の上から降りてきたのは妙齢の美しい女性だった。

使い込まれた革鎧を装備しており、獣の尻尾でも生えていそうな活発さを見せる。


アイン君は驚愕した表情を見せるが、アマリリス殿は特に動じていない。

それを見て満足した我輩は告げる。


「まぁな、我輩達にトロールをけしかけてきたのもどうせ君の仕業だろ?」


妙齢の女性は今度こそ本当の驚きの声を漏らした。


「すっごぉーい! 何でわかったの!? どうして? どうして?」


我輩は大仰に告げる。


「ふん、そんなこと言うまでもないだろう。我輩達は冒険者組合から査定対象となっていたはずだ。にもかかわらず、我輩達の元に査定官らしき者は現れなかった。初めはこのアイン君がその役目で我輩達に近づいてきたのだろうが、彼では少しばかり我輩達を計るにしては役不足だったろうからな。いずれ冒険者組合が我輩達を監視する為に、相当の手練れを裏から寄越してくるだろうと予想していた。」


エルフの受付嬢はうんうんと頷いて答えた。


「それもそうかぁ! でもなんで、それが私だと気付いたの?」


我輩は鎧の中からユーフォリアとかいう部隊から拝借してきた通行証を取り出して見せた。


「我輩が君に見せた通行証だが、あれは一介の兵士でも王国直属の物だと気付いたんだぞ? なぜ受付嬢がそんなことに気が付かない? どうせ知っていたんだろう? 我輩達がこの通行証を奪ってきたって事をな。だから我輩は真っ先に君をマークしたのだ」


「ふぅーん。やっぱりあんたは期待していたヤツだったってことだわねぇ」


そう言ってエルフの受付嬢はニヤリと笑う。


「それは光栄だな、我輩も君には期待しているのだぞ?」


我輩とエルフの受付嬢は好戦的に睨み合う。

先に口を開いたのはエルフの受付嬢だった。


「こうなれば、手っ取り早くこの私、S級冒険者ミラ・カーターがあんたを直接見定めてあげるわ」


「ほう! S級冒険者とな! 面白い! 望むところだ!」


エルフの受付嬢が自分の得物と思わしき剣を鞘から出すが、




——ズシィーーン!!


とてつもない地響きを鳴らして体長7mはあろうかと思われる見覚えのあるモンスターが我輩達の目の前に降り立った。


あまりにも赤く輝くその体はこの場所が霧がかっている事など感じさせない。


これにはミラ・カーターや我輩達も驚きの声が漏れた。


なぜなら、そのモンスターは我輩達が討伐したとされている紅いドラゴン、この山の主、バーガンディードラゴンそのものだったのだから。


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