第10話 我輩、モンスターを討伐する。
目が覚めると、心地良かった馬車の揺れは感じなかった。
我輩はそれに気付き、半分寝ぼけたままだったので棺桶を蹴り開ける動作をする。
横で小さく「ひゃわっ!」と声がしたが、今はそれに構っている暇などない。
我輩は立ち上がり勢い良く馬車の扉を開けた。
そこには冒険者達のものと思われる無数の馬車が停まっていた。
その中にはちらほらと未踏の地を目前に、わくわくしている冒険者達がまだ残っている。
大多数は冒険へと向かった後のようだったが。
しかし、辺りをよく見てみると、我輩達がいる場所はまだまだバーガンディーマウンテンの麓なようで、顔を上げても頂上は雲に隠れていて全く見えない。
我輩はとうとうこの異世界に本当の意味で一歩を踏み出す事になるのだなと薄く笑う。
そんな我輩に馬車の前の方から声をかけてくる者がいた。
「おぉ、旦那! やっとお目覚めか。 見てくれよ! 以前はこの麓でさえもバーガンディードラゴンが支配していて、近寄ることすらできなかったんだぜ! それに馬車がこんなになるまで進入できたのも全て旦那達のおかげだな! ありがとうよ!」
アイン君は素直にそう言ってきた。
それにしても少し我輩に対して棘がなくなったな。
何かあったのか?
アイン君は我輩達がこのバーガンディーマウンテンでドラゴンを討伐したと思っているが、実際は“翼竜の角笛”で呼び出されたバーガンディードラゴンを討伐したのだ。
でもそれは言わないでおこう。
「しかし、どうやら馬車で来れるのはこの辺りまでのようでなぁ。ここから先はいよいよ冒険開始ってわけだ。旦那達も準備を進めてくれや」
「いや、もう準備はできているぞ」
我輩はニヤリと笑い、そうアイン君に返した。
なぜなら準備する物など我輩にはほとんどないからな。
アイン君は驚いたように我輩を見たが、納得したように頷いた。
「流石だな! んじゃ出発するか!」
「あぁ、だが、アマリリス殿はまだのようだ」
我輩が馬車の中を見てみると、アマリリス殿は我輩に蹴られたにも関わらず、よだれを垂らしながら幸せそうに眠っていた。
「はぁっ! せやぁっ! いくぜ! “ファイヤーボール”!」
ここは我輩達が山を登り始めて数時間が経過した森の中だ。
そんな中、我輩とアマリリス殿は生のゴブリンというファンタジーには欠かせないモンスターに遭遇したのも束の間、驚愕の思いに駆られていた。
「ふぃっ、いっちょあがり! どうよ! この俺の“魔法”の力は!」
そう、この前衛職にふさわしいガタイの良い青年はなんと魔法使いだったのだ。それも天然物の。
我輩はアイン君にサインを求めたくなったが、そこはぐっと我慢する。
「……まさかアイン君が魔法使いだったとはな。今日から君に教えることは何もない。今までよく頑張ったな」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ! ここで見放すってか! か、勘弁してくれよぅ!」
この冗談の通じない奴め。
と、そんなことを思っていたらアマリリス殿が呆れたように言った。
「……この人の言うことはあまり気にしないほうがいいわよ。ただの末期厨二病患者だから」
初めてアイン君はアマリリス殿に喋りかけられて、よほど嬉しかったのかハイテンションになって言う。
「そ、そうなのか……? でもありがとうよ! 教えてくれて……! えっと、その……“アマリリスドノ”さん……」
「ちょ、ちょっと、この前自己紹介したじゃない! 私の名前はア・マ・リ・リ・ス! このカードはこのポンコツさんが勝手に付け間違えただけ! わかった?」
アマリリス殿は指を勢い良くアイン君に突き立てる。
早速アマリリス殿の猫かぶりがズルリと剥がれてしまったな。
「お、おぉ……。 そりゃすまなかった、アマリリスさんや……」
アイン君ももっとお淑やかな女性だと思っていたのか、面食らっている。
無理もない。我輩も最初はそう思ったのだから。
だが、「ああいう気の強いのもなかなか……」とか言ってるので放っておいても大丈夫だろう。
そんなアイン君がポツリと洩らす。
「……にしても、チュウニビョウって一体なんだ?」
その疑問に我輩が答えようとしたその時、
「「「「うわぁぁぁ!!!! 助けてくれぇぇっ!!!! 」」」
急に叫び声がし、木の間から飛び出してきたのは数名の冒険者だった。
胸に提げるカードをみると黒色だったので、C級冒険者パーティーだろう。
皆誰もが悲壮な顔をして、我輩達を見ると必死に何かを伝えようとしていた。
アイン君が慌てて駆け寄って尋ねる。
「お、おい、一体どうした? 何があったんだ?」
そのC級冒険者の一人が絞り出すように答えた。
「な、仲間が一人やられて大怪我しちまった……! この山は俺達にゃ手に負えねぇ! お前達も早く逃げろ! もうすぐヤツが来る……ぞ!」
そう言い終わると、冒険者の一人が疲れ果てたのか地面にへたり込んでしまった。
——ドシーン! ドシーン!
その音を聞いた冒険者達の恐怖する姿をよそに、我輩達は木を切り倒しながらこちらにやって来たものを見た。
それは巨大な体躯を誇っており、顔は醜悪だが我輩達を見て、ニタリと笑ったのがはっきりとわかる。
冒険者達はそれを見て「ひっ……!」と絶望した表情をしており、アイン君も覚悟を決めた顔をしている。
——だが、我輩は笑いが止まらなかった。
「森妖精“トロール”の分際で我輩達に楯突くとはな……、面白い! アマリリス殿!」
そう言いながらアマリリス殿に見えるように人差し指を地面に指す。
それを見たアマリリス殿もニヤリと笑い、目にも止まらぬ速さで剣を抜き、消えるように飛び出した。
その瞬間誰もが目を疑った。もちろんトロールでさえも何が起こったのかわからなかっただろう。
なぜなら4mはあろうかと思われる巨体が宙に吹き飛ばされていたのだから。
やがてトロールは気付く。
自分が視認できないスピードの剣戟によって打ち上げられたのだと。
そして、そのままトロールが落下した時にはアマリリス殿が既に待ち構えており、必殺の一閃を繰り出す。
「はぁっ!!」
「グギャャャャァァァァアアア!!!!」
トロールは真っ二つに引き裂かれ情けない悲鳴をあげた。
冒険者達の一員の女性は呆然と呟く。
「あ、ありえない……無限の再生能力を誇る伝説の怪物を一撃で斬るだなんて……。それにあのトロールが“痛み”を感じているというの……!」
そう、トロールとは再生力が売りのモンスターである。
だが、そんな能力はあの高額課金アイテム“ウォルタナ”の前にはなんの意味も為さない。
あのアイテムは金を大量に積んで“俺に従え”という命令を出すアイテムなのだ。
つまり、このトロール自慢の再生能力はアマリリス殿が課金した額に屈してしまい、お金貰うから勘弁してください、みたいな関係が出来て再生が出来なかったのである。
なんという財閥アイテムであろうか。まぁ買収アイテムと揶揄されたぐらいだからな。
アマリリス殿の“ウォルタナ”はこの世界でも依然としてその凶悪な性能を振るっている。
もちろん今の一撃で課金した額がいくらか減っているだろうが、どこから課金されているのかは不明だ。
もし彼女ですら払いきれない程の固有能力が存在すれば、“ウォルタナ”をもってしても意味を成さないだろうが。
そんないつも通りのアマリリス殿を見て我輩が出る幕でもなかったな、と思いながらもトロールを見つめた。
トロールは真っ二つになったままでもしばらくは微かに動いていたが、アマリリス殿が“ウォルタナ”をカチンと鞘にしまうとトロールは二度と動かなくなる。
——静寂が辺りを包んだ。
「「「う、うぉぉぉぉぉおおおおお!!!! す、すげぇぇぇぇぇえええ!!!!」」」
冒険者達がアマリリス殿に駆け寄る。
そんな冒険者達の様子にアマリリス殿は慌てているようだ。
「み、見えなかったぞ! 一体どうやったんだ?」
「っておい、ちょっと待て! この方達はあのバーガンディードラゴンを討伐したっていうドラゴンスレイヤーじゃないのか!?」
「ほ、ほんとうだ! あ、あの、危ないところを助けていただきありがとうございました!」
アマリリス殿は一斉に詰め寄られ、さっきの凛々しい姿を霧散させて答えた。
「い、いいですよ、そんなの! で、ですが、あなた方にはまだ少しこの山に挑戦するのが早いようです。帰還したほうがよろしいのでは、と愚考致しますが」
冒険者の女性は大怪我を負った仲間を思い出したのか、しゅんとなりながら言った。
「そのようですね。残念ですが私たちは早く組合に帰ってこの事を伝えたいと思います。この度は助けていただき本当にありがとうございました。」
そう言うとぺこりと冒険者達が頭を下げた。
我輩はそんな彼らに告げる。
「君達少し良いかな? このトロールを冒険者組合に持ち帰って欲しいのだが? もちろん報酬は全て君達が受け取ってもらっても構わない」
そう言うとアマリリス殿はうんうんと頷いていたが、アイン君は信じられないといった風情で話しかけてきた。
「いいんですかい? こんな立派なモンスターを譲っちまって! こいつもとんでもない値がつくと思うんだが……」
我輩は胸を張って答えた。
「我輩達はこんな小物には用はない。荷物の邪魔になるだけだ。目指すはこの山の“未知”だ。そうだろ? アマリリス殿よ」
アマリリス殿も淀みなく嬉しそうに答えた。
「当然です。私達はバーガンディードラゴンを討伐したのですから。それにトロールの血は魔除け効果があり、大抵の魔物からあなた方を守ってくれるはずです……ゲームの中では」
アイン君は我輩達の事を宇宙人を見るかのように見つめているが、冒険者達は感動を隠しきれていない様子だった。
「あ、ありがとうございます! 助けていただいただけでなく、こんなに立派な譲り物まで! 本当に感謝しきれないです。 組合についたら絶対、他の者にも語り聞かせます!」
冒険者の女性が涙ぐんで答えてくれた。
やはり人間はいいなぁ。是非とも我輩達の勇姿を語ってもらいたいものだ。
別れの挨拶を済まし、遠くに小さくなって見える冒険者達が最後に大声で我輩達に言葉をよこした。
「「「本当にありがとうございました!! 新しき英雄“ジン”さんに“アマリリスドノ”さん!!」」」
いつの間に、我輩達のカードを見ていたのやら。
そんな風に考え我輩もさようなら、と心の中で告げた。
「……ジンさん、ちょっと待ってて」
しかし、アマリリス殿はそんな我輩達を尻目にすたすたと早歩きで冒険者達に近づいていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます