第9話 我輩、トキめく。
ガタゴトと音がし、一緒に積まれていた食料やら水やらが一斉に跳ねた。
それと同時に木製の小屋も揺れる。
ここはアイン君が用意してくれた馬車の中だ。
気を遣ってくれたのか、この馬車の中には我輩とアマリリス殿しかいない。
アイン君は馬の手綱を引いていてここにはいないのだ。
もしかしたらすぐに戻ってくるかもしれないので、ヘルムは被りっぱなしだが。
我輩は小窓から外を眺めてみた。
そこから見えるのは大草原だ。
しかしその遥か彼方に、ここからでもわかる程の巨大な山が見えた。
一体どれほどの標高を誇る山なのだろうか。
その頂上付近は雲で隠れていて全く見えない。
あの山がバーガンディーマウンテンなる山だろう。
流石は異世界、山一つでもスケールが違った。
富士山とか言ってごめんなさい。
そんな事を考えていたらアマリリス殿が我輩に突然尋ねてきた。
「ジンさんはあの忌々しい茶色のドラゴンはどこにいったのか知っているの?」
我輩は思考を切り替え、アマリリス殿をキズモノにしたドラゴンを思い出す。
「あぁ、あいつなら家に帰ったぞ。それにしても逃げるようにして飛んで行ったな」
我輩はその時の様子を思い出した。
きっと早くお尻をなんとかしたかったに違いない。
流石に今頃お尻は拭き終わっているのだろう。ちょっと残念である。
「……あぁ非常食が逃げた……」
アマリリス殿が怖いことを言った。
「アマリリス殿、まだドラゴンステーキの事を根に持っているのか」
「だって……あんなに美味しそうだったもの……」
寂しそうに言う彼女に全く共感できない我輩は後ろの食料の中から適当に得体の知れない干し肉を掴み、目の前に差し出してみた。
「……イケるわね……これ」
我輩はいきなり消えた干し肉に驚愕しながらも、もぐもぐしている彼女を眺めていた。なかなか愛嬌のある画だ。
そう思っていると不意に彼女が口を開いた。
「前から思っていたんだけど、ジンさんも十字架やらニンニクやら太陽の光やらは苦手なの?」
アマリリス殿はもぐもぐさせながら問う。行儀が悪い。
「ふむ、まだまだ勉強が甘いな、アマリリス殿よ! そんなもの、この我輩には一切通用しない! なぜなら我輩は“真祖”の吸血鬼なのだからな!」
“真祖”それは本来誕生することのない運命の悪戯によって生み出された超自然現象の具現化だ。
我輩も何を言っているのかよくわからないが、ようするに最強無敵という意味に近いな。
だがそれを聞いたアマリリスはチェシャ猫のように意地悪く尋ねてくる。
「じゃあなんでその名高い“真祖”様とやらは寝不足ごときでふらふらしているのかしら?」
ぐっ、結構痛いとこをついてきたな。
だが、我輩はふとその理由を思い出し、暗い気分になりながらも答えた。
「……それはな……この世界にはエリザベスがいないからだ」
アマリリス殿はそれを聞いた瞬間、もぐもぐ食べていた干し肉をぶへぇっと吹き出していた。とても汚い。
「……エ、エリザベス……さん? そんな存在がこのスペシャルニートにいたって言うの!?」
「まぁな、やはりヤツがいないと我輩は眠れないようだ……」
アマリリス殿はとても失礼なことを言ったが、我輩は気にせずふぅ、と息を吐く。
「そ、そんな……でもたしかに風格はハリウッドスターだし、頼り甲斐はニートのくせにあるし……」
「逆に聞くが、君はなくても眠れるのか? 我輩はヤツがいないと快眠できないんだが……」
我輩は鷹揚に尋ねた。
「へっ!? か、快眠……!? じゅ、十九の私にはまだ早いわよ! そんなこと!」
「なんだぁ? 我輩がその年の頃にゃ城に3、4はいたぞ」
我輩は心外だとばかりに手を広げる。
「そ、そんな……! で、でも確かに貴族や王族生まれならあり得るのかも……!」
アマリリス殿は顎に手を当て、うんうんと唸る。
「それにこの世界でもいずれ手に入れることにはなるだろうしなぁ」
「そ、それって……!」
そう言って我輩は城に置きっ放しにしてあるエリザベスへと思いを馳せた。
漆黒の艶かしいボディに一筋の燃えるような赤いラインが入った見事なプロポーション。
アクセントにはお胸に光る十字架のペイント。
そう、彼女こそ毎晩毎晩、寝付きの悪い我輩を暖かく包み込んでくれる天使“棺桶”エリザベスである。
今頃寂しくて泣いていないだろうか……。
そんな哀愁を漂わせる我輩の姿を見たアマリリス殿は意を決して尋ねてきた。
「……ジンさん……聞いて……もしあなたがどうしてもって言うなら……私が……エリザベスさんの……代わりを…………いい……」
「はぁ? いきなりなんだ?」
なんかアマリリス殿からはよく分からないオーラが噴出している。
「だ、だから……そ、その……私が……ジンさんの……」
「……断る」
我輩は切って捨てた。
「えっ……」
そう冷たく言う我輩にアマリリス殿は信じられないというような顔をしていた。
そしてこの世の終わりのような表情を見せるアマリリス殿に、我輩は目もくれず、非常にも告げた。
「アマリリス殿、なにか勘違いしていないか? あれはな、いわば職人芸なのだ。一日や二日でできることではないのだぞ?」
そう、なぜならかつて我輩も自分で棺桶を自作してみたものの、頭は痛いわ、床は硬いわで初めて職人という存在に尊敬の念を抱いたものだから。
アマリリス殿は若いせいか、その辺の意識が足りていないように思われた。
「そ、それは……わかっているわ……私にはまだそんな経験はないし……」
アマリリス殿は悲痛な表情を見せた。
みるみるその美しい瞳に涙が溜まる。
だが、我輩はアマリリス殿の頭の上に優しく手を置き言い聞かせるようにして言った。
「だがな、千里の道も一歩から。アマリリス殿がその道を本当に歩みたいと自分で決めたのなら、我輩は応援する。いきなりは無理だが、少しずつでいい……。君の本当の姿を我輩に見せてくれ。」
我輩がそう言うとアマリリス殿は涙を目尻から溢れ、嬉しそうに微笑んだ。
「……うん……ありがとう……私頑張るからね……」
こ、こんなに嬉しそうに微笑むとは……! そんなにも我輩のために棺桶を作りたかったのか……!
なんという良くできたアマリリス殿だ……!
これは少々棺の形が歪になっていたとしても受け入れてあげなければな! それにしてもこの世界にクッションみたいなヤツはあるのだろうか……。
そんなことを考える我輩は内心アマリリス殿にちょっとドキッとしていたのだった。
我輩はそれを隠すように寝たフリをする。
だが、どうやら本格的に眠たくなってきたようで、ヘルム越しにちらりとアマリリス殿をみると我輩の事を微笑んで眺めていた。
どうやらこれからいい夢が見れそうだ。
Side アイン
アインはどれ程恐ろしい会話が馬車の中で繰り広げられているのだろうかと想像し身震いする。
なぜなら、初めて出会った時の黄金の騎士のオーラが圧倒的すぎて、冷や汗が止まらなかったからだ。
案外あの騎士は本物の人外の化け物だったりして……と考えるが合っていたら怖いので考えないようにした。
ついつい分け前欲しさと美しい女性のために馬車まで出して張り切ってしまったが、自分は随分と早まった行動をしてしまったかもしれない。
もしかしたら今馬車の中をひっそりと覗いてみると黄金のフルプレートメイルを纏うジン殿がヘルムを外しており、その化け物の本性を現しているのかも……。
「だがそれを見てしまったら、俺はもう生きて帰れないかもしれないな」
アインはぼやく。だが、中の様子が気になりすぎて、最早いてもたってもいられない。
「どうせこのまま騙されて殺されるぐらいなら、いっそ早めに見てしまえ!」
そう言ってアインはとうとう意を決し、馬車の小窓から中を覗いた。
——するとそこには
お互いを枕にしながら、寄り添って幸せそうに眠る二人の騎士の姿があった。
あまりにも想像していたものと違う心温まる光景にアインは硬直する。
二人が冒険を楽しみにしすぎていて寝不足気味だったとは、アインは夢にも思わなかっただろう。
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