第8話 我輩、冒険に旅立つ。
昨日の冒険者登録から一夜明け、我輩達は宿舎の我輩の部屋にて顔を合わせていた。
もちろん一緒の部屋だったわけではないぞ。
昨日は結局、査定を終えて報奨金をもらった後、我輩達はこの宿舎に泊まった。
この世界の通貨事情がよくわからなかったのだが、野次馬の騒ぎ具合から察するに、貰った額はなかなかのものだったのだろう。
もちろん全てアマリリス殿の道具袋へと収納されたが。
だが、金を受け取る代わりにドラゴンの全てを引き渡してしまい、夢のドラゴンステーキを食すことは出来なかった。
アマリリス殿は査定官にしつこく「尻尾だけでもお願いぃ!」、と食い下がっていたが、みっともなかったので我輩が引き剥がしておいた。
そんな悲しい顔で我輩を見るな。
それにしてもこやつそんなにドラゴン食べたかったのか。
そんな昨日とは打って変わって令嬢然とした様子を見せるアマリリス殿に挨拶する。
「……お、おはよう、アマリリス殿……」
我輩はいつになく気怠げな声だった。
「おはよう、ジンさん……って一体どうしたの?」
我輩のらしくない様子を見てアマリリス殿は心配そうに尋ねてきた。
「……いや、なに問題はない。昨日はこれから始まる冒険の日々に想いを馳せていたら夜が明けたのだ」
「小学生か! ……って言いたいけどその気持ちはちょっとわかるわ……私も寝不足気味だし」
そう言って頬を紅く染めるアマリリス殿の目の下にはうっすらとクマが見える。
我輩はふっと笑みが溢れた。
流石は我が敬愛すべきギルドメンバーの一人、この未知なる状況においてもそれを楽しむ余裕があるとは、見上げた廃人魂だ。
我輩は眠気を吹き飛ばすようにアマリリス殿に喚起した。
「寝不足など気にしている暇はないぞ、アマリリス殿! 今日は冒険者組合へ向かわねばならないからな! 初仕事だ! 気合を入れるぞ!」
「おー!」
ヘルムを被りながらアマリリス殿の元気な声を聞いた。
今日も良いことがありそうだ。
ガチャリと冒険者組合の扉が開く。
すると、その中にいた冒険者達は待っていたかのように、入って来た者、もとい侵入者を注視した。
ある者はビール片手にこちらを興味深かそうに眺め、ある者は自分のテリトリーに侵入させまいと息巻き、またある者は殺気を飛ばして……って、
「もう今日は良いわ! 我輩達の門出に水を差すでない!」
我輩がそう言うと、すごすごと冒険者達は散っていった。
今日も扉を開ける前から、ドラゴンスレイヤーが来るからどうだのこうだの、という会話が聞こえていた。
全く……懲りないやつらめ。
だが、我輩達は昨日のドラゴンの事が知られたのだろう、ほとんどの冒険者から注目されている。
我輩達の一挙一動を見逃さんとばかりに視線を感じるのだ。
ただ、我輩達が進むたびに道ができ、大変歩きやすかったが。
すると、受付で待っていたのは昨日とは違う受付嬢であり、若干緊張しているように思われる。
我輩は密かに昨日の受付嬢の事を気に入っていたので、彼女を探すためにキョロキョロと辺りを見回した。
「おや、昨日のエルフの受付嬢はいないのかね?」
「えるふ……ですか? 昨日の受付の者はお休みしていますが……」
受付嬢はぽかんとした後、そう答える。
我輩は少し訝りながらも、気にしないことにした。
同時にヘルムの下で笑いがこみ上げてきた。
なぜなら、昨日の彼女はどう見ても只者ではなかったからだ。
十中八九手練の冒険者だろう。
こちらを観察する目が尋常ではなかった。
きっと今頃いろいろ忙しいに違いない。
いかん……また愉悦が漏れてしまった。
しかも今度の受付嬢はドン引きしている。
「あぁ、それはそうと……今日は昨日よりも冒険者の数が多いように思われるが……それになにか急いでいるようだ」
「は、はい、それもこれも全てジン様のパーティーのおかげでございます。」
我輩はうむん?、と傾げた。
「ジン様のパーティーが討伐致しましたドラゴンはご存知の通り、バーガンディードラゴンといいまして、バーガンディーマウンテンに住む全てのモンスターの頂点に立つ存在でした」
「ああ、もちろん知っているぞ、続けてくれ」
我輩はもちろん、そんなことは知らない。
なにせあの赤い竜は勝手に召喚されたのだから……。
というかあんな赤トカゲが頂点とは……バーガンディーマウンテンなる山はさぞかし平和な場所なのだろうな、となぜか我輩は日本の富士山を頭に思い浮かべた。
「バーガンディードラゴンとは縄張り意識を強く持つドラゴンでして、バーガンディーマウンテンの全てを縄張りとしていました。
実力のある人間でさえ、一歩でも縄張りに侵入してしまえば一人残らず殺されてしまいます。
それはS級冒険者でも討伐は難しいと言われた程でした。
ですので、特別害獣指定ドラゴンとなっていたのです。
そしてバーガンディーマウンテンは古代から未開の土地として知られる場所でした」
我輩は鷹揚に頷いて答えた。
「なるほど。そやつがいなくなったから、皆が前人未到の地を探検できるようになったというわけか。」
「左様でございます。現在当冒険者組合ではバーガンディーマウンテンの探索とモンスターの調査を急務と致しております。ですのでほとんどの冒険者が只今バーガンディーマウンテンへと向かっています。ですが、もちろんジン様のパーティーは他の依頼もお受けすることが可能でございますが。いかがなさいますか?」
そんなこと……決まっている……!
我輩はヘルムの下で笑った。
横を見るとアマリリス殿も同じ思いのようだった。
「我輩達はこれよりバーガンディーマウンテンへと赴き、未開の地を探索し、あらゆる財宝を掻き集めてここに帰ってくるとしよう。冒険者組合よ、首を洗って待っておれ!」
この宣言には、ここにいた全ての冒険者が息を飲んだ。
しん、と辺りが静まり返る。
だがそんな空気をものともせずに後ろから我輩を呼ぶ声がした。
「おぉ〜い、そこの旦那〜! ちょいと待ってくれ!」
ほう、この空気にも関わらず話しかけてくるとはなかなか根性のあるやつだ。
「うむん? 我輩達になにか用かな?」
そう言って振り返って見るとやはりそこには見覚えのある顔がいた。
体格はがっしりしており、髪は金髪、目鼻立ちはまぁまぁ整っている二十五、六程の男だ。
「確か……君は……アインとか言ったかな。昨日はご苦労だったな。助かったよ」
「お、覚えててくれたのか! こりゃ光栄だぜ! でもいいってことよ! ばっちし鱗はもらったからな!」
アインは嬉しそうに言った。
「で、何か用があるんだろう?」
我輩はすかさず問う。
「あ、あぁ、実は頼みがあるんだが……、この依頼だけでいい! この俺も旦那達のパーティーにいれてほしいんだ! 頼む、もちろん食料や水、馬車だって俺が出す! お願いだ! バーガンディードラゴンを倒す程の実力者の元で冒険してみたいんだ!」
そう言って彼は我輩達に土下座まで披露した。
アマリリス殿は「えっ……」と、完全に引いている。
その様子を見て我輩はため息を吐いて言った。
「顔を上げろ。青年よ」
彼は顔を上げた。我輩はそのまま彼の目をじっと見る。
我輩の吸血鬼サーチによると……
純粋な向上心25%、分け前欲しさ30%、我輩達への好奇心・畏れ25%、アマリリス殿への下心20%
ということが彼の目から読み取れた。まぁ合格ラインだろう。
「あいわかった! この依頼の間だけだが、今日から君は我がパーティーの一員だ。胸を張るが良い。冒険者とは如何なるものなのか、みっちり叩き込んでやる」
言った瞬間に周囲の冒険者達からどよめきが起こった。
先を越されたと思ったのか悔しそうにしている者もいる。
そしてなにより、我輩は冒険者歴一日のぺーぺーにあるまじきセリフを吐いたが、気にしない。
「……えっ!」
アマリリス殿が小声で驚いていた。
「ほ、ほんとうか! ありがとうな! これからよろしく頼む!」
喜ぶアイン君を尻目にアマリリス殿は複雑そうな顔をしている。
無理もない、我がギルドに入るために本来ならば数々の試練(我輩の独断とも言う)を乗り越えなければならないのだからな。
だが、我輩が「心配するな、この依頼だけだ」と肩をたたくと表情を少し和らげていたが。
こうして、我輩達は初めての仕事をこなすために、バーガンディマウンテンへと向かう馬車に乗り込んで行くのだった。
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