第7話 我輩、冒険者に就職する。


しばらく大通りを歩くと剣と盾が目印の建物についた。ここが冒険者組合だろう。

アマリリス殿は冒険者組合の建物を見てほへー、と口を開けている。

無理もない、我輩だって同じ想いだからだ。

冒険者組合といえば、荒くれ者が荒れ狂う本拠地で、酒には事欠かない古びた木造建築だと想像していたのだが、実際は宮殿のように立派な建物だった。


だが、そんなもの我輩は六百年前に見飽きているので、特になんとも思わない。

アマリリス殿は違うようだが……。


「伯爵殿下さん……のお家ですか?」


「何を言ってるんだ、君は。確かに伯爵殿下と名乗る我輩の実家は古き良き城であるが……ってそんなことはどうでも良い。それよりアマリリス殿よ、これから我輩のことは“ジン”と呼べ」


我輩はアマリリス殿に告げる。さようなら伯爵殿下。


「えっ?……どうして?」


アマリリス殿は少し寂しそうに言った。


「伯爵殿下では誤解が起きよう。いくらなんでもその辺の分別は弁えているぞ」


「うそ……あなたが……! で、でもなんで“ジン”なの?」


アマリリス殿の前半の驚きの声を完全に無視して言った。


「我輩の尊敬すべき大先輩である古代中国思想家孔子殿の教え“人を愛すること”すなわち“仁”より借名を命じられているからだ」


我輩は生涯の大先輩である彼を思い浮かべた。

流石の我輩も会ったことはないが。


「ふーん」


興味がないなら聞かないでほしい。



そうこうしているうちに我輩達は門の前へと辿り着いた。

アマリリス殿はその立派な扉をビクつくように手に取り、おじゃましまーす、と小声で言って開ける。この小市民め。


——その瞬間一斉に視線がこちらに向けられた。


ある者はビール片手にこちらを興味深かそうに眺め、ある者は自分のテリトリーに侵入させまいと息巻き、またある者は殺気を飛ばしてくる。


だが、我輩とアマリリス殿はそのような“アリの戯言”には当然動じることなく受付らしき場所へと進む。

そして美しいエルフの受付嬢に、いやこの場全員に向けて我輩は言った。


「どうせ知っているのだろう? 我輩達がそのドラゴンスレイヤーだってことをな」


我輩のこの宣言には冒険者組合の全員が驚いたのか、どよめき出した。

それもそのはず、なぜなら我輩の吸血鬼パワーが生み出した異常な聴力により、扉を開く前から内部の会話が聞こえていたのだから……。


「おい! 知ってるか! 今ドラゴンスレイヤーがこの街に来てるらしいぞ! しかもあのバーガンディードラゴンを討伐したって話だ!」


「「「な、なにぃぃぃい!!」」」


「しかもこっちに向かってきているらしくて、もうすぐ来るらしい!」


「「「な、なにぃぃぃい!! こ、こうしちゃおれん!!」」」


「お前は酒! そっちのお前は羊皮紙! そこのお前はタバコでも吹かしとけ! いいか! いくらドラゴンスレイヤーといっても所詮はよそ者! 俺達が礼儀ってやつを叩き込んでやるんだ! わかったな!」


「「「おう!!」」」



我輩は微力な努力を賞賛するとともに、扇動していた者をじっと見る。

そいつは我輩がヘルム越しから眺めると顔を真っ青にして退出していった。

それを気にせず我輩はエルフの受付嬢に言った。


「ところで我輩達は冒険者の登録をしに来たのだが」


「はい、畏まりました。登録するお名前を伺ってもよろしいでしょうか」


受付のエルフ嬢は先程の事など何もなかったように淡々と答える。

なかなか肝の据わったお嬢さんのようだ。


「我輩がジンで彼女はアマリリス殿だ」


我輩は淀みなく答えた。


「はい、ありがとうございます。続いて証明書をお見せしてもらってもよろしいですか」


「う、うむ」


我輩が見せたのはもちろんユーフォリアとかいう部隊から拝借したものだ。流石にまずいかな……と内心ドキドキしていたが、返ってきた答えは意外なものだった。


「はい、ありがとうございました。では、これより冒険者についての説明に入らせていただきます」


「あ、ああ、宜しく頼む」


我輩はすんなりといった事に訝しんだが、上手くいっているので気にしないことにした。


「冒険者とは、モンスター退治から薬草集めのように様々な依頼をこなして頂く職業です。その依頼は多岐に渡り、命を賭けることはもちろん、過酷で厳しい職業になります。ここまでは大丈夫ですか?」


「無論だ」


我輩はいよいよ異世界にやってきたのだなと胸が熱くなった。

ふと横を見るとドラゴン飛行で疲れたのか、アマリリス殿はうつらうつらと船を漕いでいる。こら寝るな。


「冒険者にはE,D,C,B,A,Sの順番の冒険者ランクがあります。もちろん最下位ランクはEランクで最高はSランクでございます。

人口はピラミッド型になっていまして、この街にS級冒険者はお二方いらっしゃいます」


「……ほう! この街にもそんな奴がいるのか! 実に……楽しみだなぁ」


我輩は思わず声が漏れた。

そして心に深く誓う、最強はこの我輩であると。

必ずやその冒険者に出会い真の強者とは如何と知らしめてやらねばなるまいて……!

おおっと、いかん……。愉悦が漏れ出てしまった。


慌ててヘルムの中の笑みを消すが、エルフの受付嬢は引きつった笑みを浮かべていた。


「つ、続けてもよろしいでしょうか?」


「どうぞどうぞ、気にするな」


「は、はい。冒険者の依頼を受けたい場合はこれから発行する冒険者ランクカードをご持参下さい。それに見合った依頼を選んでいただきます。カード作成代金は後日で結構です。何か質問はございますか」


「冒険者のランクはどうやって見分けられるのだ?」


当然の疑問だ。


「はい、冒険者ランクカードはランクを色で区切られています。Eランクならば白、Dランクなら灰、Cランクは黒、Bランクは銅、Aランクは銀、Sランクは金、といった具合です。」


「了解した。ではその冒険者ランクカードを頂こうか」


我輩は一刻も早く“冒険者になれた”という証が欲しかった。


「はい、こちらでございます。失くさないようにお願いします。」


「……おお!」


やった、ついにやったのだ……。

356年続いた無職歴についに終止符を打つことができたのだ。

しかも念願の冒険者にだ。

だが、我輩はあることに気付いた。


「うむぅ……? このカードには色が付いていないようだが?」


「はい、その通りでございます。 只今査定部門に問い合わせた所、ジン様のパーティがかのバーガンディードラゴンを討伐したとの報告がございました。しかし、それを証明できる手立てがなく、このような手段をとらせていただくことになったのです」


「なるほど、だから無色ということか。いわゆる査定期間というわけだな?」


我輩は冒険者組合のシンボルと名前しか入っていないカードを眺めた。


「左様でございます。ジン様のパーティは正式にランクが決定するまで、どんな依頼でもお受け頂くことが出来ます」


「それは良い、明日から早速働きたいのだが、最後に査定の場所と宿泊できる場所を教えていただきたい」


「はい、畏まりました。査定場所は……」


そう言ってエルフの受付嬢から場所を聞き出し、立ちながら寝るという高等テクニックを駆使しているアマリリス殿の頭に冒険者ランクカードを置いた。

もちろん彼女のカードも無色だ。


そして、彼女は完全に目が覚めたのか自分の冒険者ランクカードを手に取り確認して言った。



「ど、どうして私の名前が“アマリリスドノ”になってるのぉぉぉぉぉ!!」


これは寝ていたアマリリス殿が悪いはずだ。たぶん





side  エルフの受付嬢



二人組の騎士が冒険者組合を出て行った後、思わず受付嬢はため息を吐いた。


「はぁ〜、なんだって私がこんなことしなきゃいけないのよ」


そう言ってポロリと取れたのはエルフの象徴である長い耳だ。

そこにあったのはいたって普通の大きさの耳だった。

同時にいつもの服装に着替える。

それは着慣れた上等な革鎧だった。


そうこの妙齢の美しい女性こそ、この街には二人しかいないS級冒険者“凍土の剣聖”ミラ・カーターである。


「でも、すんごい奴だったわねぇ〜! あれが人の出せる雰囲気だなんてとても思えないわ! それに絶対あたしの正体に気づいてたなぁ〜あれは!」


そう言って雰囲気を一変させ、からからと笑う彼女に畏れの感情はまるで見当たらない。

そしてこちらを挑発するように誘っていたあのヘルム野郎を思い出す。


「これは面白くなってきたわねぇ〜! あのヘルムの下は一体どんな顔をしているのやら! それにしても姫様に感謝、感謝ね! でもどうして姫様はこんな付け耳をしろって言ったのかしら」


ミラは長い付け耳を指で弄びながら零した。


「確かにこの耳に関して何も違和感は抱いてはいないようだったけど……まさか姫様が言っていた“えるふ”?ってやつだと思い込んでいたっていうの?」


ミラはまっさかねぇー、と言いながら付け耳をゴミ箱に捨てた


「そんな種族聞いたことないっての! それにしても早く明日にならないかなぁ〜って、あっ! アインの奴の事忘れてた! まぁいっか、どうせあいつらじゃ、あの騎士は手に負えないだろうしねぇ」


そう言って“冒険者組合長”ミラ・カーターは笑い続けるのであった。

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