第6話 我輩、王国に参上。

「でも気付いてたならもっと早く言ってよ!」


そうプリプリと御機嫌斜めな様子で我輩に言うのは、言わずもがなアマリリス殿である。

ここは“サワルタール王国”を目前にした上空だ。

我輩達は茶色いドラゴンの背に乗っており、なぜだか我輩はアマリリス殿に目隠しされている。


「絶対に見ないでよ!」


そう言ってアマリリス殿は汚れのついた魔法少女の服を脱ぎ、カチャカチャと課金アイテムの鎧に着替えていた。

我輩はもちろん何も見ていないぞ。


こんなことになっているのは、我輩がとうとうアマリリス殿の服の汚れに耐えられなくなり、ゲームの時に使っていた鎧をなぜ装備しないのか、と問いつめた所から始まる。


「あの時は私、男のアヴァターだったじゃない。絶対サイズ合わなくなってるわよ」


「それもそうであるが、“翼竜の角笛”も性質が変化していたのだ。試してみる価値はある。それとも何か、アマリリス殿はあの美丈夫よりも恰幅が良いから鎧が入らなくなったとでも言うつもりか?」


「なわけないでしょ! 絶対ぶかぶかになるわよ! 見てなさい!」


そうやって意気込んでいた彼女だったが、結論から言うとアマリリス殿の燃えるような赤と煌びやかな銀色で構成された鎧は彼女にジャストフィットしていた。



我輩はう〜むと唸る。明らかにゲーム時よりその鎧は縮んでいて彼女に合うように変化している。


それにしてもこの娘は何を考えているのか、そんな……! と絶望した顔をしている。

おそらく、このアイテムも外見だけでなく、性質も変化しているのだろう。


だが、我輩はアマリリス殿の美しさには瞠目した。

魔法少女もなかなかのものだったが、いつも我輩を苦しませたその鎧を彼女が装備すると、清廉さが研ぎ澄まされた一本の芯の通る刃を連想させた。


「……よく似合っているぞ。アマリリス殿」


我輩は思わず声が漏れてしまった。


「あ、あたりまえでしょ! で、でもやっぱり太ったのかな……」


アマリリス殿は顔を赤くしながらお腹辺りをさすっていた。

どうやらこの娘は鎧がぴったりなのは自分が太ったからだと思い込んでいるらしい。


「ゲームのやりすぎで体がむくんだのかしら……。最近ジーンズも入らなくなってきたし……」


どうやら思い当たる節はあったようだ。

というかこの事実を知るのが恐いから、今までこの鎧に着替えなかったのではなかろうか。いや多分それで合っているだろう。



「だが、これで準備が全て整った! さぁこれより我輩達はサワルタール王国へと参る! アマリリス殿よ、ヘルムの準備だ!」


「はいはい、どうぞ」


我輩は王国へと至る最後のピースを嵌め高らかに宣言した。


「では諸君! 手筈通りに頼むぞ!」


「は〜い、はい」


「あいでやんす!」






呆れるほど巨大な壁が聳え立ち、堂々とその真ん中に鎮座するのは大きな門だ。

微かに開いているが狭すぎて荷馬車ですら入れないだろう。


そんな門の前に目を引く一団がいた。どうやら赤いドラゴンを輸送している最中のようだ。

そして驚くべきことに、7mほどの赤い竜の尻尾を片手で持って引きずっているのは、見事としか言いようがない黄金のフルプレートメイルに漆黒のマントをたなびかせた騎士だった。

顔はヘルムで隠れていて素顔を伺うことはできない。


そして赤い竜の上に乗り、威風堂々と己を誇示する者がいた。

それは燃えるような赤ときらめく銀で構成されたこれも見事な鎧を纏った美しい騎士だ。

この騎士の方はヘルムを被っておらず、まだ年若いながらも清廉さと可憐さを兼ね備えた美貌を誇っていた。


そしてこの目立つ一団の前に慌てて兵士と思わしき人物が駆け寄って来る。


「そ、それは特別害獣指定のバーガンディードラゴンではないですか!? 失礼ですが冒険者の方でしょうか? 通行証を見せてもらえれば、すぐに通させて頂けますが!」


兵士は興奮冷めやらないといった風情で話しかけてきた。


「あぁ〜、確かに急いでいるが我輩達は冒険者ではない。だが、これで通させてもらえるかね?」


そう言って我輩が差し出したのはユーフォリアとかいう部隊から拝借した通行証らしきものだ。


「こ、これはっ!? 王族直属の!? た、たいへん失礼致しました! どうぞお通り下さい!」


兵士が言うと巨大な門が開きすでに多くの人だかりが出来ていた。

我輩は思った通りの反応に満足し兵士に尋ねる。


「我輩達はよそ者でな、この荷物を冒険者組合に届けたいと思っているのだが、場所を教えてはくれないかね?」


兵士はよそ者という事に驚いていたが、納得したように答えた。


「は、はい……! 冒険者組合はこの大通りを真っ直ぐ向かった突き当たりにございます」


「ご苦労、助かった。ではな」



兵士に挨拶を交わし、第一関門を突破した我輩はヘルムの下でニヤリと笑い、大通りを突き進む。


歩くたびに野次馬が集まっており、誰もが足を止め異国風の一団に息を飲んでいた。

ある者は巨大な赤い竜に感嘆し、ある者はそれを仕留めたのであろう騎士達に畏れとも尊敬ともとれる眼差しで見つめている。


だが、一番目につくのは黄金のフルプレートメイルの騎士が片手で悠々とドラゴンを引きずっていることだろう。

こちらに対して鋭い視線を送ってくる者もいた。


そしてアマリリス殿はこんなことには慣れていないのか、もじもじしている。


「どうした、アマリリス殿よ」


我輩が小声で問いかけた。


「皆私をじろじろみるんだけど……や、やっぱり恥ずかしいわ」


アマリリス殿がもじもじしながら話す。

誰でも死体のドラゴンに乗って顔を紅くしているヤツがいたら注目するだろう。

だからこういう場面は堂々としていれば良いのだ。

そうアマリリス殿に伝えようとした時、野次馬の中から屈強な男達が飛び出してきた。


「うぉ〜い! こりゃ本当にバーガンディードラゴンじゃねぇか! どこ産だ?」


この荒々しい言葉遣いに使い込まされた革鎧……こ、これが夢にまで見た野生の冒険者か! 

だが、この野次馬の中から飛び出すとはなかなか気概のあるヤツだな。


「そうらしいな、だが場所まではわからないのだ」


「場所がわからないだと? そりゃ一体なんの冗談だ。まぁいい、

情報は価値があるからな、ここで言う必要もないだろうよ。

で、提案なんだがあんた達よそ者だろ? 俺達が冒険者組合の査定部門に届けといてやるから、その間に冒険者登録して来いよ。

だが、その代わりちっとばかしこのドラゴンの鱗を分けてほしいんだが?」


我輩は少し考え、答えた。


「いいだろう、よろしく頼む」


「えっ! いいの?」


アマリリス殿がドラゴンから降りて小声で驚く。


「まぁ、目的はほぼ達成できたからな。それにこれもコネクション作りの一環だ。」


そう我輩は小声で答えると冒険者の男が右手を差し出してきた。


「俺はB級冒険者パーティーのリーダー、アインってんだ。よろしく頼む」


我輩は興奮を抑えて右手を差し出す。


「我輩は伯爵殿……いや、ジンだ。ジンと呼んでくれ。それでこちらが我輩の仲間の戦乙女、アマリリス殿だ」


慌てて言い直し握手を交わす。アインはアマリリス殿を間近で見て驚いていた。


「こ、こりゃぁ、どえらい別嬪さんだなぁ! しかもドラゴンを屠るだけの力を持っているとは……世界は広いぜ……よ、よろしく」


アインは少し鼻の下が伸びていた。


「はい、宜しくお願いします」


アマリリス殿は惚れ惚れするほどの猫かぶりを発揮して微笑んでいた。

そういえばこやつ我輩のギルドに加入した最初の時もこんな感じだったなぁと思い出す。今では見る影もないが。


「あそこが冒険者組合だ、あそこの受付に行けばいろいろ教えてもらえるぜ。じゃこいつは俺たちが届けておく。査定場所も後で受付から聞いておいてくれ」


「了解した。……だが、約束を破ったらどうなるかは……言わなくてもわかるな?」


一気に周囲の空気が変わった。騒いでいた野次馬もしん、と静まり返った程だ。それを間近で受けたアインは顔を青くして答えた。


「も、もちろんだ、冒険者は信頼が命、約束は守る。それにあんた達にはとても敵いそうにねぇ。せめてこれからもご贔屓にしてくれや。」


そうアインが言うと場の緊張感がふっと軽くなった。


「それには及ばない、我輩達からもお願いしよう。それに鱗ぐらいならばいくらでも持って行ってくれても構わない。」


「ほ、ほんとうか!?」


アインは喜びを隠せなかった。


「ああ、では私達は行く。後は頼んだぞ」


「ああ、任せてくれ!」


アインがそう言った後、見事なフルプレートメイルを纏った二人組は野次馬の中に進み、野次馬は二人を避けるようにして広がる。

そのまま二人は雑踏の中に消えていった。







アインは二人の姿が完全に消えたのを確認してからふぅと大きく息を吐いた。

それを見たアインの仲間が慌てて駆け寄ってくる。


「み、みろ、この俺の手が未だに震えていやがる。最初はドラゴンに乗っていた嬢ちゃんを警戒していたが違った、桁違いなのは変わらないが、あの黒いマントの方はもっとヤバい。」


アインは怯えながら仲間に漏らした。


「そ、それほどなのか」


アインのパーティの仲間はアインの言葉にどよめく。


「あぁ、俺達では話にならねぇ。組合長にはそう伝えるしかねぇわ。

だが、S級冒険者でもあの黒いマントには敵わないかもしれない」


アインは組合長からの依頼を思い出ししみじみと言う。

その内容はこれからやってくる騎士の力を計ってほしいという特別な依頼だった。


「それほどの存在なのか! あの英雄達を凌駕する存在だと!」


「俺はそう感じた。だが、同時にチャンスでもある。あの騎士達についていけば益があるだろうからな。そのことに気付いている冒険者はまだ少ないはずだ。それに見ろ、この立派なドラゴンの鱗を全部くれるんだって言うんだぜ」


「ああ、これほどのドラゴンの鱗か……」


男たちの顔からは笑みが溢れでている。


「だが、一つだけ不可解なことがある」


アインは笑みを消し呟いた。


「このドラゴンには死因となった外傷は特にない。疑わしいのはこの殴打痕くらいだが、こんなものではドラゴンなど殺せやしない。」


「た、確かに……」


男たちが息を飲んだ。


「あの騎士達は外傷なしでドラゴン程のモンスターを殺せる手段があるっていうことだ。それを可能にできる可能性が最も高いのは魔法だが、二人とも明らかに魔法使いではなかった。この食い違いは一体なんなんだろうな」


「……」


沈黙が場を包んだ。


「まぁ、一先ずそれは置いといて、とっととこのドラゴンを査定に持ってくぞ、野郎ども!」


アインは声を張り上げる。

暗い雰囲気を断ち切るように男達がドラゴンを持ち上げるために周りを囲んだ。


「「おー!! いくぜぇぇ!! せーのっ!!」」





「「っておもてぇぇぇ!! こんなの運べるかぁぁ!!」」


ドラゴンはアイン達ですら、ピクリとも動かすことはできなかった。

アイン達はさっきの騎士が片手で引きずっていたことを思い出し、顔を青くしたのだった。


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