第32話 困った時の

 仕事は忙しい、菊花展の事を進めようにも菊のことを全く知らない、幽霊は帰ってこない。

 どうにもこうにも八方塞がりになった俺は、玄関やら事務所やらにたくさん菊を飾っていた鶴亀不動産へ駆け込んだ。秋谷さんが知らなければ、また他の人に聞くまでだ。 


 そして鶴亀不動産は俺の期待を絶対に裏切らない。鶴江さんの華麗なるバトントワリングの時のように、きっちり俺の欲しい情報を提供してくれる。

 変な話だが、俺の中では秋谷家の人々は神格化されている。『困った時の鶴亀不動産頼み』だ。


 亀蔵さんは「餃子の美味しい~~菊花展」なんて、一体いつの歌なんだよって言うような歌を歌いながら、裏の白いチラシとボールペンを持って来た。

 椅子に座ると、鶴江さんの淹れた安いお茶を一口飲んで開口一番、「まず種類と形を知らんとねぇ」。もう悪い予感しかしない。


「菊には大輪と小輪があってねぇ。あと古代菊もあるかねぇ。まずは大輪だ」


 なんかいっぱい出てきそうだよ。勘弁してくれよ。


「大輪は『一本仕立』、『三本仕立』、『七本仕立』がある。こう、一本の菊に一輪の花を咲かせるのが『一本仕立』、摘芯して三本の枝を伸ばしてやって三つの花を咲かせるのが『三本仕立』、さらに摘芯して七本にすりゃあ『七本仕立』だ。わかりやすいだろ?」

「そうですね」


 心配して損したってくらいわかりやすかった。図を描きながらの解説だったんで、わかりやすかったのかもしれんけど。


「で、この三本仕立ての小っちゃい奴が『ダルマ作り』。六十センチ以内で仕立てる。一本仕立ての小っちゃい奴は『福助』、だいたい四十センチ以内に仕立てるかな」


 ダルマと福助。これはメモしないと覚えられないぞ。


「この二つは背が低いから、普通の車で運べる。ここは羽鷺ちゃん、ポイントだよ。この二つ以外は一般の自家用車じゃあ運べない」

「じゃあ、ダルマと福助は個人で搬入して貰えるという事ですね」

「逆にそれ以外をどうやって搬入するか、だよ」


 なるほど、これは素人にはわからなかった。やはりこういうことは知っている人に直接聞くのが一番だ。


 そこに鶴江さんが最古杵銘菓『御影おこし』を持って登場した。浅草の雷おこしよりは、大阪の岩おこしに近い。めちゃめちゃ硬くて、混ぜ込んであるゴマの効果で花崗岩かこうがんのように見える。まさに最古杵名物、白御影石で作った墓石のような趣のおこしなのだ。

 因みに梅味はほのかにピンクで赤御影石のようだし、青海苔味は青御影石っぽい。黒ゴマのやつは黒御影石だ。まあ、どうでもいい情報ではあるけど。

 そして鎖猪瓦せんべい同様、この素朴で懐かしい感じの味が俺のハートを鷲掴みにして放さない。


「後は小菊だね。盆栽仕立てや懸崖造りがある」

「懸崖仕立ては見たことあります。盾みたいな形に仕立てるんですよね」


 って言ったら鶴江さんに「いやだよ、羽鷺ちゃん」って笑われた。


「もうちょっと風流な表現できないかねぇ。お花なんだから」

「懸崖も『前垂れ懸崖』とか『静岡懸崖』とかあるからね、まあ関係ないか。盆栽仕立てはそのまんまだね、盆栽にすんの。岩とか古木とかに苗を付けたりもするねぇ。『盆栽懸崖』なんてのもあるよ」

「マジですか。もう俺、いっぱいいっぱいです」

「でもこれ、申込する時に申告して貰わないと、会場の広さに影響するからねぇ。大輪は基本的に鉢だからいいけど、懸崖なんか一鉢で結構場所取るからね。まあ、『杉作り』なら場所取らないからあんまり問題ないか。今まで挙げたどこかに入ると思うから、それ以外っていう選択肢も準備しときゃいいんじゃないのかねぇ」


 なるほど、その形で大体のスペースを考えて、会場を設定すればいいんだな。


「ダルマと福助以外は、市で軽トラ出して出品者のところに回った方がいいよ。それぞれに出して貰うんじゃなくて、こっちから集めに行く。その方が一度に搬入できるし、市民にも喜ばれる。菊作ってるような人はみんなわかってるから、積み込み作業も一緒にやってくれるしね。自分で持って行くよりよっぽど楽だから、その辺は協力してくれるはずだよ。運転手は菊を作っている生産者に依頼すれば確実だよ」


 おおお! さすが、困った時の鶴亀不動産! 『一』言えば『百』になって返って来る!

 そこで墓石おこしをボリボリかじっていた鶴江さんが、思い出したように割り込んできた。


「うちのバトントワリング講座に来てる生徒さんの旦那さんが菊の生産者なんだけど、聞いてみようか? 軽トラも菊の運搬用に荷台を改造してたのよ」

「え、ほんとですか! お願いします。ガソリン代も経費から落ちますし、日当出しますから」

「日程は十一月の頭から中旬までなんだろ? それなら十月下旬くらいの土日に搬入日を設定して、市内回ればいいんじゃないかねぇ。その日程で出せない人は、個人で搬入して貰うってことで。作品によっては、花が小さな蕾の状態で搬入して、会場で仕立てたい人もいるだろうから、個人搬入は十月中旬から受け付けた方がいいね。その間は生産者はそこで作業して貰うってことで」


 でも、そうなるとその間の会場の管理者も必要になるし、費用がかさむことになるよなぁ……。

 という俺の心の声を察したのか、またも鶴江さんのフォローが入る。


「大きい神社や寺を会場にするのはどうだろうねぇ。お寺さんならいつでも出入り自由だし、お坊さんが敷地の管理してくれるし。徳積寺とくつみでらなんか頼みやすいかもしれないねぇ。前にほおずき市やってたこともあるし、あじさい市もやってたからねぇ。あそこは境内だけは広いからねぇ」


 徳積寺! 寺というのは盲点だった。何も市の持っている施設である必要なんかどこにもなかったんだ。亀の甲より年の劫、さすがだ。


「ちょっとそれでもう一度練ってから相談に乗っていただきたいんですけど、いいですか?」

「ああ、もちろんだよ。先に徳積寺に軽く打診しとこうか? 今、場所を探してるんだって言っとけば、あそこがダメでも代替案を見つけてくれるかもしれないしねえ。こういうことは大勢巻き込んだ方が協力者が得られるからね」

「ありがとうございます、お願いします」

「あたしは菊の生産者さんの方、聞いといてみるよ。ああ、羽鷺ちゃん、御影おこし少し持ってく?」


 もちろん、貰って帰った。

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