第33話 ゴミ屋敷
幽霊はどこへ行ってしまったのかわからないけど、本当に出て行ってしまったようだ。地縛霊というわけでもなさそうだったし、誰か別の人に取り憑いているのかもしれない。
俺には関係ない。元々が勝手に住み着いていただけの幽霊だし、ここの家主は俺だ。やたらと世話焼かれ過ぎても鬱陶しい。
そんなふうに意地を張っていられたのは最初の一週間だけだった。
なんで? 幽霊がいないってだけのことだろ? なんでこんなに落ち着かない?
幽霊の目を気にせずに、家で堂々と仕事することだってできる。テキトーなもの食ってても栄養バランスがどうのって怒られることも無い。
なのに、何かをどこかに置いて来てしまったような喪失感があるのはどうしてなんだ?
あいつに教えて貰ったように、ちゃんと自分でご飯を炊いて、モヤシを使った激安貧乏飯を作って、それでも淡色野菜と緑黄色野菜と蛋白質と食物繊維をバランスよく摂って。だけどそれも三日目くらいには手抜きになって来て、四日目には出来合いの総菜を買って来た。一週間経つ頃には、完全にコンビニ弁当とカップ麺だ。
洗い物も面倒でどんどんシンクに溜まっていくし、少しのうちならササっと洗えばいいのに、溜まってしまうと洗う事がもう嫌になる。
さらに言えばコンビニ弁当やカップ麺は、容器がかさばるのでゴミも増える。あっという間にゴミが溜まるから、ゴミの日の朝は大変だ。それでもすぐ溜まる。
それだけならまだしも、洗濯をする余裕がない。毎日洗濯なんかしていられないけど、それにしたってさすがに三日も溜めたらいい加減洗いたい。三日前に履いてたパンツなんか、カビとかキノコとか生えそうだし。
たかだか洗濯機回して、その後洗濯物を干しただけなんだ。それだけで、ものすごく疲れた。これ、いつも幽霊がやってくれてたんだと思うと頭が下がる。アイツ、なんで死んでまで家政婦みたいなことやってたんだよ……。
疲れて、虚しくて、寂しくて、ジグソーパズルをひっくり返してみた。三百ピースだ。幽霊みたいに八千ピースなんか、金積まれてもやらない。
三百ピースって少ねえな……と思いながら少しずつ組んで行く。ちょっと遠くに離れてしまったピースに手を伸ばしてハッとする。部屋の隅に綿ぼこりがあったのだ。
新鮮だった。俺の部屋に綿ぼこり。この部屋に引っ越してきてから初めて見る綿ぼこりだ。俺の知らないところで、幽霊が綺麗にしてくれてたんだ。
他の一人暮らしの人達は、みんな洗濯も掃除も一人でやってるんだろうな。俺は恵まれてたんだ。
そんな状態でも仕事は待ってくれない。ジャズストリートまでは一週間足らずだ。菊花展はジャズイベントとクリスマスイベントの間に突っ込んだから、毎月何かしらのイベントがある計算になる。
しかも、十月のジャズ、十一月の菊花展、十二月のクリスマス、その後、一月の成人式がある。成人式をいつも仕切っていた人は今年で退職するから、来年からは俺の担当だ。今回は引き継ぎ込みで一緒に企画しないといけない。サイちゃんやサイコキネンジャーにも登場して貰うとなれば、俺は必要不可欠な人間だ。
サイコキネンジャー、幽霊が考えてくれたんじゃん。アクターオーディションの時も地味に俺の背後に憑いて、耳元でコソコソ入れ知恵してくれたんだ。当然他の人には内緒だけど。
くっそ、何考えても、何やっても、いちいち幽霊を思い出して仕事が手につかない。居たら居たで気に障る、居なきゃ居ないで気になる。実体も無いくせに、存在感だけは無駄にデカい。
ゴミ屋敷みたいになってきた部屋の中で、イライラしながらジャズストリート参加団体のリストを作っていると、部屋の呼び鈴が鳴った。
郵便屋か宅配業者かと思いながらインターフォンに出てみると、思いがけず若い女性の声がした。鯛子さんだった。
***
「こんなになっちゃうんだ……」
部屋の様子を見た鯛子さんが呆然と呟いた。そうだよね、以前俺が風邪ひいた時来てくれたけど、あの頃は幽霊が片付けてくれてたから、まだ部屋も綺麗だったしね。
「今日は大福持って来たわけじゃないんです。お話があって来たんですけど……」
「こんな状態なので申し訳ないけど上がって貰えないんです。すみません、外で話しますか?」
「いえ、この部屋で話しましょう」
「は?」
鯛子さんは俺を無視して勝手に部屋に上がり込んだ。
「こんなこともあろうかと準備して来てますから。土曜日狙って来たのもそのためですし」
土曜日狙って来た? どういう意味? 準備って?
「羽鷺さん、窓開けてください。掃除します」
「は? いや――」
「わたしもそんなに休みを合わせられるわけじゃないんです」
「え、そうじゃなくて――」
「問答無用! 黙って窓を開ける!」
「は、はい」
思わず従っちゃったけど、鯛子さんってこういうキャラだっけ?
「現在十時半、お昼までに終わらせます。一刻も早く終わらせたいと思うなら、黙ってわたしの指示通りに動いてください。まずはこの袋に部屋中のごみを集めて」
「はい!」
持参の紙袋から四十五リットルの大きなビニール袋が出て来た。
「終わったら空きペットボトルとビールの空き缶を全部バスルームへ。中をきれいに洗って、それぞれビニール袋にまとめてください。私は先にシンクをやっつけます。同時に洗濯機回していいですか。時短でやっつけたいので」
「あ、はい」
今気づいた。いつもきちんとした服装の鯛子さんが、ジーンズにポロシャツというラフなスタイルで来ている。これはこの部屋がこうなっているという大前提で掃除をしに来てるんだ。紙袋の中からは大きなビニール袋やキッチンタオル、ゴム手袋なんかが出てくる。
でも、なぜこうなってることに気づいたんだろう?
まさか幽霊じゃないよな。そんなことわざわざ鯛子さんに頼むとは思えないし、鯛子さんだってそんなこと頼まれる筋合いはない。
聞きたいけど聞ける雰囲気じゃない。まずは彼女の言う通り、部屋を片付けよう。そもそも彼女は何か話があってここにきたんだ、片付いたら話をするはずだ。その時に聞けばいい。
とにかく俺は彼女の指示通り、部屋を片付けることに集中した。
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