第34話 生姜味
「幽霊から聞いたんですか?」
「え?」
俺の質問に、鯛子さんはポカンとした様子を見せた。ということは、これは幽霊に頼まれてきたわけではなさそうだ。じゃ、なんで? やっぱりこの人、超能力者なんじゃねえの?
それなのに、返ってきた言葉は完全に想定外だったのだ。
「まだ『幽霊』って呼んでたんですか?」
「は? そこですか?」
「なんで玲子ちゃんって名前で呼んであげないんですか?」
そう言って彼女は持って来た鎖猪瓦せんべい抹茶味をポリポリと食べた。俺が持ってったやつには抹茶味は入ってなかったから、また誰かから貰ったんだろう。
お茶は彼女が勝手にうちのキッチン使って淹れたものだ。もちろん俺の分も淹れてくれたが。
「いや、確認とったんですよ。玲子って呼んだ方がいいかって」
「どうでもいいって言われたんですね」
「え、なんでわかるんですか?」
って言ったら、鎖猪瓦せんべいを片手にした鯛子さん、これ見よがしにはぁ~って溜息着いた。
「今まで『幽霊』って呼んでたんでしょ。今更『玲子』と呼んで欲しいとは言いにくいに決まってるじゃないですか。そういう時は、『玲子と呼んだ方がいいか』という聞き方じゃなくて、『玲子と呼んでもいいか』と聞くものです」
あ、そうなんですか。肝に銘じておきます。……って、俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだけど。
「最近玲子ちゃんがよく遊びに来るんです」
「自動書記ですか?」
「そうです。わたしには姿が見えませんから。わたしに文字を書かせるのが大変だったんでしょうか、スマホに入力するという新しい技を生み出しました。人呼んで『自動書記』ならず『自動入力』」
「はぁ……」
鯛子さんは再びお茶を口にすると、鎖猪瓦せんべい生姜味をパリンと割った。生姜味は俺もかなり好きなんだが。半分分けて欲しいんだが。
「もしかして生姜味好きですか?」
「はい」
「はいはい、あげますから」
やっぱりこの人、超能力者だよ。てか、俺がジーッと見てたから?
「頻繁に来るんです。いつもなら羽鷺さんと一緒にいるであろう夜の時間帯とか、土日とか。それで羽鷺さん、家に居ないのかなって思って。それにしてもちょっと尋常じゃない回数だったので、これはおかしいと思ったんです。玲子ちゃん、家に居たくない理由があるんだなと気付いたんです」
女の人はコレだから嫌だ。無駄に気が回りすぎるんだよな。しかも鯛子さんくらい勘が鋭いと、ほんのちょっとのヒントで何があったか全部見抜いてしまう。
「玲子ちゃんに聞いたんです、羽鷺さんと何かあったのかって。彼女は何もないと言いました。ただ、あなたが忙しいんだと言ってました。それで、きっと彼女は忙しそうな羽鷺さんの邪魔にならないように家を出ているに違いない、玲子ちゃんのいない家はゴミ屋敷状態になっているに違いない、そう思ったんで掃除の準備をして来てみたら案の定」
仰る通りでございます……。何から何まで図星過ぎて二の句が継げない。
「よくそれだけでうちがこうなってることがわかりましたね」
「だって羽鷺さん、忙しかったんでしょ? ご飯作ったりお掃除したりする暇ないじゃないですか。それで、何度も何度も玲子ちゃんが来るから、何も言わないけど『羽鷺さんのこと見てあげて』って言ってるような気がして。それなら自分が行けばいいのに、私のところに来るってことは、きっと喧嘩したんだろうな~って思ったんです。違いますか?」
「あ、その、実は……」
俺は忙しさにかまけて幽霊を蔑ろにしていたこと、幽霊が世話を焼いてくれることに対して迷惑そうなそぶりを見せてしまったことを正直に白状した。
そして、本当は幽霊がいないと何もできないことや、本当は帰って来て欲しいと思っていることも、さりげなくアピールしてみた。
鯛子さんは俺の話を聞いて肩をすくめると、「手のかかる人ですね」と笑った。
「わかりました。私の方からそれとなく玲子ちゃんに伝えてみます。羽鷺さんももうちょっと玲子ちゃんを大事にしてあげてくださいね」
「あの……」
「はい?」
「鯛子さんとゆうれ……玲子さんは、どういう関係なんですか?」
鯛子さんは「はて?」という顔を見せた。俺、何か変な事言ったかな?
「どういうって。わたしと羽鷺さんの関係と同じですけど。玲子ちゃんはうちの管理するアパートの住人でした。羽鷺さんもそうでしょ?」
「まあ、そうですけど」
「でも……」
彼女はクスッと思いだしたように笑った。
「玲子ちゃんは特別かな。あの子、ほんとに世話焼きで、困ってる人をほっとけないの。もうお節介焼きっていうレベルかな。でもなんか可愛くて。仕事も楽しそうで、人気者だったんですけどね。人気者だったからこそ、遺体の発見が遅れなくて良かったんですけど」
「遺体……」
そうだ。あいつ、あんまり元気だから忘れてたけど。幽霊ってことは死人ってことで、発見されたときには彼女は遺体だったんだ。
急に重くのしかかって来る事実に、俺はいきなり打ちのめされた。
「なんでスーツ着てるんだ」
何の気なしにボソッと出てしまった言葉だった。だが、鯛子さんはそれをきちんと拾っていた。
「仕事から帰って来て、着替えることもなくそのまま亡くなったんですよ」
「え?」
「寒い日で。雪が降ってた。彼女は帰って来て真っ先にお風呂にお湯を張って、お風呂に入る前に亡くなったんです。翌日、玲子ちゃんが会社に来ないのを不審に思って、上司が彼女に電話をかけた。でも出る気配がなくて、それでうちに連絡が来たんです。その上司の方とうちの母が一緒に彼女の部屋を訪れて……お風呂は自動で何度も沸かし直してたみたいですけど、入った形跡はなくて。彼女自身はここに、このわたしが座っている辺りで亡くなっていたんです」
「そこ、いつもアイツが座ってるところです」
「ここが落ちつくんでしょうね」
しんみりと言ったかと思うと、鯛子さんは急に立ち上がった。
「用は済みましたから帰ります。玲子ちゃんには私から話しておきますから、彼女が帰って来たら大事にしてあげてください」
「あ、はい。お願いします」
俺は部屋を出て行く鯛子さんを見送ってから、試しに「玲子」と言ってみた。こっ恥ずかしくて顔から火を噴きそうだった。
やっぱ、「玲子」って呼ぶのは難易度高そうだ。
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