第29話 ラスボス

 結論から言うと、マーチングフェスティバルは大成功だった。


 何が良かったって、ボランティアの人たちがバラバラじゃなくて団体さんで来てくれていたことだった。

 もちろん個人登録の人も大勢いたんだけど、最古杵シルバー会という老人会がメインになって、ボランティアさんたちをまとめてくれたのが何よりも助かった。

 なにしろ俺はパレードの方に参加するボランティアさんに指示を出しつつ、鎖猪瓦公園体育館に待機する田島さんと連絡を取り合い、写真もたくさん撮らなくてはならなかったのだ。


 それがどうだ、シルバー会の代表の人と朝一でちょっと話をしただけで、あとはその人がシルバー会と個人登録ボランティアのパレード対応チームを率いてくれたのだ。

 現役時代に消防士として働いていたという彼は、ボランティアチームの指揮系統を明確にし、彼の命令一つでお爺ちゃんお婆ちゃんが速やかに動くという素晴らしい連係プレイを見せてくれた。最古杵市の老人、侮れない。


 しかも、シルバー会は『シルバー会オリジナル安全ベスト』を着こんで、スタッフであるという事がすぐわかるようにしておいてくれたのだ。そうじゃないとどこかのお爺ちゃんが家族とはぐれちゃったのかと思っちゃうからね。

 反射プレートのついた安全ベストは、とても目立つ割に着ている本人たちが小さいので、パレードの邪魔にはならない。そのくせ一目でスタッフとわかる。『亀の甲より年の劫』とはよく言ったもんで、こういうところから勉強させて貰えるのは本当にありがたい。


 一方、鎖猪瓦公園体育館側のボランティアスタッフは若者がメインだ。こちらはとにかく動き回る。野球場と体育館を何度も往復しながら、出演者を誘導しなければならない。着替えなどの私物を積んだ車両の誘導や更衣室の案内、大きな荷物の運搬補助もボランティアの仕事だ。


 こちらのボランティアにも団体さんが二組いた。地元の体育大学の学生ボランティアと最古杵工業高校の学生たちだ。どちらも学校の名前がバーンと入ったジャージを着て、学校のマーチングバンドが出演することをアピールしていた。

 もちろん自分たちの学校の出番には仕事をいったん中断して、見に行ってもらったが。


 俺はと言えば、市の広報誌とホームページに記事を載せるため、写真を撮って回るのに大忙しだった。

 シルバー会ボランティア、体育大学と工業高校のボランティアの活躍、応援に駆け付けたサイちゃんとサイコキネンジャー、駆け付けた市民の皆さん、そしてメインのマーチングバンド。満遍なく撮らなければならなかった。


 だが、俺は初めて目にするマーチングドリルに度肝を抜かれて、最初のチームの写真が撮れなったのだ。一枚も、だ。

 最古杵警察音楽隊と最古杵カルチャーセンターバトントワリングチーム、初っ端からラスボス感満載だった。


 白いシャツに白いスラックス、体側に一本ネイビーのラインが光る制服に、警察のエンブレムの入った帽子と白い靴。カチッとしたユニフォームに身を包んだ音楽隊。

 なんかよくわからんけど、スーザとかいう白くてバカでっかいラッパのおばけに、『SAIKOKINE POLICE BAND』とか書いてあって、もうそれだけでハチャメチャかっこいい。


 そこに平均年齢五十八歳というおばちゃんたちがピシッとした白いボックスプリーツのミニスカートという衣装で颯爽と現れ、引き締まった二の腕と美脚を見せながら、堂々たる演技を披露したのだ。


 そのセンターには、あの鶴亀不動産のおばちゃんが! 巧みなバトンさばきに加え、百八十度開脚や側転を交えて観客の視線を独り占めなのだ。これは写真撮れって言われてもそんなの忘れて見入っちゃうよ、俺のせいじゃない!

 ああ、このラスボスがいつも俺に栗羊羹くれてたのか、と思うとなんだか感慨深い。知らなかったとはいえ、スゲエのをバックにつけてたわ……。

 まあ、多分亀蔵さんか鯛子さんが写真撮ってるだろうから、それを後でお願いしよう。いや、ホント初っ端で良かった。


 二つ目の団体からは最初の失敗を繰り返さないよう、田島さんと連絡とりながらもきちんと写真を撮って、無事に俺のミッションは遂行した。

 初っ端にラスボスを見たと思ってたけど、とんでもねえな。本物のラスボスはやっぱりラストに現れた。お隣、浄土市から応援に駆けつけてくれた浄土ビューグルバンド。何これプロなの?

 幽霊が『カラーガード隊』を激推ししてた理由がよくわかったわ。アホみたいにカッコええ。まさかこの歳になって、こういうものに感動させられるとは思わなかった。

 来年も絶対これやろう。すっげー大変だけど、絶対やろう。浄土ビューグルバンド、来年も来て貰おう。そうだ、今のうちに予約しておこう。


 そう、びっくりすることがあったんだ。

 野球場で汗だくになって走り回っていた時に、ふいに俺を呼び止める声があったんだ。

 誰かと思って振り返ったら、鯛子さんがそこにいた。


「昨日の今日でしょ。これ」


 そう言って、俺の手にスポーツドリンクと塩レモンのタブレットを握らせてくれた。俺が彼女にお礼を言う間もなく、彼女はさっさと人混みに紛れて行ってしまった。幽霊よりも幽霊っぽい人だ。

 スポーツドリンクは買ったばかりのようで、キンキンに冷えていた。なんで買ったばかりのものを俺に渡すことができたんだろう。なぜ俺が今、ここを通ることを知っていたんだろう?

 偶然か? 自分で飲もうと思っていたスポーツドリンクを咄嗟に俺にくれた?

 いや、そんな感じじゃなかった。待っていて声をかけたという感じだった。


 そういえば昨日も……。鯛子さんの職場の薬局を通り過ぎたあたりでちょうど具合が悪くなったというのもあるけど、それにしても勤務中にあんなに都合よく通りかかるものだろうか?


 まさか鯛子さん、超能力者とかじゃないよね? ウリ・ゲラーやMr.マソックじゃあるまいし。

 幽霊と会話できるとそういう事にもあまり懐疑的ではなくなるんだが、それにしても超能力はいくらなんでも突飛すぎるよな。


 とにかく、今度お礼に行こう。鶴江さんの活躍を収めた写真の依頼にも行かなきゃならないし。鶴江さんのファンになってしまったことも報告したいし。

 そんなことを考えながら、塩レモンタブレットを舐め舐め、家路についたのだった。

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