第24話 魚の小骨

 年が明けて一月に入ると、春のイベントに向けてますます忙しくなってきた。

 まずは戦隊アクションヒーローのオーディションだ。普通のヒーローじゃくてお笑い系ヒーローだから、その辺も柔軟に対応できる役者でないといけない。

 ちゃんと基本のアクションができて、白衣やら安全ベストを着ていても動けて、背中にかごを背負っていても立ち回りができて、さらにはボケやツッコミに対してきっちりリアクションできて、アドリブにも即座に反応できる人、となるとかなり難しい。


 しかもエンマブルーは大柄でがっちりした人がいいし、ヒガンバナレッドはスマートでエレガントでないといけない。ミカゲホワイトは細身で肩がいかっている方がいいし、キクイエローは出来ればややぽっちゃり型が好ましい。ブラックは……まあ、なんでもいい。


 オーディションではアクションも含め、いろいろな動きをやって貰って、なんとか五人のアクターが決定した。これから一年間、最古杵市のイベントを最優先に入れてもらう。

 シナリオの方は、市の職員の中に劇団の台本を書いているという人がいたので、その人に頼むことにした。安上がりなことこの上ない。


 ゆるキャラグッズの方は、ボールペンやクリアファイルなどの文房具をメインに展開し、市のパンフレットや広報誌にもサイちゃんを入れるように順次変更を入れて行った。

 そして市内では、市立図書館、市役所、市民病院など、あらゆる市の施設でサイちゃんの笑顔が見られることになった。


 自治体のゆるキャラにオバケを使うという禁じ手を投入したおかげで、最古杵市のサイちゃんは全国区で有名になり、サイちゃん人気にあやかって聖地巡礼をする人たちまで現れた。

 聖地巡礼つっても、最古杵市役所(記念撮影用顔出しパネルがある)、桟角川さんづのがわ鎖猪瓦さいのかわら総合運動公園、円馬えんま公園、黄泉国よみくに図書館辺りを回るんだろうけど、まあ、秋の円馬公園のヒガンバナはわかるけどそれ以外は一体何を見に来るのやら。


 仕事が楽しくて仕方がない。やることなすことすべて順調だ。田島さんにも尊敬の眼差しで見られるし、上司からの評価も高い。

 服を買いに行くときも幽霊がついてきて一緒に選んでくれるから、以前よりずっと垢抜けてオシャレになったと自分でも思う。そのせいか、若い女子職員からの人気も上がっている。


 充実していて、楽しくて、最高な気分のはずなのに、何かが引っ掛かっている。それははっきりとしたものじゃなくて、なんかこう、喉の奥に刺さった魚の小骨のようなもので、小さい癖にその存在をアピールしてくる類のものだ。


 疲れているんだろうか。張り切りすぎて、その疲れが自分で感じられなくなってるんだろうか。


***


 二月の中旬の休日、俺が部屋のパソコンに向かっていると、幽霊が『想ちゃん』と声をかけて来た。


『アップルパイ焼いたんだ。食べようよ』

「ああ、うん、後で」

『今すぐ』

「え、ちょっと待って」

『待てない』


 ? どうした? 珍しいな。


『想ちゃん、今、何やってるの?』

「何って」

『仕事してるでしょ』


 なんでそんな責め口調なの? なんかマズイ?

 

『仕事っていうのは職場でやるものだよ。家でやることじゃない』

「あ、まあそうだけど」

『何か進捗遅れてるの?』

「いや、そんなことはないけど」


 幽霊はアップルパイにアイスを添えて、例のウサギとオバケのお皿に乗せてテーブルの上に置いた。


『遅れているわけじゃないなら、家で仕事なんてするもんじゃないよ。ちゃんと公私を区別して、メリハリをつけた仕事しないとダメ。惰性でダラダラやっていても頭はスッキリしないし、そんな頭で考えるような事なんてろくな事じゃない。ちゃんと頭を休ませてリフレッシュすることができる人こそ、仕事のできる人なんだよ』


 ごちゃごちゃ言いながらコーヒーを淹れ、フォークを出してくる。今日のはアップルパイと言ってもタルトタタンのようだ。めちゃめちゃ美味しそう。


「ああ、そうだよな。だけどなんか……なんか違う気がしてるんだ」

『何言ってんの。最近想ちゃん凄い評価されてるじゃない。あたしは同居人が評価されてると鼻が高いよ。誰に自慢するわけでもないのが残念だけど。あ、昨日自慢した! 鯛ちゃんに!』


 何の自慢してんだよ。しかも鯛子さんって、それめっちゃ迷惑な案件じゃね?


『きっと疲れてるんだよ。最近凄く頑張ってたもん。疲れた時には甘いものが一番だよ。ケーキ食べよ?』

「なんかお前さ」

『ん~? なあに?』

「お前、なんで幽霊なの?」

『死んだから』

「たまにさ、お前のこと、すごく……」


 幽霊がじーっとこっちを見てる。俺の続きを待ってるのはわかるんだけど、俺自身「すごく」のあと、何が言いたかったのかよくわかんねえ。


『すごく?』

「いや、なんだろな。すごく。まあ、すごく好きだな」

『たまにって言ったじゃん。たまにすごく好きって、意味わかんないし』


 あ、そうか。それもそうだな。なんだろうな。


「すごく、すごろくがしたい、とか?」

『そんなわけないでしょ』


 うん、俺もそう思う。


「ごめん、よくわかんねえ。けど、幽霊のことはすごく好きだよ。大事に思ってる。ケーキ、食おう」

『うん、あたしも想ちゃん大好きだよ。もう家族だもんね』


 ああ、家族か。確かに家族だな。

 そういえば俺、毎年正月くらいしか実家に帰ってないな。姉ちゃんが婿養子貰ったから帰りにくいんだよな。家も狭いし、俺の寝る部屋無いし。今年も日帰りで戻って来ちゃったし。


 それに、ぶっちゃけここの方が居心地いいし。


「なあ、幽霊。結婚したかった?」

『うーん、いい人がいればね。いなかったけど』

「そっか」


 お前が生きてたら、俺は多分お前に結婚申し込んでたよ。

 って言葉を、俺は飲み込んだ。

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