第23話 アニバーサリー

 バタバタしている間にクリスマスがやって来た。

 まあ、一緒に過ごすカノジョとかいない俺としては、いつものように幽霊と部屋でのんびり過ごすわけなんだが。実に通常運転だな。


 とは言っても、やっぱりせっかくテキトーな理由をつけてケーキが食える日だし、甘党の俺としてはここは何が何でもスイーツは外せないわけだ。

 さすがにホールケーキってわけにはいかないけど、カットケーキをいくつか買って来た。家に帰って開けてみたら六つも入ってた。そんなに買ったっけ。なんかこれ、ホールケーキ買ったのと同じくらいのボリュームあるよな。ま、全部味は違うんだけど。


「幽霊、今日はケーキ食うぞ、ケーキ。いっぱい買って来たから食べ放題だ」

『ちょっと、こんなに食べられるの?』

「一人三個じゃん。別腹に余裕で入るだろ」

『想ちゃん、あたしが食べても減らないんだよ? 結局想ちゃんが全部食べることになるんだけど』


 あ……。完全に忘れてた。


『忘れてたって顔だね』

「うん。ま、大丈夫だ。俺はケーキ六つくらい余裕で食える。どうせ俺が食うんだから、好きなのを好きなだけ食っていいぞ」

『こういうところって、幽霊便利だよね』

「確かに」


 二人分のコーヒーを淹れて、うさぎとおばけのマグカップをテーブルの上に乗せる。

 今ではこれが当たり前になってるけど、こんなふうに誰かとお揃いのカップを使うのなんて、小学生の時に姉ちゃんとお揃いしたのが最後だな。大学も実家から通ってたし、卒業してすぐに公務員宿舎に入っちゃったし。


「まだ俺らって、一緒に暮らし始めてから半年ちょっとしか経ってないんだな。なんだかもうずいぶん長いこと一緒に生活してる気がする」

『一緒に暮らし始めてなんて言うと、同棲してるみたいじゃん』

「てか、してんじゃん。実質的に」

『あたしモンブラン』

「じゃ俺チーズケーキな」

『チーズケーキ半分取っといて。あたしも食べたい』

「全部半分こしない?」

『いいね!』


 いや、結局全部俺が食べるんだけどさ。それがなんだか寂しいんだよな。仲良く半分こしたいのに。

 全種類を半分に切って、それぞれの皿に乗せた。

 あれからうさぎとおばけの皿もお揃いで買ったんだ。秋谷さんが羊羹とかカステラとか、たまにくれるから。大抵鯛子さんが持って来るんだけど。


「そう言えば幽霊の服装、やっと季節に合って来たな」

『うん、そうだね』


 待てよ? ってことは幽霊は冬に死んだんじゃないのか? 嫌なこと思い出させちゃったかな。


『今日あたしの命日なの』

「は? え? クリスマス・イブが命日?」

『うん、そう』


 幽霊はあっけらかんとモンブランをつつきながら言った。あまりにも軽い調子で言うもんだから、一瞬、命日ってなんだっけってわかんなくなった。


『命日を祝ってケーキってのもいいよね。誕生日を祝うのもいいけど、命日だってアニバーサリーじゃん?』


 いやそこは記念日扱いしていいものかどうか、俺的にはすごく悩む。で、悩んだ結果、全力で否定したい。

 っていうか、この話題はもう触れないでおこう。触れちゃいけない話だ。と思う。


「あ、あのさ、クリスマスプレゼント、買って来たんだ」

『えー? あたしに?』

「気に入ってくれるかな」

『幽霊にプレゼントなんて初めて聞くよ!』

「俺だって初めてだよ」


 四角い大きな包みを幽霊の前に置くと、『凄ーい』って言いながら少しずつ包装紙を剥がしていく。

 なんとも不思議な光景だ。幽霊は包みを解いてるんだけど、実際は勝手にぺらぺらと剥がされて行ってる感じで。ポルターガイストでこんな細かい作業ができるんだから、コイツほんと器用だと思う。


『あはは、これ、あたしがやりたいって言ってたやつだ。覚えててくれたんだ』

「まあね」


 そりゃ覚えてるよ。『三途の川のお花畑に似てる』なんて、一度聞いたら忘れられないワードだろ。


「在庫無いって言われて取り寄せて貰ったんだ。八千ピースなんてめったに出ないらしいから。てかジグソーパズルに八千ピースがあることすら知らなかったけど」

『ありがと! こんないいもの貰っちゃったんだから、その分ちゃんと働くからね』

「いやいやいや、ご飯も作って貰ってるし、料理も教えて貰ってるし。仕事の手伝いだってして貰ってるし。こんなパズルくらいじゃ払いきれないほど働いて貰ってるから」


 って言ったら、幽霊のやつ急に神妙な顔になっておかしなことを言い出した。


『それって労働に対する対価としての報酬って言うこと?』


 ほえ? いや、いきなり難しい言葉使うなよ、何聞かれてるかわかんねーじゃん。


「えっと、ちょっと意味がわからんけど」

『働いた分に対しての給料かっていう質問』

「給料! そういう発想は無かったわー。単に、幽霊が喜びそうだなって思って」


 と、そこまで言ってから一瞬サァッと血の気が引いた。俺、やらかしてる?


「あ、もしかして単にプレゼントとかってキモい? 給料ですって言った方が気持ちよく受け取れる?」

『も~、何バカな事言ってんの、プレゼントの方が嬉しいに決まってんじゃん! 労働対価じゃなくて、普通に心からあたしにプレゼントしたいって思ってくれたってことでしょ?』

「うん。だからキモいって言われるかなって……」

『想ちゃん、大好き! あー、なんで幽霊ってキスできないのかなぁ? こういう時にチュッてできたらいいのになぁ』


 え! ちょっと何言いだすんだよお前!


 っていうかさ。

 俺の方からは触れることはできないけど、幽霊の方からはそれってできるんじゃないの? てかできるよね?

 でも、できないってことにしたいわけ?


 俺的にはその、別に、して貰ってもいいんだけど?

 つーかして欲しい……かな?

 って言わないとわかんないよね?

 でも言えるわけないじゃん?


 え、ちょっと待ってよ、何、俺、幽霊のこと好きなわけ?

 いやいやいやいやいや、幽霊だし。この世ならざるものだし。てか霊と恋愛とか無いし!


 てか、俺が何も反応しないのってなんか変じゃん。なにか反応しなきゃ! えーと、えーと、えーと……。


『あ、あたし、できるんじゃん!』


 は?

 っていう間に、ほっぺにキスされた。


 その先のことはよく覚えていない。後で聞いた話によると、俺は頭から湯気を出してぶっ倒れた、らしい。

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