第16話 お墓

 お盆も十六日を過ぎたら、幽霊はとっとと戻って来た。

 本来ならあの世へ帰るのだろう。だがアイツに関しては話が別だ。そもそも成仏していないのだから帰る場所はここしかない。

 まあ、アイツがいない間ちょっと寂しかった俺としては、帰って来てくれてかなりうれしかったのは事実なんだが、『あたしがいなくて寂しかった?』なんて言われたのが悔しかったんで、そこんところは「別に」と涼しい顔で隠しておくことにした。

 『田舎のお土産が無くて悪いんだけど』なんて恐縮していたが、幽霊が土産持参で帰って来るって逆に怖いし。


 幽霊はしばらく俺のベッドに腰掛けてくつろいでいたが、『コーヒー淹れるね~』とキッチンに立った。その直後『えー! ウソ何これー!』と叫び出した。いちいち騒々しいというか落ち着きのない幽霊だ。


『ちょっとちょっと想ちゃん! このカップ、買ったの?』

「んあ?」


 幽霊が両手に持ったマグカップを見て思い出した。一昨日ショッピングモールに立ち寄って、幽霊の気に入っていたうさぎとおばけのマグカップを見かけたんだ。見つけたら買っておくと約束したんで、そのまま買って帰って来たんだった。


「幽霊、どっち使う?」

『うさぎの方!』

「あー良かった。俺おばけ気に入ってんだ」

『おばけ気に入ってるって、いい響き!』


 『小場家』じゃなくて『おばけ』な! とツッコミ入れようとして、わざわざ否定するような事でもないか、と思い直す。なんか俺、コイツのセリフにいちいち過剰反応し過ぎてるよな。


『乾杯しようよ』

「何に?」

『君の瞳に』

「どこでそんな言葉覚えてくんだよ」

『映画のセリフじゃん。いいから仲良しマグカップに乾杯!』


 俺たちはお盆明けのクソ暑い日に、ホットコーヒーで乾杯した。うさぎのマグに入った黒い液体は減ることはなかったが、彼女は美味しそうに飲んでいた。


「なんかさ、幽霊見てると、今からでも生き返らせたくなるな」

『タイムマシンでも作らないと無理だけどね』

「お前、もっと生きて、もっとこんなふうに仲間と楽しくやりたかったんだろうな。もっとオシャレして、もっと遊びまわって、もっと仕事して。ごめんな、俺、タイムマシン作れるほど賢くなくて」

『大丈夫、想ちゃんにそんなこと期待してないし』


 いや、少しくらいしろよ。てか、そこフォローするとこだろ。


『あたしは想ちゃんがここに住んでくれただけで幸せだよ。みんな出てっちゃうんだもん。誰もあたしの相手してくれなくてさ。まあ、幽霊だから仕方ないんだけどね』


 それって寂しいよな。


『でも想ちゃんは違った。ちゃんと幽霊のあたしを認めてくれた。部屋出て行かなかった』


 いや、それは家賃一年分前払いしたからね。


『だから想ちゃん、長生きしてね』

「ちょっと待て、俺はずっとここに住むのが大前提なのかよ」

『もうそれで良くない?』

「良くねー……まあいいか」


 俺、一生結婚できないような気がしてきた。


***


 翌日、会社で幽霊の手作り弁当を広げていると、俺のデスクに後輩の田島たじまさんがやって来た。俺の二つ年下の女の子だ。

 黙っていれば可愛らしいが、高い声の幽霊と違って、この子は低く落ちついた声を出す。そして見た目によらずサバサバした雰囲気をまとっている。


 なんでも市のゆるキャラを作るとかで、その担当になってしまったらしい。

 ゆるキャラとなれば、来年の市政五十周年イベントにも活躍して貰うことになるから、俺も他人事ではない。


「それでいろいろデザイン考えたんですけど、可愛いだけでイマイチこう刺さって来るものがないんですよね」


 田島さんは中学高校と美術部だったらしく、市の広報誌にもちょっとしたイラストやカットなどを描いている。その手腕を見込まれて、ゆるキャラデザインの担当になったのだろう。

 だが、見せて貰ったデザインはどれもこれも可愛らしく親しみの持てるものではあるが、これと言って印象に残るようなものがない。

 確かに絵が上手いだけでできる仕事ではなさそうだ。


「外に発注するわけにはいかないの?」

「今、予算カツカツなんですよ。だからわたしに回って来たんです。デザイナーに頼むとそれなりにかかりますから」


 まあ、そうだよな。だから来年のイベント、俺に全部回って来たんだし。イベント企画会社に任せたら簡単なのに。


「お忙しいと思いますけど、ちょっと頭の片隅に置いといてもらえませんか? それでどんな小っちゃい事でもいいんで、何か思いついたら提案お願いしたいんですよ」

「ああ、わかった。覚えとく」


 そう言ったら安心したのか、田島さんは俺の弁当を覗き込んで「おお~」と驚きの声を上げた。


「それより羽鷺さん、お弁当ゴージャスですね。自分で作ってるって聞きましたよ。いつでも嫁に行けますね!」

「なんで俺が嫁なのよ」

「いいじゃないですか。わたしの嫁になりませんか? わたし、家事全然できないから」


 田島さんの嫁かぁ、悪くないな。って何考えてんだ、俺。


「あはは、俺にいつまでも嫁さんが来てくれなかったら頼むわ」

「指輪持って迎えに来ます。じゃ、わたし午後一会議なんで失礼します」

「ああ、何か案が浮かんだら報告するよ」

「お願いしまーす」


 田島さんはぺこりと頭を下げるとポニーテイルを揺らして行ってしまった。ブルーグレイのスカートの裾が揺れて可愛らしい。

 幽霊もあんなスカート履いたら可愛いだろうな。いつもの真っ黒スーツは、カチッとしたジャケットにカチッとしたタイトスカートだからなぁ。


 ってなんで職場で幽霊のことなんか考えてんだよ。あ、でも案外、幽霊の方がスゲエ案を思いついたりして。

 家に帰ったら幽霊に相談してみるか。アイツとんでもない事言いだしそうだから、結構期待できるかもな。


 まさか、その思い付きがあの展開になるとは、そのとき俺は全く予想だにしていなかったのだ。

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