第15話 油揚げ

 それからの幽霊は、幽霊らしからぬというか、生きてる人間よりも積極的に活動し始めたと思う。

 会話ができる相手がいるという喜びに加え、本を読んだり、ご飯を作ったり、そういう日常的な事を楽しむ余裕が出て来たらしいのだ。


 そのお陰で暇さえあれば掃除や洗濯もしてくれるようになったんで、今まで百パーセント俺がやってた家事も半分くらいに減った。

 かと言って全部家事を押し付けちゃうのはやっぱりなんか違う気がしたんで、できる限り自分でやるようにして、忙しすぎて手が回らない時に幽霊にやって貰うように考えた。


 その辺は俺が何も言わなくても幽霊の方で感じ取ってくれて、サポートに回ってくれるようになった。きっと俺が「一人暮らしを満喫したい」って言ってたのを覚えていたんだろう。 なかなかに配慮のできる幽霊だ。幽霊にしておくのは勿体ない。


 とは言え、さすがに買い物やゴミ出しは幽霊にはできない。いや、物理的にはできるんだが、目撃した人が腰を抜かすといけないんで、それはしないという意味だ。

 だから、買い物は必ず二人一緒に出掛ける。そして幽霊は俺の横で『厚揚げ買おうよ、安いよ』とか『キャベツはこっちの方がいいよ』とかいろいろ言って来る。彼女の頭の中にはきっと何か安上がりに出来上がる簡単おかずのヴィジョンがあるんだろう。


 サブスクで映画を一緒に見たり、夜中に二人でチェスをしたり、一緒にポテトチップスをつまみながらおしゃべりしたり、なんかこんな生活してるとカノジョと同棲してる気分になって来る。唯一できないのはウェットな関係(?)になることくらいだ。

 なにしろ彼女は真夏だろうが何だろうが真っ黒スーツに八十デニール(覚えた)のタイツを履いたまま。そして俺は幽霊に触れることもできない。てか幽霊に欲情するってのがまず無い。あったらそれはそれで俺がかなりヤバい奴だと思う。


 なんとなく幽霊とは『同居人以上恋人未満』みたいないい感じの付き合いを続けて行けそうだなと思っていた。


***


 お盆になって彼女は実家に帰ると言いだした。まあそうだよね。お盆だし。実家のご両親もキュウリに割り箸刺して幽霊の帰りを待ってるよね。


 だけどこれが俺にとって思いがけない時間になった。俺はお役所仕事だからお盆休みというのが存在しないのだ。

 いつものように朝から職場に向かい、仕事を定時で終えてさっさと帰って来る。帰って来ても『おかえり~』の声はしないし、ご飯も作ってない。自分で炊かなきゃならない。

 自分で風呂洗ってお湯張って……ってするのがめんどくさくて、シャワーで済ませてしまったりする。こうやって男の一人暮らしは堕落していくんだな。


 ご飯を炊いたはいいが、おかずどうしよう。アイツ、いつもどんなの作ってたかな。なんかその場にある物使って、テキトーに作ってる感じだったけど。

 冷蔵庫を開けると油揚げとシュレッドチーズ、ネギ、牛乳、納豆……どうしろと。

 これは創作料理にチャレンジか。


 俺は油揚げをテキトーに切ってアルミホイルに並べ、醤油をさっと回しかけた。これで焼けばいいやと思ったが、そこにマヨネーズをかけてチーズを乗せた。どうにでもなれとばかりに、ネギも刻んで乗せてみた。

 これをオーブントースターに入れて、あとは運を天に任せる。


 焼いてる五分間の時間を使って、風呂掃除をする。いくらシャワーしか使っていなくても、さすがに掃除しないのはヤバい。ササっと掃除を終わらせて戻ってみると、ちょうどトースターが出来上がりの『チーン』という音を鳴らした。ナイスタイミング!


 恐る恐るトースターを開けてみる。チーズがいい具合に溶けて、醤油のちょっと焦げた香りが俺の鼻腔をグーでぶん殴って来る。それと同時に口の中でトレビの泉の如く唾が湧いて出る。

 匂いだけは二百点だ。あとは味だな。

 ご飯を茶碗によそって、トースターの中身をアルミホイルごと皿に乗せる。今日の味噌汁はインスタントだが、一人の時は『非常時』という事でいいだろう。


「いただきまーす」


 なんとなく口を突いて出た。幽霊と一緒にご飯を食べるようになってから「いただきます」って言うようになった。それがもう癖になってる。まだアイツと一緒に暮らし始めてから、たったの三カ月半なのに。

 俺、結構アイツに感化されてるかもしんない。そして『召し上がれ~』って言うあの脳天気な声が無いのがちょっと寂しい。


 なんて思いながら、恐る恐る油揚げを口にして……旨めえ! なにこれアホみたいに旨めえ! 醤油と油揚げが合うのはわかってた、ネギもだ。だけどチーズとマヨネーズがこんなに油揚げに合うとは!

 そうか、料理ってこうやって少しずついろんな無茶やって、美味しかったりマズかったりしてだんだん上手になっていくんだ。作り方なんか決まってるわけじゃなくて、こうして貧乏人は安い食材で工夫して生活するんだ。

 これこそ貧乏一人暮らしの極意! アイツもこうやって少しずつ貧乏飯をコンプリートして行ったんだ。


 俺はあいつに大切なことを教わったんだ。貧乏人の貧乏人による貧乏人のための貧乏飯のチャレンジ精神! よし、明日から頑張ろう!


 ……とりあえず今日はこれで飯食おう。明日もこの情熱が冷めていないといいな。

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