第14話 弁当

 翌朝、俺が気がかりな夢からふと目を覚ますと、自分がベッドで巨大な毒虫に変わっていることに気がついたりするわけがねえだろう!

 なんだかなぁ、幽霊に感化されて読書するようになっちゃったもんだから、脳内ボケとセルフツッコミが世界名作劇場になってるよ。


 そうじゃなくて、俺が目を覚ますと、お味噌汁のいい匂いがしてたんだよ。すげー幸せなんだよ。


『あ、おはよー想ちゃん。ご飯できたよー』

「ねえ、これ一体何のサービス?」

『だから気が向いた時にご飯作ってあげるって言ったじゃん。今日は気が向いたの。だからお弁当もあるよ』

「うっそ、マジで?」


 ニッコニコでテーブルにご飯とお味噌汁を並べてくれるんだが、これはいくらなんでもヤバい。男子は胃袋を掴んだもんが勝ちだなんて言ってる奴いるけど、そんなに男子は単純じゃねえんだよ……って思ってたの撤回するわ。胃袋掴まれたわ。いや、まだ鼻腔だけか。鼻腔素手で掴んだら鼻血出そうだな。


『乾物買っといて正解だったでしょ? こうしてサクッとわかめの味噌汁できちゃうからね。あとは卵焼きときんぴらごぼうしか作ってないけど。きんぴらごぼうは冷蔵庫で少し日持ちするから、いっぱい作っといたよ。あ、言っとくけど、お弁当もおかず同じだからね』

「いやもう、十分でございます」


 確かに弁当にもきんぴらごぼうと卵焼きと、あとはプチトマトとチーズを隙間に突っ込んで、ご飯の上に漬物と梅干しを乗っけてあるだけだ。

 だけど、俺的にはこれで十分過ぎる。もう、毎日これでもいい。どう考えても俺が作ったら、白いご飯にたくあんと梅干しだけだ。それに比べたら、超高級弁当だよ!


 俺は自分の持ちうる限りの語彙をフル稼働して全力で朝飯と弁当のお礼を言い、その日は最高の気分で職場に向かった。

 おいおいおい、手作り弁当だぜ、参ったなぁ、わはははー。


 午前中ニヤニヤが隠しきれずに、先輩に「なんかいいことあったのか?」なんて聞かれたりしたけど、まあ、言えるはずもなく。

 昼休みに愛妻弁当を広げる先輩と一緒に、俺も弁当を広げてみたわけだ。地味に人生初の勝ち組に仲間入りした気分だ。ってちっちぇーな、俺。


羽鷺うさぎ、その弁当どうしたの? まさかカノジョ?」

「えへへへ、そうじゃないんですけどね」

「そうじゃないって言いながら、すっげ顔、嬉しそうなんだけど」

「そうですか? えへへへ」

「えへへへって……誰に作って貰ったんだよ」


 幽霊です、と言えるわけもねーし。無断で幽霊をカノジョって事にしちゃうのも悪いし。

 それに先輩の奥さんのと比べると、やっぱりちょっと貧相なのは否めない。ここは幽霊の名誉にかけて、俺が自分で作ったことにしておいた方が良さそうだ。


「自分で作ったんですよ。自炊始めたから、練習に」

「ああ、ついに自炊始めたんだ。ところで幽霊が出るとか言ってたけど、どうした?」


 あ、そうだ、先輩が部屋の片付け手伝おうかって言ってくれた時、俺「幽霊出ます」って言っちゃったんだ。


「まあ、出るには出ますけど、今んとこ大丈夫です」

「なあ……もしアレだったら、俺の知り合いのお寺さんが除霊とかやってくれるみたいだから、頼んでやろうか?」


 除霊! 除霊ってことは、幽霊をあの世に強制送還するってことだよな?

 待ってよ、それは困る。ご飯とか弁当とか、作ってくれる人居なくなるじゃん。……って俺も酷いな、幽霊を家政婦か何かと勘違いしてるような発言だなこれ。幽霊の人権を完全に無視した発言だ。すまん、幽霊。


「いや! 全然大丈夫です! 幽霊とはうまくやってますから。そこは問題ないです。害の無い幽霊なんで」

「そ、そうなんだ。羽鷺って案外順応性あるんだな。もしかしてO型?」

「いや、B型ですけど」


 俺の血液型を当てたやつは今まで一人としていない。


***


 家に帰ると、幽霊の『おかえり~』の脳天気な声と共に、またもや俺の胃袋を鷲掴みにするいい匂いが部屋に漂っていた。

 てか何なの、この幸せな部屋。

 ドアを開けると同時に鼻腔の奥にまで攻撃的に侵入してくるごま油の芳しい香り! 『おかえり』の声、しかも女の子。幽霊だけど!

 これでエプロンなんかしてたら今すぐ俺の方が昇天できるんだが、残念ながら彼女の服装はいつだって真っ黒スーツに八十デニールタイツだし、昇天すべきは俺じゃなくて彼女の方なのだ。


「なんか俺、幽霊さえいれば結婚しなくていいって気分になって来るわ」

『何それプロポーズ?』

「んなわけねーだろ。お前の思考回路どうなってんだよ」

『だよね』


 って言いながら、地味に声沈ませるのヤメロ。

 俺が手を洗いにバスルームへ向かうと幽霊がついて来た。その姿はまさに背後霊の如し。


『てかそれって、あたし、家政婦にされてる?』

「むしろ俺が話し相手にされてるよな?」

『うん、それ認める』


 いや、素直すぎだろ。突っ込む気力すら失せるわ。


「まあ俺も認めるけど」

『ギブ・アンド・テイクだよね。今んとこ』

「いや待て、今んとこってなんだよ、今んとこって」

『どうなるかわからないでしょ? 今んとこドライな関係だけど、いつウェットな関係になるか』

「ウェットな関係ってどんな関係だよ」

『う~ん、カラダの関係とか?』

「なるわけねーだろ、ってか、なりようがねえだろ」

『冗談だってば』


 だよな。俺、何ガチになってんだよ。

 まだ湯気の立っている出来立てのご飯の匂いに、胃袋をぎゅうぎゅうと絞られる。腹減りすぎて胃が痛い。


「そもそもその真っ黒スーツ脱げないんだろ?」

『脱いで欲しかった?』

「そうじゃなくて」

『あ、そっか、脱がせたかったんだ』

「違うし!」


 なぜそうなる。


「いただきまーす」

『あたしを?』

「ご飯!」

『あたし、こう見えても脱いだらすごいんだからね』

「脱げないと思ってテキトーな事言ってんだろ」

『うん』


 認めるしなぁ。てかそもそも俺は彼女に触ることすらできないんだからさ。セクハラすらできないわけだしさ。

 

「てかうめえ! すげえうめえ! 俺、幽霊に飯作って貰ってモヤシ好きになったわ、マジで」

『モヤシって偉大でしょ? 一袋十五円だよ! そこに一束百円の小松菜半分で五十円、人参三本で九十円を二分の一本で十五円、五本入って百円の竹輪を一本で二十円。つまりこれは一皿百円のおかずなの!』


 なんだかわからんけど凄い力説だ。半分テキトーに聞き流していたものの、これが一皿百円というのはかなり驚きだぞ。


『お味噌汁は朝のやつが残ってるから、それでいいでしょ?』

「もちろんです!」

『感激した?』

「うん。幽霊、すげえ生活上手だな。なんでカレシいなかったの?」

『フラれたから』


 いや、明るく言うなよ。


『あたしがこういうことを言うからビンボー臭くてやだって言われた。てか、付き合う人みんなに言われた』

「え? いいじゃん、財布の紐しっかり握って無駄遣いしなくて、つつましやかな生活するって最高じゃん。幽霊フッた男たちってバカなんじゃねえの?」

『想ちゃん、あたしと結婚したいとか思う?』

「生きてたらマジで考えたかもしんねーわ」


 うん、ちょっとマジで。

 でもそう言ったら、幽霊のやつ『あー』って叫んでバンザイしたまま後ろにひっくり返った。


『惜しいことした! でも死んじゃったんだよねー、あたし』

「しょーがねえよな、死人だし」


 とは言ったけど。俺も惜しいことしたって思った。


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