第13話 可愛いし
来たよ。ショッピングモール。
いや、俺はホームセンターとかで良かったんだよ。だけどさ……。
『想ちゃん、ショッピングモール行こう! 可愛いお弁当箱いっぱいあると思うんだ』
「いや、俺あったかいのがいいし、ランチジャーがいいかな」
『ショッピングモールにだってランチジャーあるから、ね?』
簡単に言うとあれだ、ショッピングを楽しみたいというやつだ。それで俺は貴重な休日を幽霊の為に割いて、お買い物に付き合っているわけだ。
とは言っても、彼女に言わせれば『想ちゃんのお弁当箱を買いに行くのに、あたしが付き合ってあげるんだからね』という事らしいが。そこはこれからお弁当を作って貰うかもしれない身としては、言いたいことがどれだけたくさんあろうとも、グッと我慢して飲み込むところだ。
お弁当箱を見に行く気があるのかないのか、ちょっと歩くといきなり俺の腕に絡みついてきて、その都度俺は足を止めなければならなくなる。
しかも幽霊のホールド力はなかなかにバカにできない。ガシッと腕を掴まれるとそこから一歩も進めなくなる。
普通、女の子に腕に絡みつかれたら、自分の意志で歩みを止めるもんじゃん? そういうのじゃないわけよ。もう金縛りみたいになるわけ。きっと世間で言うところの金縛りってこれだよ。もう絶対これ!
それで、あのイヤリングが可愛いだとか、このネックレス似合いそうだと思わないかとか……もう死んでるから今更そんなオシャレとかできないことくらいわかってるはずなのに、なんだかいろいろ意見を求められたりして。
俺はコイツと喋ってるだけで、フツーの声ではっきりと独り言言ってるヤバい兄ちゃんみたいに見える訳なんで、周りの視線の痛い事と言ったらない。
それでも気分だけでも楽しみたいのか、『ねえねえ、想ちゃん、これ可愛くない?』『どっちが似合うと思う?』って聞いてくる。ぶっちゃけそんなの俺にはわかんねーから「こっちが似合うんじゃね?」とかテキトーに返事をしてるわけなんだけど。
しまいにはジグソーパズル見て『ねえねえ、このお花畑見て! 三途の川のお花畑ってこんな感じなんだよ、綺麗でしょ? あたしこういうところ大好き』とか言い出す始末。
三途の川が好きとか言うヤツ初めて見たよ……っていうか、八千ピースのジグソーパズルなんてあるんだ! それがまず驚きだよ。
「てかさ、買い物は俺がいないとできないから一緒に出歩くのはわからなくもないんだけどさ、ウィンドウショッピングなら俺いなくても良くね?」
なんてご尤もすぎる正論を吐いたりすると、めちゃくちゃ寂しそうな眼をして『だって、一人で見ててもつまんないんだもん。おしゃべりに付き合ってくれる人がいないと寂しいじゃん』とか言うし。
要は誰かとおしゃべりしながらダラダラと眺めたいんだ。まあ、そういう年頃だよな。こいつずっと二十代のままなんだから。
でもそういうのって、彼氏とかに言って貰いたいもんじゃね? 何も俺でなくてもいいじゃん。それとか女の子同士で、それこそ鯛子さんと一緒にとか?
なんて言えようはずもなく、立場の弱い俺としては幽霊の行きたいところについて行っては「似合うよ~」って言わなきゃならないらしい。早く弁当箱買って帰りたい……。
お昼になって俺が「腹減った」って訴えたら、幽霊のやつ、やっと思い出したのか、『お弁当箱買わなきゃ』とか言い出した。
それこそ弁当箱買うのなんかほんの五分で終わっちゃって、それ以外に二時間もかけたのかよって感じだけど、とりあえず買うもの買ったし今日の仕事は終わりだ。あとは食材を少し買って帰ればそれで終了、ゆっくりできる。
家に帰ると、幽霊が『想ちゃん、すごく楽しかったよ。ありがとう』って満面の笑顔で言うんだよ。そんな顔されたらまた連れて行かなきゃならんかとか考えちゃうじゃん。あー、俺、流されやすいにもほどがあるわ……。
なんかげっそり疲れて、ベッドの上でごろごろしながらスマホ弄ってたら、幽霊がボソッと言うのが聞こえたんだ。
『あの雑貨屋さんにあったお揃いのマグカップ、可愛かったな』
「え? マグカップ?」
『うさぎとおばけのお揃いのやつ』
ああ、言われてみればそんなのがあったな。『可愛い』というより『ブス可愛い』みたいなやつ。ぼへっとしたマヌケ顔が愛嬌があったんだ。
『あたしたちみたいじゃない? うさぎとおばけ』
まあ、確かに羽鷺と小場家だからな。
「あれ、気に入ったの?」
『うん、可愛かった』
「じゃあ、あれ、今度仕事帰りに見かけたら買ってやるよ」
なんとなく口を突いて出た。まあ、二つ買っても二千円しないだろうから、それくらいはいいか。
『え、いいよ。想ちゃん経費節約してるんだから、余計なもの買えないでしょ?』
なんでここで遠慮するかな? 遠慮のしどころがいつもビミョーにズレてるよな。
「いや、ご飯とか弁当とか作って貰うし。それくらいはサービスしとかないと」
『そんなサービスして貰わなくても、ちゃんと作るよ。どうせ気が向いた時しか作らないし』
「なに、要らんの?」
って言ったら、なんだかモジモジして自分のスーツの袖口を引っ張ったりし始めた。
『……欲しい』
え、ちょっと何それ、可愛いんだけど、何そのリアクション。幽霊のくせに、なんかメチャメチャ俺の萌えポイントにボスッとはまったんだけど。
幽霊に萌えを見出すようになった俺、人間としてかなり末期かもしれない。何がどう末期なのか知らんけど。
「なんかさ、幽霊、それ可愛いね」
って、何言ってんだ俺ーーーー!
『え? マジで? ほんと? あたし幽霊になるまで言われたこと無いよー。すっごい嬉しい! ヒャッハー!』
いや、そこは『えっ……』って照れて俯いたりして欲しかったんだけど。なんなのこのテンション。マジで死人なの?
『良かった、幽霊になって! 生きてたら絶対言われること無かったもんね!』
「なんかごめん、さっきの撤回するわ……」
『えー! せっかく可愛いって言ってくれたのに、それ撤回って酷くない?』
「いや、どうせなら幽霊になってからじゃなくて、生きてる時に言われた方が良かっただろ?」
あ、今のはマズかったか……もうこの人は『生きてる状態』でそう言われることは無かったんだ。どれだけ嘆いても死者から戻ることはできないんだった。
「あ、いや、ええと、その、幽霊が生きてるうちに会いたかったなって。そしたらきっと俺も『幽霊』とは呼ばずに小場家さんとか呼んでたかも?」
『えー、今から呼んでもいいよ。玲子って呼んでもいいし!』
いや、それはあかんやつやろ。
「もう『幽霊』で慣れちゃったしな」
『なーんだ、玲子って呼んで欲しかったのに』
そんな呼び方できる訳ねーだろ! と心の中で突っ込みながら、なぜか照れてるのを悟られないように必死で隠す自分に、ちょっと苦笑いした。
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