第12話 どんぶりいっぱい
『想ちゃん、どう? 少しは具合良くなった?』
と優しく声をかけてくれるのは、相変わらず生身ではない女の子。幽霊の玲子だ。いや、その玲子って名前も昨日知ったばかりなんだが。
「腹減った……」
『ずっと経口補水液とカロリーゼリーだけだったもんね。お粥なら食べられそう?』
心配そうに覗き込むその顔は、はっきり言って幽霊には見えない。健康そのもののフツーの女の子だ。てか、
「うん、食べられそう。でもお粥作る元気がない。そんなことで鯛子さん呼ぶのも気が引ける」
『なんだ、食欲出たなら大丈夫だよ。あたしがお粥作ってあげるから』
「は?」
今なんつった? あたしがお粥作ってあげるって言ったか? って聞く間もなく、幽霊はキッチンに立って鍋に水を入れ始めた。
『人んちの台所だしさ、勝手に作っちゃ悪いかと思って遠慮してたんだけど、そういう事ならお粥くらい作ってもいいよね?』
「いやいやいや、普段から作って貰っても全然おっけーなんだけど。てかその方が俄然ありがたいんだけど」
『え? そうなの? 想ちゃん、一人暮らしを満喫したいって言ってたから、自分で作れるようになりたいのかと思ってた。あたし、お料理全然得意じゃないけど、一人暮らししてたからちょっとくらいは作れるし、なんならこれからもちょっと作ったりしてもいい?』
何、ちょっと、なんで今までそれ言ってくれなかったの!
「いやむしろこちらからお願いします」
『やった! お菓子とかも作っていい?』
「あーもう全然おっけーです。レンジ、オーブン機能付いてたよね?」
『うん!』
なんかめっちゃ嬉しそうなんだけど、その前にちゃんとお粥作ってくれるのかなぁ? 先にケーキとか焼くなよ?
それから五分としないうちに幽霊が枕元にやって来た。きっとご先祖様の霊が枕元に立つのってこんな感じなんだろう。
いや、違うような気もするな。こんな元気なご先祖様とか、ちょっと想像できない。
『想ちゃん、お粥できたよ。あーんしてあげようか?』
「いやそこまでしなくていい、自分で食べれるし」
ベッドから抜け出すと、どんぶりにいっぱいのお粥がよそってあった。
「お茶碗じゃないわけ?」
『お粥って水分多いし、お茶碗だとすぐにお腹減っちゃうでしょ。だからどんぶりいっぱい食べた方がいいと思うのよね』
まあ、確かに一理ある。ここは素直にどんぶりで食べよう。てか、なんかちょっと仄かに茶色っぽい?
『あのね、出汁入れたの。でね、ここに梅干し入れて食べると超絶おいしいんだから。塩昆布でも美味しいよ』
ごちゃごちゃ言いながら梅干しと塩昆布を出してくる。何これ夫婦? なんか夫婦っぽいじゃん。幽霊と夫婦ごっこ。ありえねー。けど、悪くない。
「なあ、幽霊って鯛子さんと知り合いなの?」
言いながらお粥を口に運んで死にかけた。俺は猫舌だったのだ。
幽霊は上機嫌で俺の正面に座ると、テーブルに頬杖をついた。
『知り合いって言うか、ここに入居してたときから秋谷さんのおじさんとおばさんにはいろいろお世話になってたって言ったでしょ? それでよく鯛ちゃんがおじさんたちの代わりにお使い頼まれて来てたの。お饅頭貰ったからお裾分け~とか、そういうの持って来てくれたから。鯛ちゃんとあたし、同い年だから』
とか言いながら、幽霊は不動産屋のおばちゃんから貰った羊羹を食べ始めた。まあ、減らないんだけど。
「え? じゃあ俺も同い年?」
『まさか。あたしが享年二十九ってだけで、死んでから三年経ってるから』
「じゃあ、鯛子さんは三十二歳?」
『そうだね』
何これマジ美味しいんだけど。出汁入れたって言ったよな? 粉末の化学調味料みたいなアレだよな? 今度俺も入れてみよう。梅干しもめっちゃ合うし。
『鯛ちゃんは郵便局の角のとこにある調剤薬局で薬剤師やってるの。だからお薬のことは鯛ちゃんに聞けばすぐにわかるんだ。あたしが霊になってからは一度も話したこと無いけど、想ちゃんのお陰で自動書記っていう手段があることに気付いて良かった! ありがとね、想ちゃん』
うーん、それは「熱出してくれてありがとう」ってことか? なんかビミョーに素直に喜べないんだが。
『ね、熱下がったらさ、お弁当箱買って来ない? 想ちゃん貧乏なんだから社員食堂とかじゃなくてお弁当持って行ったらいいと思うんだ』
「夕飯作るのもめんどくさいのに、お弁当なんて冗談じゃねえよ」
『あたしが作るから。なんかね、暇なんだよね、幽霊って。やること無いし、成仏はできないし。想ちゃんが借りて来てくれた本もすぐに読み終わっちゃうし。ホントは仕事したいけどそうはいかないから、せめてお料理でもして気を紛らわせたいのよね』
「マジすか」
『うん。でも気が向いた時だけだよ』
この人、マジで神だわ、仏だわ。いや成仏してないけど。
それから俺は幽霊の作るお粥を食べてあっさりと元気になってしまった。あったかくておいしいご飯と、暇を持て余した幽霊の力の偉大さを思い知ったのだ。
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