第9話 一人ビール
信じられん。いきなり職場で異動になった。
理由は簡単だ。一人どうしても実家の都合で仕事を辞めなきゃならない人が出て、その人の後釜として放り込まれたのが俺だったというわけだ。
でもさ、ほら、人には得意不得意ってあるわけじゃん? 俺みたいに想像力も創造力も無いような奴を配属するには、あまりにもチャレンジャーすぎる部署だったわけよ。
だって、企画課だよ? この俺が。総合企画部、企画課、各種イベントを企画立案する部署だよ? そんなもん、この俺ができるわけないじゃん。
この職場に来て初めて仕事辞めたいと思ったわ!
俺が落ち込んでると幽霊のやつが心配するから、迂闊に家でも落ち込めねえ。頼むよ、俺に心地良く落ち込ませてくれよ。
とにかく俺は心配されるのもやだし、極力顔に出さないようにした。
なのに、だ。こいつ変なところで勘が鋭い。
『想ちゃん、最近職場で何かあった?』
「え、別に」
『部署変わった?』
「え? な、なんで?」
『最近検索かけるワードがちょっと変わったから』
そういうとこ観察すんなよ……。
「もしかして俺がパソコン見てる時って、地味に一緒に覗いてたりするわけ?」
『うん、もちろん。他に楽しみも無いし。ちゃんとアダルトコンテンツにアクセス制限かけといてあげたよ』
いや、そこは全然ありがたくないから。
『想ちゃんって、もしかして市役所の職員?』
「うん、そうだけど」
『しかも、市のイベント企画担当だ』
「当たり」
『へーえ、楽しそうじゃん、そういうの考えんの』
「楽しくない。少なくとも、俺は全然楽しくない」
『あたしが一緒に考えてあげるよ。あたし、割とそういうの得意』
他人事だと思って簡単に言ってくれるよなぁ。でも、いないよりはマシか。
「来年、市政五十周年を迎えるんだ。その区切りの年で五十周年イベントをたくさん企画するんだけどさ、その企画担当者の親が認知症になって介護が必要になったらしいんだよね。それでその人急遽退職しちゃって、なんか知らんけど俺んとこに回って来たっぽい。なんで俺なのかは不明だが」
『ふーん』
「俺ってつくづく貧乏くじ引く運命なんだよな」
『いーや、想ちゃんはラッキーだよ。運命の女神は想ちゃんに微笑んだ!』
「運命の女神なんかどこにいるんだよ」
『想ちゃんの目の前!』
こういう図々しいことを平気で抜かしやがる……。
『ね、あたしにも一緒に考えさせてよ。絶対あたしと組んで良かったって思わせてあげるから』
幽霊と組むなんて前代未聞だよ。しかもなんでそんなに生き生きとしてんだよ、死人のくせに。
『想ちゃんみたいな人って初めてだから言うけどさ……』
ん? 今度はなんだよ。ってか俺のコーヒー勝手に飲むなよ。減らないからいいけど。
『ほら、あたしがいつまでも成仏しないもんだから、こうしてこの部屋、いつまでも借り手がつかなくってさ。想ちゃんが来るまで、ほんと一週間と住んでた人って居ないのね。だから
「秋谷さん? 誰?」
『ああ、鶴亀不動産のご夫婦。秋谷さんていうの』
鶴亀不動産って、あのオヤジとどら焼きのおばちゃんか。
『秋谷さんね、秋谷不動産って名前だったんだけど、空き家が多くて。きっと名前が悪いんだよ、変えなよってあたしが言ったの。それで夫婦の名前が秋谷
「まあ、たしかにおめでたい感じはするわな。っていうか、出会うべくして出会った二人って感じだな!」
『そうそう、これは運命! あたしと想ちゃんみたいにね』
いや、そこは断固違うと言いたいが。
『あたし秋谷さん夫婦に凄くいろいろ面倒見てもらったの。トイレがつまった時も助けて貰ったし、お財布失くしたときもカード止めとけって助言してくれて、数日間の生活費も貸してくれたし。たまにお客さんに貰ったお饅頭とか分けてくれたしね』
それなら俺もどら焼き貰ったけどな。
『あたしのせいで事故物件になっちゃって、この部屋ずっと借り手がつかなくて秋谷さんに迷惑かけたでしょ。だから想ちゃんが住み続けてくれると秋谷さんの役にも立てるから、だからあたしは想ちゃんがここに住み続けたくなるようにしたいのよね』
つまりそれは俺のためじゃなくて、鶴亀不動産のオヤジとおばちゃんのためか? いや、この際誰のためとかはどうでもいいか。本当に俺の役に立ってくれるなら、誰のためだろうがそんなことは些細な事だ。
『それで、何を企画するの?』
それが即答できたら苦労はしない。
***
それから数日して、出張になった。姉妹都市のイベントにこちらの市の職員として派遣されたわけだ。
この部屋に引っ越してきてから初めての出張だ。数日間家を空けることになるが、幽霊が留守番していてくれるし、そもそも泥棒が持って行くようなものは何も無い。安心して部屋を空けられる。
そんなわけで部屋のことは幽霊に任せて出てきたわけだけど……。
仕事の方は特に面倒なことも無く、先方の職員もいろいろ気を使ってくれてそれなりに楽しく仕事ができた。イベントが終了してから担当者が打ち上げに誘ってくれて、そこの観光地や名物料理を紹介して貰った。
なにげに俺のこれからの仕事に役立つ情報をわんさかもらった感じで、お土産まで持たされて大満足だったんだが、ホテルに戻ってみると何かが物足りない。
何かを忘れているような気がした。なんだっけ? 大事な仕事あったっけ?
風呂から上がって、ビジネスホテルの窓に引いてあるカーテンを開ける。結構な上層階で、この街が一望できてしまう。
「俺の部屋とは大違いだな」
無意識に独り言ちて、ハッと気づいた。独り言。そうだ、独り言だ。
自分の家に居たら話し相手がいるんだ。幽霊だけど。
確かにちょっと過干渉なきらいもあるが、全く話し相手がいないとなると、これはこれでなんだか寂しいな。
っておい、寂しいってなんだよ。幽霊でもいないよりはマシってか? 枯れ木も山の賑わい系? いやいやいや、アイツは煩すぎだ。遠慮ってもんが無い。
……でも。
一人で街の景色を眺めながら飲むビールは、やっぱり少し味気なく感じた。
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