第6話 ご飯の匂い

 今朝はぶっ飛ぶほど心地の良い目覚めだ。

 だってさ、ご飯だぞ。ご飯の炊ける匂いってわかるか。あの匂いで起きるんだぞ。それだけで梅干しと焼き鮭と味付け海苔とだし巻き卵、そしてワカメの味噌汁がリアルに想像できちゃうんだぞ! 日本人に生まれて良かったー! って、想像だけだけどな。


 もちろんこれは俺が研いだ米だ。昨夜、夕食の後で幽霊に教えて貰ったんだ。

 水の量だってな、米と同じだけの量を入れるんだ。でもちゃんと炊飯器の内釜に線が引いてある。これで慣れてしまうと停電の時に鍋でご飯を炊くのに困るからってんで、水の量も教えてくれたんだ。

 うん、なかなかにいい幽霊だ。ちょっと俺の生活に介入しすぎるのが玉に瑕だけど。


 世間はゴールデンウィークだが、俺は特に遊ぶ相手もいないしすることも無いんで、一人暮らしを満喫しようと思っていたりしたわけだが……ウチには一人、同居がいる。

 炊き立てご飯にふりかけをかけて、フリーズドライの味噌汁を半分こして(結局全部俺が食べるんだけど)朝食が終わったら、またまた『買い物行こう』攻撃だ。

 いやいやいや、もう買い物終わったじゃん。洗剤買ったし。台所スポンジ買ったし。スパゲティも蕎麦もインスタントラーメンも買ったし。あと何が必要なのよ?


『あのね、想ちゃんが揃えたものって、ぶっちゃけ全部非常食なのね。野菜、買おうよ。お肉とか、お魚とか』

「待て待て、俺、まだそこまでできないから」

『だから想ちゃんでも五分で作れるヤツとか教えてあげるし。今の食生活だと、食物繊維と乳製品が極端に足りないじゃん』

「何それ、栄養学とかなんかそんなのやってたの?

『んなわけないじゃん、常識の範囲だよ』


 ほんとかな、それもしかして自分が食べたいだけとか?


「幽霊、何が好きなの?」

『ロールケーキ!』

「スイーツ聞いてねえし。ロールケーキ主食になんねーし」

『あたしはロールケーキ主食にしてもいいけどね。そうでなければ肉。ガッツリ肉! でもやっぱりバランスよく食べないとね。まあ、あたしは死んでるし、どうでもいいんだけどさ。想ちゃんは生きてるんだから、健康には気を使った方がいいよ』

「あんたこんなに食生活に気を使ってんのに、なんで死んだの?」


 ついうっかり口を突いて出た。幽霊に死因を聞くなんて、デリカシーに欠けるだろうか。


『まあ、いいじゃん。ちょっとうっかりしててさ。うっかりで死んでりゃ世話ないよねぇ。でもさ、彼氏もいなかったし、結婚の予定も無かったし、そういう意味では身軽な時に死んで良かったかもしんない』

「死んで良かったなんてことは無いよ。死んだ方がいい命なんて無いよ」

『え?』


 つい、マジになっちゃって、自分で焦った。幽霊もびっくりした顔でお皿持ったまま固まってる。


「あのさ、幽霊、お皿で食ってるの大変そうだし、幽霊用のお茶碗と箸も買って来ようよ」


 話題の変え方が少々強引で前後が全くつながってないけど、まあここは良しとしよう。


『え? あたしの? でもそれ必要ないじゃん。貧乏なんだからそんなのいいよ』


 幽霊が珍しく慌ててる。なんだよ、ここまで我が物顔だったのに、ここへ来ていきなり遠慮とか、行動に統一感無さ過ぎて対応取れねえ。


「いや、俺が買いたいんだよね。毎回フォークってのもアレだし。一緒に茶碗と箸で食いたいじゃん?」


 って言ったら、幽霊、目をウルウルさせて顔の前で手を合わせた。俺は仏じゃないから拝むな。てかむしろお前が仏になれ成仏しろ


『ちょっと待って、今あたし凄い感動してるから。そう見えないと思うけど、カンゲキだから。それってあれだよね、今までの人みたいにさ、五日そこらで部屋出ちゃうとかそういうの考えてないってことだよね、あたしとの生活をフツーに受け入れてくれるって感じだよね』

「うん。まぁ俺この先一年分の家賃払っちゃったし。あんたも言うほどヤバい霊じゃないし。ちょっとあんたにいろいろ教えて貰った方がお得な気がして来たわ」


 って言ったらみるみる笑顔が広がった。てかほんと幽霊っぽくない。死人だよね、あんた。


『じゃあ、あとでスーパー行こう。野菜の選び方教えてあげる』

「野菜の選び方? そんなのみんな同じじゃないの」

『まさか! きゅうりはイボイボが硬くてしっかりしてるやつが新鮮だし、トマトは――』

「いや、その説明は今しなくていい」


 俺はマッハで説明をストップさせた。この幽霊は話し始めると延々と止まらないような気がする。


『あとね、想ちゃんは乾物を利用するといいと思うんだ』


 おいおい、始まったよ、カンブツってなんだよ一体。俺のわからんもの出してくんなよ。


『あ、わかんないって顔。干しシイタケとか、ヒジキとか、わかめとか、切り干し大根とか、あとは高野豆腐みたいなやつ。長持ちするし、普段使いにもできるし、非常食にもなるよ。常備菜作って冷蔵庫に入れておけば、なんにもない時のおかずになるし!』


 いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。また一人で勝手に盛り上がり始めてませんかね、幽霊さん! 家主置いてけぼりでメッチャ盛り上がってますけど、それ作るの俺なんですけど。てか、作れませんけど。


 でも待てよ? せっかく今ゴールデンウィークだし、あと三日も休みあるし、今のうちにいくつか教えて貰っておくという手もあるな。いくらなんでも毎日インスタント味噌汁とふりかけってわけにもいかんからな。


「じゃ、ちょっくら買い物行って来ようか」

『うん!』

「でも傷むともったいないから、ほんとに俺が消費できる分だけな」

『判った。多すぎたら冷凍保存しよ』

「俺がやんの?」

『覚えておいて損はないよ。結婚する人が全く料理できない人かもしれないしね』


 そういう問題じゃないような気もするが、まあ、確かに覚えて損することはないから良しとすることにした。

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