第22話 七海の一番
そうして朝からモモとともに、歳で作業が厳しくなった老夫婦を手伝う始末となった七海は、慣れない畑仕事に四苦八苦しながらも日が落ちるまで働き続けた。沈みかけている夕陽をバックに、伝えられたノルマを終えた二人は後片付けをしている。
「ウっ……腰が……。肉体労働って、こんなに疲れるものなんだね」
身体をうんと伸ばしながら七海が言う。
午前中は一人畑周りの雑草むしりを、お昼休憩を挟んで、午後はモモに教えて貰いながら野菜の収穫を行った。いずれもしゃがんだり屈みながらする仕事だった為、既に痛めていた七海の腰は更に悲鳴を上げていた。
「そうですね。お金を稼ぐって、単純なことじゃないですよ。限りある大切な時間を、売り買いしているのですから。それは勿論楽して手に入るに越したことはないですが、お金と同じくらい、こうした充実感は私たちの人生を豊かにしてくれます」
時間は無駄にしない。
その言葉を体現するように、モモは一生懸命に手を動かしたままで語った。
彼女の頬を滴る汗が、ぽとりと地面に落ちる。借りた作業着も、常にせわしなく動いていたモモは全身を土で汚していた。
「……確かにそうかもね」
そう言いながら、七海は全てを納得出来てはいなかった。
人間の仕事を機械に代替させたり、仕事をより効率化させるシステムが普及する
学生とは言え、そんな社会の中で一つの企業を成功に導いた七海にとって、いつまでも身を粉にして働こうとするその考えは古びているように感じるのだった。
今日収穫したトマトとキャベツの野菜と一緒に使った用具を台車に乗せ、モモが引っ張って行こうとする。その重さを見かねた七海が、台車を引く彼女の手に触れた。
「手伝うよ。どこまで持っていけば良いんだっけ?」
「あ……、ありがとうございます。おじさんとおばさんがいる、倉庫の方までです」
「了解、じゃあそっち頼むね」
戸惑うモモに、“コ”の字の引き手の左側を持つように指差す。その反対側を、七海は手に持った。
でこぼこな土の上を、ガタガタと音を立てながら進んでいく。
二人の一日の苦労の全てを乗せた台車は重かった。力を合わせて運んでいても、自然と歩が遅くなってしまう。
「でも、どうです? 疲れたとは思いますけど、時間がある時には私と……、また一緒にやりませんか?」
自分の疲れは押し隠して、自然と口を閉ざしていた彼に明るくモモが聞いた。
完全に電源が切れてぐったりとしていた七海は、不意の質問にドキッとしてしまう。
――「
停止してるこの脳みそがうっかりYES出しちゃったらどうすんのよ。YESしちゃったらそりゃもうメチャクチャに……。
……まぁでも、こうして気持ちの良い汗を流すっていうのも、意外と悪くない。
これからも、少しだけなら、ほんの少しだけなら――
「――いいよ。また、一緒にやろう」
「本当ですか!? やったぁ!! きっと、おじさんたちも喜んでくれると思いますっ!」
台車を掴んでいたモモの両手が、喜びと共に、ぱっと夕空に咲く。
彼女が担っていたはずのその重さは、代わりに七海の手にのしかかった。
しかし、泥だらけのモモのはじけるような笑顔を見ていると、何故だか少し軽くなったような気がした。
野菜たちを倉庫に運び、作業着から着替えると、二人は帰りの挨拶の為に再び老夫婦に顔を合わせた。
シャワーを浴び、汚れていたモモもいつもの綺麗な装いに身を戻す。
「モモちゃん、今日もお疲れ様。遥くんも、有難うね。じゃあこれ、今日の分」
おばあさんは労うと、給料が入った白い封筒を差し出した。それを大切そうに、モモはしっかりと両手で受け取った。
順番に、次は七海が一歩前に出て、気を付けの姿勢でじっと封筒を待つ。
が、おばあさんはそんな七海を見つめたまま、微動だしなかった。
――え、もしかして無賃なの? ただ働きなの? “老夫婦”っていう優しいワードに
「あのー……、僕のお賃金は……」
七海がねだるようにそっと右の掌を伸ばす。
べ、別にそんなにお金が欲しいワケじゃないんだからねっ!
目に見えて不安に駆られている彼に、おばあさんは口元を緩ませた。
「安心してちょうだい。あなたの分もそこに一緒に入ってるわ」
そう言って七海の後ろを示したので振り返ると、モモが封筒を掲げている。
とりあえず
「あ、おばさん、その……、たまにハルカさんにも手伝って貰うのはダメでしょうか……?」
一応お金の絡む頼み事を、モモが申し訳なさそうにしてお願いする。
だが、おばあさんは微笑んだままで優しく答えた。
「良いに決まってるでしょう。私たちもこんなだし、またお願いするわ。ね、じいさん」
「うむ、そうじゃな」
近くで小さな丸太に腰かけているおじいさんに促すと、それを二つ返事で了承する。七海は、一先ずここで働かせて貰えることになった。
「こちらこそありがとうございます! よかったですね、ハルカさん」
大きな声でモモがお礼を言うと、口元を封筒で隠して七海にそう囁いた。
同じく彼女にしか聞こえないように、七海も囁く。
「良かった。休みも欲しかったけどね」
「ふふふ、休みなんてありませんから。覚悟してくださいね?」
オレンジ色の夕焼けが、モモのいたずらな笑みを柔らかく照らす。思わず見惚れる七海。
今度は一日どころか、あらゆる疲れや寝不足も飛んでいった。
モモの笑みは、彼にとってこの世界で一番の回復魔法だった。
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