第21話 カラダで


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 「ちょっとちょっと! 早くしてくださいよー! 遅れちゃうじゃないですか!」



 「ご、ごめん、もう出れるから」



 モモが玄関の扉に手を懸けてせっせと足踏みをしながら、身支度が中々整わない七海を急かしている。


 彼女の提案の通り、七海はモモが“稼ぐ”ところを覗きに行くことにした。

 その決定からこの現在までに二時間ほどあったが、朝食を終えて自室に戻った後のその間も、彼はずっと悶々としていた。結果、こうして慌ただしく出発するハメになっている。



 「……よし、準備オーケー。行こう」



 適当に靴紐を結んで七海が立ち上がると、騒がしかった足を鎮めてモモが扉を開く。


 日が昇り、早朝の凍えるような冷え込みも随分和らいでいた。

 肺に心地良い空気を吸い込みながら、真っ白い雲がうっすら靡く青空の下を二人は歩く。


 しかしそんな晴れ晴れとした空とは裏腹に、七海の心はどんよりと曇っていた。




 ――『んー、カラダでって言えば、まぁそうですかね』



 ――『私は構いませんよ。何なら……ハルカさんも一緒にどうですか?』



 どうしてこうなった……。

 今日は静養日にするはずだったのに、モモのを見せつけられることになるとは。

 「私は構いませんよ」って、モモが良くてもパートナーと目とか合ったら気まず過ぎて即倒するでしょ……。

 というか僕も一緒に混ざったら3Pですよ? スリーピースバンド。ちなみに、男2に対して女1のバンドは内部恋愛が発覚して男性一人ハブられがち。ソースは大学の軽音サークルの友人。



 「ハルカさん? 下ばっかり見てるとぶつかりますよ? もうすぐで着きますから、ちゃんと付いてきてくださいね」



 不意にそう声を掛けられた七海が顔を上げると、そこは集会所に行く時に見かけた、商店街の中に人知れず存在する怪しい路地裏の風俗店の近辺だった。三度甦る忌まわしい記憶に、彼はゾッとした。


 ――まさか……あの店なのか? あの店でモモは……。

 信じない、この目で確かめるまではそんなことは絶対、断固信じないぞ……。

 モモは処女、モモは処女、モモは処女、モモは処女、モモは処女――


 七海があれこれと妄言を並べている間に、二人はその風俗店を通り過ぎていた。

 それに気付いた彼が思わず疑問を漏らす。



 「あれ?」



 「何ですか?」



 歩はそのままに、モモが顔だけを振り向かせて七海を伺う。



 「あ……いや……、何でもない」



 「……? そうですか? なんか……ずっと浮かない顔してますよ?」



 「そ、そう? でも元々こんな顔だったから……」



 不安を悟られまいと、七海は苦笑いを浮かべて耐え忍ぶ。

 こんな状況で聞ける訳がない……。


 『モモは処女ですか?』


 なんて。ああもう! ホントは村のことだけ考えたいのに、村々ムラムラしちゃってそんな場合じゃないよ!!!


 むしゃくしゃする気持ちを抑え、黙って七海はモモの後に続く。

 そうして数秒すると、見つめていた彼女の足が止まった。



 「あ! おじさーん! おばさーん!」



 モモは元気な声でそう呼び掛けると、作業をしている老夫婦のもとへと駆けて行く。それを七海も追う。



 「おはようございますっ。今日もよろしくお願いします!」



 「モモちゃん、いつも有難うねぇ。こちらこそ、宜しくお願いね」



 一足先に到着したモモが、おばあさんと挨拶を交わす。遅れた七海は、まず辺りを見渡した。



 「ここは……、畑じゃないか」



 「ここは……、畑ですけど?」



 「ここは……、畑じゃが?」



 「ここは……、畑ですが?」



 商店街や住宅地を抜け、そこには一面に野菜畑が広がっていた。

 今朝シチューで食べたジャガイモや、トマトやキャベツ、ネギなど、まるでパレットのように鮮やかに地面を彩っている。

 不毛な予想が完全に外れた七海は、その目に見えた当たり前のことを、当たり前に呟いた。また当たり前に、モモと老夫婦が確認する。



 「やっぱり変ですね。この村で“働く”って言ったら、大体は畑仕事だと思うんですけど」



 拭いきれない、どこか陰鬱な様子だった七海への疑いを、モモはしっかりと目を見て問い質す。その逃れられそうにない圧力に、彼も観念するしかなかった。



 「そんなこと言われてもな……。だ、だって! モモが“カラダで稼ぐ”って言うから僕はてっきりその……、 ×××× (規制)【アハァン】 なことでもしてるのかと……」



 「……私が ×××× (規制)【アハァン】 なこと、ですか? はぁ……、呆れました……。『アハァン』はあなたの名前でしょう……」



 「やめて!!! 掘り返さないで!!! やっとキモい悲鳴上げるキャラの設定から脱却できそうなんだから!!! 頼むから『アハァン・アハァン』はもう忘れて!!!」



 見るからに血の気が引いているモモに、七海は彼女と出会った当初に作った恥ずかしい傷に触れられた。消えたくなるような羞恥に七海は身体をくねらせて、黒歴史を忘却の彼方へ追いやろうとする。

 こんな伏線回収要らないでしょ。絶対作者さん僕のこと嫌いですよね? あなたが作った主人公をもっと愛して貰えます?



 「忘れることは出来ませんが……、ちょっと頭の弱い、“天才”のハルカさんにも今日一日、     払って貰いましょうかね……!!!」



 笑顔のまま、モモはギンギンに研がれた鎌やらくわやらを用意し始めた。




 ボクの完全な敗北だ……ファ〇オよ……。

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