第17話 すれ違う心たち
立場こそ違うが、七海はガリアのその考えには共感出来る部分があった。
何も分からないなら分からないなりに、能力の高い七海のような人間にしがみついて生きていく。
それが“バカ”が出来ることの限界だからだ。
どうしようもない彼に対する軽蔑が表に出ないよう、軽く拳を握って七海は堪える。
その間も、酔いも回ってきたケマンヌはつらつらと続けた。
「そんなじゃ生活もろくに出来ねぇから、ギャンブルで増やす為にあっちこっちで金を借りてくるんだ。でもそんなん直ぐに無くなって、また借りては溶かして、その繰り返し。一発当てて全部返そうとは思ってるんだけどよォ、これが中々上手くいかないもんで、気付いたらこの村に飛ばされてた訳さ」
「そ、そうだったんですね……」
彼の威勢にたじろぎながら、モモが小さな相槌を打った。
もう何杯目かも分からないくらいになっていたケマンヌは、顔を真っ赤にして左右に揺れている。
「でも!」
「でも……何だよ嬢ちゃん」
淀んだ空気を振り払うように、モモが明るく言う。陶酔状態のケマンヌも僅かに眉を上げて反応した。
「このハルカさんが! ラグランにいいようにやられているこの村を救ってくれますから! そうなれば、ケマンヌさんの人生だって変わっていくと思いますっ!」
「ほ、本当か? そんなことどうやって……」
「“どうやって”って、ふふん、実は彼は魔法使いですか――」
「魔法使いだァ!!?? ふざけんじゃねぇ!! そんな奴が俺を救えるか……救われて堪るかってんだよォ!!!」
机を強く叩く音に、モモは「ひっ」と声を上げた。つられて七海も背筋が伸びる。
緩い雰囲気だったケマンヌの表情は一変し、奥歯をギリギリ鳴らして怒りを露わにしていた。
「国民から税金貰って金は一丁前に持ってる癖に、魔法協会は俺たちに何もしねェ。国衛騎士団には数で敵わねぇから、奴らがどんな暴挙に出ようとも指くわえて見てるだけだろうが。キンケッチが
「そんなことないです! 少なくともハルカさんは村の為に――」
ぎゃんぎゃん喚き散らす彼に、静まり返った店内の視線が集まる。
それを感じた七海が、モモの手を取って席を立った。七海の我慢も、とうに限界を超えていた。
「――もういい、行こう」
「え……ちょっと……、は、ハルカさん!」
不意に握られた手に、モモは狼狽する。そんな彼女を気にもかけずに七海は出口へと歩きだした。
「お、おい! お代は!!」
「すいません! これでお願いします!」
慌てるマスターの前に、モモが空いている方の手でポケットから取り出した一枚のお札を置いた。
引っ張られるようにして彼女は七海の後を行く。
「毎度あ――って、足らないよ!! 赤字だよ!! 待ってくれお嬢さぁぁん!!!」
その切実な悲鳴が終わる頃には、既に二人は店を出ていた。未だに聞こえる啼泣は、どんどん遠くなっていく。
まだ若干残っていたアルコールによる肌の熱さも、ひんやりとした夜風が攫う。
それでも七海のケマンヌに対する激情だけは、そう簡単に消えてはくれなかった。
「……いいんですか? あんな風に言われたままで」
情が顔に出ていた七海を案じて、触発しないようにそっとモモが言った。
「構わない。あんなヤツにどう言われようと、僕は何とも思わない」
彼は無関心さを言葉に出すが、モモはおいそれとは呑み込むことが出来なかった。
握られた手に弱い力を込めて、彼女は返す。
「……怒ってるじゃないですか、思ってるじゃないですか」
見当違いなモモの決めつけに痺れを切らした七海は足を止めた。
突然止まったそれに、歩みを殺しきれなかったモモは彼の背中に顔から突っ込む。そして顔を上げると、自分が込めた以上の力を、七海の大きな手から感じ取った。
振り返る彼の顔は、穏やかではない。
「僕が気に食わないのは、村の救世主として認められないことでも、魔法使いが蔑まされたことでもない。アイツみたいな
「……どういうことですか?」
強い思念を含んだ七海の言い方に、声音とともにモモの相形も弱まる。
「ケマンヌは自分に可能性を見出すこともせずに、ただ僕が持つような才能に嫉妬していた。ガリアも言っていただろう、価値の分からないバカは困る、と。正に彼がそうじゃないか。自分の価値すら分かっていない」
無神経に七海の口から出た騎士の名前は、彼女に暗い影を落としてしまう。
街灯も無く、闇に溶けるだけのその影を彼は量ることが出来ない。
「ハルカさんは……、あの騎士の肩を持つのですか」
寂寥に沈むモモが問う。
歯切れの悪い会話にもどかしさを覚えた七海は、苛立ちをなんとか抑えて答えた。
「そうじゃない。僕はラグランからこの村を守りたい。ゴードンさんが築いてきたこの村を。モモが暮らす、この村を」
それを最後に、二人は揃って口を紡いだ。
繋いだままの手だけが、互いを通わせている。
七海の鈍感が招くことこそあれど、出会ってからずっと心を許し合っていた彼らにとっては、初めてのすれ違いだった。
二人は気付いていないが、七海の過大な自信も、虚言も、純粋なモモだから受け止めることが出来た。
今は、言いたいことは伝わっているのに、伝わっていない。
そのもどかしさが疎ましい。七海はそう思った。
しかし、長い沈黙を破り、途切れたはずの
「……そうですか、それならいいんです。……でも、あんなひどくに言われるなんて、ハルカさんは良くても、……私が嫌なんです。」
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