第16話 村の楽園
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「くゥーーーっ! やっぱり勝利の余韻に浸って飲む酒は美味いッ」
容器の半分ほどを一気に含んだ七海は、声高らかにそう言った。
アリアとの一戦を終えた七海とモモは、ライプ村に戻ってきた。
アイゼンで疲弊し、帰りもまったりとした移動だったこともあり、村に到着した頃には日は落ちていた。
そこから借りていた馬車を返却し、二人は今、商店街の中にあるに酒場に居る。
農作業や店閉めを終えた村人たちが店内を埋め尽くし、一日の疲れを忘れようと、皆大きな木のジョッキを片手に賑やかに過ごしていた。七海もそんな中の一人である。
ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。
ジョッキの残りの半分が通っていく喉が鳴る。
「そんなに飲んで大丈夫なんですか? 流石に私も疲れましたから、介抱なんてしませんからね?」
七海の左隣のモモが、不安を孕んでいるような声で警告する。
お酒が飲めない彼女の手が包むコップの中身は、オレンジ色の液体が入っている。
「心配しなくても大丈夫。こう見えても僕、結構強いんだから。マスター、同じのもう一杯お願いします」
「もう空けたのか兄ちゃん。同じのね、はいよ」
カウンターに座る二人に向かう店主らしき人が、早々に空になったジョッキを見て驚く。
しかし彼は手慣れた様子でジョッキに注ぎ、あっという間に二杯目が七海に差し出された。
「でも凄いですね! あのアリアさんに、たったの一撃で実力を分からせてしまうなんて。あのまま“火だるまパンチ”が命中していたら、いくら彼女と言えど無傷では……」
「まぁ、まだ本調子じゃないっぽいけど
一層信用を深めるモモに、多少気が大きくなっている七海が自慢げに語る。
「遠くから見てても、何となくそれは分かりましたよ! アリアさん、直前まで避けられる感じなさそうでしたもん。えー、いいじゃないですか火だるまパンチ」
「でしょ? やっぱりなー。いやいやダサいって。それなら“ハ〇バーグー”の方がマシだから」
“KY”よりも古いネタを掘り出してしまった気がする。揚げ物の名前の漫画のヤツなんだけど。
七海は、白けたようにアリアが帰ると言い出したことは疑問に思ったが、それ以上にモモとゴードンからの頼みが気にかかっていた。
――単純な武力を行使する騎士団とライプ村の争いにおいて、魔法特捜隊が関与する必要がないことは理解出来る。
だとしても、魔法を使える僕が入り込んでしまうからには彼女たちの活動の範囲内とも言えるはずだ。それなのにどうして。
揺れる頭で考えていると、ドン、と七海の背中に軽い衝撃があった。
「おう、悪ぃな。あんちゃん、いつもの頼むわ」
振り向こうとすると、中年の男が適当な詫びを入れて七海の右の席に座った。
ここの常連らしく、マスターからジョッキを受け取ると直ぐに口を付ける。横柄な彼の態度に、七海は無意識に目が留まった。
「ッップハァーー!! ……ん、何だ坊主」
それに気付いた中年は、七海に話しかけてきた。慌てて七海は目を逸らす。
「いえ、別に」
「そんなに縮こまるなって。ここは全てを忘れられる
そう言って差し出された手を、七海は何と無しに握り返す。その手は粗々としていた。
ケマンヌと名乗る中年は、あちこちに穴が沢山開いた服を着て、尻尾や髪はボサボサだった。言わばホームレスのような恰好である。
ケマンヌは握手を終えると、また直ぐにジョッキに手を懸けた。
一瞬でその中身は無くなり、勢いそのままに次を注文する。
「それで坊主、今日は何だ、その嬢ちゃんとこのままお泊りか? んんゥ?」
彼はモモを見て、煽るように聞いた。七海が口を開く前に、お酒を飲んでいないはずのモモが顔をほんのり赤くして否定する。
「一緒のお家ですから……お泊りと言えばお泊りですけど……。おっ、お部屋は違いますからっ」
「そうかー、でもいいじゃねぇか。……ハァ、俺は今日もダメだったぜ……」
徐に、ケマンヌは溜息をついて机の上で頭を抱えた。
そんな彼を可哀そうに想ったモモが、悩みを少しでも解消してあげようと一歩踏み込む。
「今日
「聞いてくれるのか、お嬢ちゃん。実は……、また外れちまったんだよ」
「外れた? 何がですか?」
イマイチ釈然としない彼の答え方に、モモは問い直す。黙って聞いていた七海は、少しばかり苛つき始めていた。
「何って、ギャンブルに決まってるだろ」
如何にもそれが当たり前だと言うように、ケマンヌは堂々と言い放った。
ピンと来ていないモモは、思わず言葉が詰まっている。
「ただでさえ少ない金だってのによォ、どうしてこうも簡単に消えていくのかね」
構わず彼は愚痴をこぼし始めた。二人はひとまず聞き手に回ることにする。
「ヌラヴォアに居た時からだ。やっすい金で雇われて、それをギャンブルに突っ込んだら幾らも残らん。それでも帰りに美味い酒飲みてぇから、有り金全部叩いてこうしてんのさ」
また空にしたジョッキをぶらぶらと仰ぎながら、ケマンヌは不満をぶちまける。
それを静聴している七海の脳裏に、集会所での騎士・ガリアの言葉がよぎる。
――『“価値”の分からないバカは困るねェ。バカはバカらしく、何も考えずにせいぜい必死こいて働いときゃあいいんだよ』
価値を分かることの出来ない奴は、何が大切で、何が優先すべきことなのかも分からない。
そいつの人としての価値も、そんなものは無いと同然。
価値を分かる奴だけが、自分の価値を高めることが出来る。生前僕を取り巻いていた奴らみたいに。
安い賃金なら、もっと高い所に勤めれば良い。
酒が飲みたいなら、ギャンブルなんてしなければ良い。
まともに改善もしようとしないで、自分のことは棚に上げて環境にケチをつける。
ケマンヌは、“バカ”だ。
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