第12話 中央都市・『アイゼン』




 アイゼンの街中を、二人は歩いていた。



 「なぁ、手当てしてくれたのはありがたいんだけどさ……、おでこが擽ったくて仕方ないんだ。何か変な薬塗ったりしてない?」



 七海は貼られた小さな絆創膏の上から、その温かくむず痒い感覚を確かめた。

 彼の無頓着な言葉に、モモがピリッとする。



 「    ? また同じ目に遭いたいんですか?」



 「いえ……、あんなにジャガイモみたいにボコボコだった顔まで迅速に、かつ綺麗に治していただいて……。まるで魔法ですよ。感謝感激、我哀れでございます……」



 ゴードンがガリアに殴られた時といい、モモの治療の手際の良さとクオリティは目を見張るものがある。

 ナースとして働くには肝心な慈悲深さに欠けるけど。



 「ハルカさんが惨めなのはその通りですが……、……出来る処置をしただけです。ささっ、そんなことより早く協会に行きましょうっ!」



 モモが振り切るように足を速める。七海もその後ろに付いていく。



 中央都市というだけあって、アイゼンには、ライプ村では見ないコンクリート製の高い建物がそこらに点在していた。オープンな屋台などはなく、重そうなドアを開かなければそれぞれの店に入ることは出来ない。

 街行く人も皆身なりにはしっかり気を遣っているようで、パリッとしたスーツやらフワッとした広いスカートのドレスやらを着ている。そういう意味では、普段から清潔感のあるモモや、社会での在り方を分かっていた七海が浮くようなことはなかった。



 「あ! 見えてきました! あれが『ガウス魔法協会』です!」



 七海の二、三歩前を歩いていたモモが立ち止まり、手でその方向を示す。



 「おぉ……あれが……」



 思わず感嘆が漏れる。

 

 他とは一線を画す豪華さ。

 広大な一階、それに対して少しだけ小さい二階が上に乗っかっている感じ。そして鈍角の屋根が被せられている。

 所々に施された鳥の装飾は繊細で、ここからではとても見えない。

 そして協会のシンボルなのか、六芒星らしきものが建物のてっぺんでこれでもかと主張している。



 「何呆気に取られてるんですか。ほらほら、さっさと入りますよー」



 そう言うとモモは七海の腕を掴み、グイグイと引っ張っていく。


 鉄の扉の前まで来て、彼女はその手を離した。



 「これ、開けてもらえませんか? 私には結構重くて……」



 「そうなの? ま、それくらい構わないけどさ」



 七海が冷たい取っ手に両手を懸ける。




 「せーのっ――」




 力を込めて扉を引くが、ビクともしなかった。まるで、誰かが向こう側で押さえているのではないかと疑うくらいに。



 「んぐっ……、くくくッ……………、ッハァーーーーーーー! はァ……、これ、本当に開くのか?」



 呼吸を乱しながら、七海はモモに問う。

 するとどういう訳か、無言の彼女は必死に腹を抱えていた。その肩は微かに震えている。



 「おい! 聞こえてるのか! 一人じゃ無理そうだしモモも手伝ってくれ! おいってば!」



 対するなら七海もまた必死に助けを求める。


 が、



 「あははははははは!! いーっひひひひひひひひひ、お腹が……、お腹がよじれちゃいますーーーーっ!!」



 なんて大声で彼女は笑い出した。バタバタと足を踏み、そのあまりの騒がしさに周囲を行く街の人の視線も集まっている。



 「な、何だよ! 人が頑張ってるっていうのに! まっっったく、モラルがないのはどっちだよ……」



 七海が先程の腹いせも含んだ反撃をするが、その言葉にギャラリーからもドッと笑いが起きる。

 そこでやっと治まってきたモモが、目尻の涙を拭いながら口を開いた。



 「ふぅ………、それ、んですよ」




 そういうことは最初に言ってくれるかな。




 とんだ赤っ恥をかいた七海が体重を預けて押すと、扉は簡単に開いた。


 視界が広がると、直ぐ目の前には女性が立っていた。

 今のひと悶着が落ち着くのを中で待っていたのだろう。



 ――長めの黒髪。小さい顔。キリっとした細い眉に、鋭い眼光を孕む緑色の瞳。

 七海より少し低いくらいの、女性としては高いその身を黒のローブで包んでいる。

 分かるのは、細くてしなやかな脚線美くらい。

 当たり前だが、ケモ耳ぴんぴん尻 尾ふわふわもちゃんとある。



 実際の時間としては僅かなものだが、長い間、七海はその美しい女性に釘付けになった。



 しかし、そんなことはつゆ知らず、彼女は一瞥もくれずに七海の横を通り抜けようとする。

 


 「あの……!」



 七海は声を掛けていた。



 「何かしら」



 容姿の印象通りの冷たい声で、女性は反応した。

 衝動的に行動した七海は、次の一手を考えていなかった。緊張感も相まって、妙な間隔を作る。



 「あ……えっ……と……、その……」


 

 会話が続かない。

 


 「用がないなら行くわよ。さようなら」



 そう言い捨てて彼女は、足早に協会を後にしようとする。




 「……ッ、魔法を、魔法について教えてください。お願いします」




 雑音少ない静かな協会に、七海の声が響く。


 彼のその場の懇願は、進みかけていた彼女の足を引き留めた。

 そしてほんの少しだけ熱を込めて、女性は聞き返す。



 「あなた、魔法が使えるの?」



 「た、嗜む程度に……」



 裂かれそうな目線に、七海の語気は弱まる。

 殺気とかそういうことではないが、威圧感を持ち合わせた女性だった。意識しなくとも敬語になってしまう。


 殺人熊や集会所の時とは違う殺伐とした雰囲気に、七海は息を呑む。


 少しの沈黙の後、背中を向けていた彼女は振り返り、素っ気なく言った。




 「良いでしょう。聞いてあげるわ、あなたのお願い」


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