第11話 ほんとに、本当に


==============================



 集会所での一件の翌日、七海とモモの二人はゴードンに勧められた『ガウス魔法協会』に向かっていた。

 

 改めてモモに聞いたところ、協会は中央都市であるアイゼンにあるらしい。

 町の外れにあるライプ村とはかなり離れており、今は協会に向けた馬車に揺られている。

 


 のだけど……

 


 「……あのー、モモさん? いい加減ご機嫌を直して頂けませんか?」



 「怒ってなんかないですよーだ、ふんっ」



 ぷいっと顔を逸らすモモ。

 明らかに怒ってますやん……。


 昨日の僕の以降、モモの僕に対する当たりはずっとこんな感じである。

 協会のことを尋ねたって、「KY」とか「鈍感」とか、「セクハラ」とか、口を開けばもれなく罵倒がついてきた。

 「KY」って古すぎるだろ。今の小学生は見ても分からないんじゃないか?



 「そろそろ勘弁してくださいよ……。あの雰囲気じゃ、ああなっても仕方ないというか……、ゴードンさんも同情してくれたし」




 ――『モテる男は辛いよなぁ。うんうん、私も若い頃はデリカシーがなかったせいで、よく女の子に目や鼻を潰されたものだ。ガッハッハ、ナナミくんもせいぜい気を付けるんだな!』


 七海は帰り際のゴードンの言葉を思い出す。 



 …………。

 よくよく考えてみれば、ダメ男の烙印を押されただけで、全然フォローになってないような……。

 それに真っ先に五感のうちの二つを狙ってくるこの世界の女性は、なんて恐ろしく強かなんだ……。

 僕だったら目鼻より先に心がおじゃん。

 ……ハッ、もしやモモも実は獰猛なのか――――。



 「あの人はあてにならないですからね。それと、私は感情に任せて暴力を振るう人ではないですから。村長の女の方とは一緒にしないでくださいね?」



 だから何で考えてることがわかるんだよ。メンタリストかなんかか?

 あとサラッと商店街での尻尾攻撃悪事を無かったことにするな。

 帰って服脱いだら痣でパンダみたいだったんだからな。


 そんな平行線の和解交渉に痺れを切らした七海が、しれっと仕掛けた。



 「あんまり仏頂面でいると、それがそのまま顔に張り付くんだってよ」



 「……え? 本当ですか!? 今の私、怖い顔になってますか!?」



 純粋なモモは面白いように引っ掛かった。

 慌てた様子で、七海に困った顔を向ける。



 「うーん、そうだな……。でも別に……、いつも通りかな」


 

 「ほっ……、よ、良かったで――」


 「朝飯のご飯粒、付いてるけどな」



 そう言って七海は口元を指す。

 モモもそれに倣って自分の口周りを確かめて、ご飯粒違和感を見つけた。


 すると彼女は、髪や尻尾の毛という毛を逆立たせて、わなわなと震え出した。


 鈍感な彼でも分かった。



 ……これはマズ――――



 「バカァーーーーーーーー!!!!!」





 こうして悪夢は始まった。




------------------------------------------------------------


 


 「すいませんでしたァァァアアアア!!!」



 『アイゼン』に着くなり七海は正座し、モモにボコボコにされた顔面を地に擦り付けていた。

 そう、土下座である。彼の哀れな涙が地面を濡らす。



 「ほんッッッとにデリカシーのない人ですね! 普通女の子のお顔に何か付いてたら、教えてくれたり黙って取ってくれたりするのが、紳士ってものではないのですか!?」



 長時間二人を引いて疲れ気味の馬を撫でながら、モモはそう説教する。

 

 ――七海遥は称号、『唐変木』を手に入れました……。

 というか、やり取り重ねる毎にモモの罵詈雑言のレベルが上がってないか?

 戦いの中で成長するって……、君が主人公だったのかよ。



 「仰る通りでございます!! 深く、この地より深く反省しております故、どうかお許しくださいィ!! 何でもしますから!!!」



 バコンバコンと頭を地面に叩きつける。

 まるでバスケットボールのように、落ちては跳ね、落ちては跳ねを繰り返す。七海の額からは、絶え間なく血が流れている。


 

 「な、何でもですか? まままぁでも……、元はと言えば私の行動が招いてしまったことでもありますし。許してあげないこともないというか……、その、デー……じゃなくて、また二人でアイゼンここにご飯にでも――って、ハルカさん?」



 そこには、ただただ顔面を打ち付ける機械と化した七海の姿があった。

 既に意識はなく、白目をむいている。



 その無様さにモモはクスリと笑うと、壊れた彼を停止させる。


 そして彼女は七海の顔を引き寄せ、おでこを自分のおでこと合わせた。

 泥や血が付こうことなど、微塵も気にしない。




 「――本当に、しょうがない人ですね」



 七海を包みこむ優しい声で、動かない彼にそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る