第2話 転生?


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 「――、―――……か?」




 何か聞こえる。




 「――…! ――…ぶですか!?」




 何だろう。ぼんやりしている。

 それでも全神経を集中させ、必死に耳を傾ける。


 

 「目を開けてください!!!! 大丈夫ですか!?!?」

 

 「んびいぃぃ!!!!」



 想像を遥かに超える声量に、七海は情けない叫喚を漏らしてしまった。

 はあ……、だせえ……。


 しかし絶叫と同時に跳ね起き、見開いた瞳には、七海をさらに仰天させるものが映っていた。



 「あばばばばばばばば「キャアアァァァァアアアア!!!」」



 二人、もとい、一人との悲鳴が重なる。

 あと、僕ってキモい悲鳴上げるタイプだったのかよ。知らなかったわ。


 軽く落胆した七海は、自分以外のの方に目を向ける。

 するともう一匹それも、こちらをじっと見つめ、呆然としていた。

 

 さらさらの茶色い髪。

 白い肌に、まつ毛の長い大きな紺色の瞳、すらっとした丁度良い高さの鼻、艶々した細めの唇が黄金比の如く並んでいる。

 そして袖の先と襟にフリルのついた白いシャツに、朱色のチェックのサスペンダースカート。滑らかな胸元には、小さなリボンがついている。年齢的には十八やそこらだろう。

 

 率直に言って綺麗な女の子だ。綺麗なのだが――



 風がこそばゆいのか、ぴょんぴょん、と。

 頭の上の方についた、犬のような耳が跳ねている。



 背の少し高い草がチクチクするのか、ふわふわ、と。

 腰の辺りから伸びた、狐のような尻尾が宙を掻いている。


 空中に大きな弧を描くその美しい筆に、視線が釘付けになる。



 ふり、ふり、ふり、ふり。



 右へ、左へ、右へ、左へ。



 ふり、ふり、ふり、ふり。



 いつの間にか、眼だけにとどまらず、首もその軌跡を追っていた。


 あれは……、何だ? 身体は人間なのだが、獣の特徴が見られる。所謂“ケモノ”ってやつだろう。

 こんなのライトノベルか薄っぺらい本でしか見たことない。あの『異世界に転生した俺は…………、ええっと………、タイトルと話全部似てたから忘れちまったよ。でも異世界には悪役令嬢が腐る程いるってのは覚えた。

 

 そんな独り言の中に、七海は引っ掛かった。


 

 異世界……?


 転生……?



 まさかの可能性が頭をよぎった七海は、ぽっかり口を開けたままのケモノ彼女に問いかける。



 「あの……、ここはどこでしょうか」



 するとまたそれに驚いた彼女は、ハッと、ふかふかな耳を空にピンと立てて数秒、何とか我を取り戻したようだ。

 何その好奇心揺さぶる可愛い耳。中まで入れたい。手をね。



 「こここここここ、ここここは、ららいぷぷぷぷぷむむむむらの、はははははずずれれす!!!」



 一瞬、静寂だけがその場を支配する。

 

 

 なるほど分からん。ぜんっぜん分からん。もしかしてこの辺って日本語じゃないのかな。

 あと全然関係ないけど真っ赤になってる耳も可愛い。中で出したい。勿論息をn――、


 ――ンンッ、ゴホン。とりあえず何を言っているのかは理解出来なかったが、目を覚ました時のことを思い出す。


 

 『目を開けてください!!!! 大丈夫ですか!?!?』



 日本語だったわ。

 ばっちり完全に、しかも完璧に、尚且つパーフェクトに。

 それなら僕の聞き間違えか。もう一回聞けば分かるだろう。うん。


 恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている彼女に向けて、もう一度。



 「申し訳ありません、聞き取れなかったのでもう一度お願い出来ますか?」



 相手は年下と言えど、手掛かりを掴む為の重要なビジネスパートナーである。極力丁寧な対応を心掛けないとね。


 言い回しが難しかったのか、頭に?を浮かべた彼女が口を開く。



 「えっと…、ですから、ここはライプ村の外れにある狩場です」



 ですからと言われても……。明らかに一回目と二回目で違いましたよね……?

 上司に言われたら一番に近いくらい腹が立つやつだ。

 一回目に言われた仕事をやってたら、『 で す か ら 、〇〇をしてくださいって言ったでしょう?』って、三歩歩いたら自分で言ったこと忘れちゃうニワトリ上司。

 そもそもCEOの僕に上司なんていないんだけどね。もし言われたら処す。

 

 しかも見た限りこの娘は天邪鬼そっちじゃない。天然なのだと思う。

 

 そんなことより『ライプ村』のことだ。聞き馴染みのない地名だし、少なくとも日本ではない。

 辺りを見渡してみても、彼女の後ろに広がるのは一面の草原。僕の後ろは木々が高くそびえる、森の入り口のようになっていた。ここにあまりヒントはない。

 その為、次はもう少し核心に迫った質問をしてみる。



 「日本、はご存知でしょうか。東の方の島国なのですが……」



 地球に住んでいて、日本を知らないということはないだろう。

 他との文化、文明的な交流を絶っている、ごく一部の例外は存在するが。



 「二ホン……? シマグニ……? ええっと……、ごめんなさい、知識不足で」



 先程までの焦燥は嘘のように消え、真面目に考え込んでいた彼女は、申し訳なさそうにして俯いてしまった。


 変な娘だと思ってたけど、意外ときちんとしているのかもしれない。

 七海は予想以上に凹んでいる彼女に歩み寄り、二人向かい合うようにして座り込む。



 「あー、えー、その、日本も小さな国ですから、知らないのも無理ないですよ。あんまり気にしないでください」



 口に出してみて気付いたが、今まで他人を慰めることなんてなかった。結構難しいんだな。


 自分の慰めの効き目も気になり、七海は落としたままの彼女の顔を覗こうとした時。

 思い出したように急に顔を上げた彼女と、一点で視線がぶつかった。



 「国? この世界に国は、『ガウス』ただひとつしかないですよ?」



 「は?」


 

 重なってしまった。

 

 七海が抱えていた、「異世界に転生したかもしれない」という予想と、ここが異世界であるという結果が。その動揺は、彼の中で大きな波となり、全身に強く打ち付けた。

 

 心拍数が上がり、体温が上昇していくのが分かる。



 視界が廻り、目の前にいるはずの彼女さえ彼方に見える。

 


 有り得ない。

 有り得ない。有り得ない。

 有り得ない。有り得ない。有り得ない。

 有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。




 「どうかしましたか?」




 心臓が破裂しそうになる。拍動に気圧され、鼓膜には彼女の心配する声など最早響かなかった。

 

 

 そんな……、

 


 

 そんなことって――――――――








 「まあいいか。何とかなるでしょ」




 七海遥は、自惚れなそんな奴だった。

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