リアルで無双していた天才主人公ですが、どうやら異世界では凡才らしい。

椎名椋

序章

第1話 “天才”



 天才。


 

 それは天性の才能、即ち、生まれつきに備わっている優れた才能。またはそれを持つ人間のことである。


 

 例えるなら――



 「ねーねー七海くん、ここ教えてくれない?」


 「あ! 俺も頼むわ!」



 この二人の言葉を皮切りに、あれよあれよという間に僕がいる席は大勢の生徒で囲まれる。



 「あー、そんなことね。それならこのモデルにコンパクト性定理を用いれば――」



 まっさらなルーズリーフに、滑るようにシャーペンを走らせる。


 踊るように、数式を、言葉を書き連ねていく。


 周りからは、おおーとか、なるほどね、とか。 あのさぁ、ホントに分かってる?


 ――日本で一番偏差値の高い、世界でも五本の指にも入ると言われる名門大学に推薦で合格。勿論、入学後の成績も超がつくほど優秀。優秀過ぎて、テスト前には僕の争奪戦争と言う名目の、リアル大乱闘なんちゃらブラザーズが始まるくらい。



 ――はたまた、




 「もしもし、七海だ 本日十五時から入っている会議だが、こちらもう少しかかりそうなので十六時からに変更しておいてくれ」



 「CEOですか。十六時ですね、承知いたしました」



 手短に用件を伝えて電話を切る。


 大学一年生ながらに会社を立ち上げ、僅か二年で業界ナンバーワンの大企業へと成長させた。四年生となった現在もトップとして、経営や社員の管理を完璧にこなしている。



 これまでの長い学生生活も、塾に行くとか…、家庭教師をつけるとか? そう特に勉強に力を入れるとかすることなく、常に成績上位を保ったままで今に至る。

 会社だって、恣意的に作ってみたらこれが思いのほか社会の需要にハマっちゃったらしい。

 


 まあそれだけなら良かったんだけど……、




 「七海くん、来週の土曜日、空いてない? その……、もし良かったら――」

 

 「ちょっと優子ー、抜け駆けはなしだってばー。ねね七海くん、私と――」



 お淑やかな雰囲気の優子ちゃんと、グイグイ来るタイプの……、ああ美樹ちゃんだっけ。

 おいおい、辞めてくれよなー。周りにいる、女に飢えたガリ勉男どもの視線が面倒なんだから。

 

 「分かった、分かったから。空いてる日連絡するから、ね。それでいいでしょ?」


 「ほんと!? じゃあ連絡待ってるね!!」


 僕が適当に応じると、二人とも悲鳴にも似た歓声を上げながら駆けていく。まるで台風である。

 しかし、台風が過ぎれば、そこには温かな平穏が待って――


 「おい遥! お前どういうことだよォ! 優子はともかく、美樹まで……、貴様ァァァアア!!!」


 ――いなかった。一過の後の高気圧にも程ってもんがあるだろう。

 どこからか今の話を聞いていたらしい高校からの親友、武史たけふみに、襟を摑まれ、円を描くようにグワングワンと頭をブン回されている。そうか。僕が台風だったのか。


 にしても長い。武史を檻に入れるのは嫌だが……、殺人となれば仕方がない。許せ…、武史……。



 

 とまあこんな感じで、そこそこ女の子にもモテるし、馬鹿を出来る友達もたくさんいる。

 

 人というのは、大体は自分にとっての利益の有無で関わるかを決めるので、僕のような、他者に与えるものの多い価値のある人間には、ものなのだ。

 


 天は二物を与えず、とは何のことやら。


 

 そんなものは自分に“一物”すら見出せないような奴らが、天才七海遥ななみはるかを貶めようとして作った言葉なんだろうな。あーあ、あほらしい。


 次の会議の為に、教室の喧騒を抜けて一人外へ出る。


 宛てなんてない軽蔑を、足元の価値のないもの石ころと一緒に、丁寧に磨かれた右の靴の先で蹴り飛ばす。

 石ころは勢いのままに転がっていき、やがて大学正門前の側溝の穴へと、彼の激情と共に消えた。


 その行く末を見届けた七海は、静かに我に返り、手首に巻いたブランド物の時計を確かめる。



 「いけない、このままでは遅れてしまうな」



 そう呟くと、爪先に一つ、大きな擦り傷を付けた革靴で、彼は正門の方へ走り出した。





 

 ――と、ここまでが午後三時過ぎ、学校での出来事。

 


 そしてこの約四時間後、午後十九時二十八分。僕は何者かに腹部を刺され、一度死んだ。


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