廃墟の兄弟
鉄塔から、雪を掻き分け歩いて歩いて、夜が来て朝が来て、やっとロボットは街に辿り着きました。
もうすぐかよちゃんの所へ帰れる。そう嬉しくなったロボットでしたが……。
「おやおや、これはどうした事だろう。」
その街は、ロボットの記憶にあった街と違っていました。風景はどことなく見覚えがあります。けれど、外に人が一人も歩いていないのです。
ロボットの記憶にある街は、たくさんの人とロボット、それと車が行き交い、とてもとても賑わっていました。けれども今いる街は人もロボットも車もなく、何の物音もなく静まり返っているのです。
外で生き物が生きていけなくなってしまった事を知らないロボットには、その光景は、全く訳の解らないものでした。
「おうい。誰かいないかい。」
大声で呼び掛けてみますが、応えるものは誰もいません。仕方なく、ロボットは宛もなく歩き出しました。
風にぎぃぎぃと揺れる、看板の音がします。かさかさと、軽いゴミが舞う音がします。その中を、もっと見覚えのある景色を探してロボットは歩きます。
「おうい、誰か。」
時折、そう声に出すのも忘れません。いつかは誰かが、返事をしてくれるんじゃないか。そんな思いを、ロボットは捨てきれませんでした。
「おや?」
その時です。ロボットの目に、建物から出てくる別のロボットの姿が映りました。小さな、かよちゃんくらいのロボットです。
「おうい。」
すっかり寂しい気持ちになっていたロボットは、途端に嬉しくなって小さなロボットに呼び掛けました。けれども小さなロボットは、ビックリしたように体を震わせるとその背中に背負った袋を放り出して逃げ出してしまいました。
「あっ。」
ロボットは慌てて追い掛けますが、小さなロボットの足は早くあっという間に見えなくなってしまいました。仕方なく、ロボットは置いていかれた袋に近付きます。
「何が入っているんだろう。」
気になって、ロボットは袋を開けてみました。すると中には、鉄くずがたくさん入っていました。ロボットがいたスクラップ山にあったのと、あまり変わらないように見えます。
「こんなもの、どうするんだろう。」
そう首を傾げつつも、ロボットは鉄くずを小さなロボットに返してあげる事にしました。
小さなロボットの逃げていった方に向かうと、何だか寂れた所に出ました。誰もいない街の中でも、特に寂しく感じる所です。勿論、ロボットの記憶にはない場所でした。
また驚かせてはいけないので今度は静かに静かに歩いていると、不意に、誰かの話し声が聞こえてきました。耳を澄ませて聞いてみると、何だか喧嘩をしているみたいです。
「それで荷物を放り出してきたのか。この臆病者め。」
「だ、だって兄ちゃん、オイラ本当にビックリしたんだよう。」
「今度は俺も一緒に行くぞ。鉄くずどろぼうなんかに負けるもんか。」
「うん……でも大丈夫かなぁ……。」
声のする方に、ロボットは歩いていきます。すると、細い路地の突き当たりに二体の小柄なロボットがいるのが見えました。
小さい方は、さっきのロボットです。それよりちょっと大きな方は、知らないロボットです。
二人は、どうやら兄弟のようでした。ロボットは意を決して、二人に近付いていきます。
「やぁ。」
「あっ!」
ロボットの姿を見て、兄弟ロボットは驚きの声を上げます。そんな二人の警戒を解こうと、ロボットは持っていた袋をそっと差し出しました。
「これは君達のだろう。」
「……わざわざ届けに来てくれたの?」
「ああ。」
弟ロボットが、恐る恐る袋を受け取り中を確かめます。そして、顔を上げると元気な声で言いました。
「ありがとう、おっちゃん! おっちゃんはいい人だね!」
「いやいや、当然の事をしただけさ。」
「……ふん。俺はまだ信用した訳じゃないからな。」
兄ロボットの方はそう言ってそっぽを向いてしまいましたが、追い払われない程度には心を許して貰えたようだとロボットは何だか嬉しくなりました。そして、気になっていた事を口にします。
「ところでこれは、一体何に使うんだい?」
「これかい? これは母ちゃんを起こすのに使うんだよ。」
「お母さんを?」
返ってきた答えに、ロボットはまた首を傾げます。弟ロボットは、そんなロボットの手をぐいぐいと引っ張りました。
「おっちゃんはいい人だから、特別に会わせてあげる! 兄ちゃん、いいでしょ?」
「……ちょっとだけだぞ。」
「おいで、おっちゃん!」
元気良く引っ張る手に従い路地裏を歩くと、突き当たりに小さなアパートの入口が見えました。回りの建物の間にすっぽりと隠れた、日当たりのあまり良くなさそうなアパートです。その二階の突き当たりの部屋に、弟ロボットはロボットを案内します。
「母ちゃん、ただいま!」
玄関を開けると、弟ロボットは勢い良く中に飛び込んでいきます。ロボットも、それに続いて玄関を潜りました。
「あれは……?」
部屋の奥には、ガラクタがたくさん積み上がっていました。そのガラクタの山に弟ロボットは駆け寄り、ロボットを振り返ります。
「おっちゃん、母ちゃんだよ!」
「……これが?」
「今はちょっと壊れちゃって、眠ったままなんだ。だからオイラと兄ちゃんで直してるんだ!」
そう言われて、もう一度ロボットはガラクタの山を見ます。けれどもそれはやっぱり、ロボットですらない、ただのガラクタの山でした。
「……弟は、あれで本当に母さんが治ると信じてるんだ。」
不意に、声がしました。振り返ると、そこには兄ロボットがいつの間にか立っていました。
「どういう事だい?」
「母さんは、人間だったんだ。俺達を本当の子供みたいに可愛がってくれた。ある日、世界のあちこちにキノコみたいな雲が上がって、この変な雪が降り始めて、そうしたら母さんはあっという間に死んでしまった。」
「死んで……。」
「弟は、母さんが死んだ事を受け入れられなかった。何回言っても駄目だった。そんな弟を見ていられなくて、俺は、母さんを修理するって嘘をついたんだ。それからずっと、俺は弟を騙し続けてる。」
「……他の人間は、どうしたのか知っているかい?」
恐る恐る、ロボットは兄ロボットに聞きました。かよちゃんは、無事なのだろうか。そんな不安がよぎります。
「母さん以外は、みんなキノコ雲が上がる前に街を出ていっちゃったって母さんが行ってた。母さんは、街を出たくなかったんだって。」
「どっちに行ったか解るかい?」
「ずっとずっと南にある、シェルターって所だって。確か母さんはそう言ってた。」
「兄ちゃん、おっちゃん、何の話してるの?」
二人が話をしているのに気付いた弟ロボットが、元気に駆け寄って来ます。ロボットは、そんな弟ロボットの頭を撫でて言いました。
「ごめん。おじさんはそろそろ出発しないといけないんだ。」
「ええ、せっかく仲良くなったのに。」
「……会いたい人がいるのかい?」
「ああ。」
兄ロボットの問いに、ロボットは大きく頷き返します。南。南に行けば、かよちゃんに会えるのでしょうか。
そう思っていると、兄ロボットが何か手のひらサイズの物を差し出しました。
「なら、これをやるよ。……疑ったお詫びだ。」
「これは、コンパス?」
「南に行くんだろ? ならあった方がいいだろ。」
「……ありがとう。お言葉に甘えるよ。」
「おっちゃん、また来てね。その時はきっと、母ちゃんも直ってるから。」
「ああ、必ず。」
コンパスを受け取り、ロボットは深く深く頭を下げました。そして弟ロボットの頭をもう一度撫でると、二人に背を向けて外へ出ました。
「かよちゃん、必ず帰るからね。」
そう決意を新たにし、ロボットはまた歩き出しました。
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