第9話 だらだら〜

 リビングを出て行ったルリは、1冊のマンガを手にして帰ってきた。

 帰ってくるなり、私に尋ねた。


「……ユラ、これを、メトフィアに貸しても、いい……?」


「ああ、たしかにそれ、メトフィアの趣味に合いそうだね。うん、貸していいよ」


「……ありがとう……」


 頭を下げ、そのままルリはメトフィアにマンガを手渡す。

 突然のことにメトフィアは首をかしげた。


「これはなんですの?」


「……それは『執事とスパイと事務員さん』っていう、マンガ……説明するより、中身を読んだ方が、早い……」


 妙な圧を発しながら、ルリはそう言った。

 メトフィアは首をかしげたまま、なんとなくマンガを読みはじめる。


 しばらくして、マンガを読むメトフィアの表情がコロコロと変わっていった。

 表情が変わるたびに「大変ですわ!」とか「なぜですの!?」とか「そういうことでしたのね!」とか反応していた。

 これにはシェフィーとスミカさんも頬を緩める。


「メトフィアさん、楽しんでいますね」


「フフフ、楽しいこと、見つかったのかしら」


「だといいんだけど」


 心配する必要はないみたい。

 マンガの1巻を読み終わったメトフィアは、鬼気迫る表情で私とルリに詰め寄った。


「2巻を今すぐ寄越すんですの!」


 ふむふむ、これはどハマりしてる顔だね。

 無事、メトフィアは楽しいことを見つけたみたい。


 じゃあ、次へ行こう。


「これはチャンス。スミカさん!」


「任せてちょうだい!」


 すかさずリビングの温度は適温に。

 空気清浄機は静かに働き、リビングの空気はふんわりと。


 メトフィアの座るソファのふかふか具合は、マジューをダメにする設定。

 加えてメトフィアの手が届く範囲に、そろっとコーラやお菓子を置いておく。

 ソファの近くには毛布も準備しておいた。


 これで最強のんびり空間が完成。

 マンガを読むのに必死になっていたメトフィアは、気づかないうちにのんびり空間に浸っていた。


 のんびり空間に浸って、メトフィアはソファから一歩も動かない。

 日が沈んでも、マンガを読んだまま動かない。

 そんなメトフィアがようやくソファを離れたのは、スミカさんの次の言葉を聞いたとき。


「みんな! ご飯の時間よ!」


 ということで、大人数での夕ご飯だ。

 魔王城探検を終わらせたシキネとクロワも夕食に加わった——ただし自宅の外——から、ほとんどホームパーティーだね。


 スミカさんとアツイの絶品料理を楽しんで、ホームパーティーは終わり。

 満腹そうな顔をしたミィアは、無邪気に手を上げ言った。


「お風呂、入ってくる〜!」


「ならミィア、私も、私も連れていってくれ!」


「もちろんだよ〜!」


「ああ! 今日は最高の1日だ!」


 ということで、2人はお風呂へまっしぐら。

 一方のヤミノ世界してんのーたちは、一斉に別れの挨拶を口にする。


「もう、遅い時間。帰る」


「今日は楽しかったのだ! また遊べたら嬉しいのだ!」


「世話になったな、お嬢様方。お先に失礼させてもらうよ」


「バイバイ、デス」


 手を振り、自宅を去っていくヤミノ世界してんのーたち。

 みんなの満足げな表情に、スミカさんは嬉しそう。


 ヤミノ世界してんのーが去れば、イショーさんがルリの腕を抱いた。


「私たちは私たちの時間を楽しみましょ。ね、ルリ」


「……そう、だね……まおーちゃん、行こ……」


「うん。みんな、おやすみなさい」


 別れの挨拶を交わし、ルリたちは手を繋いで魔王城の部屋へと消えていく。


 ちなみに、自宅の前ではシキネとクロワが大の字でいびきをかいていた。


 これでリビングに残ったのは、私とシェフィー、スミカさん、そしてメトフィアの4人。

 スミカさんはメトフィアに質問する。


「メトフィアさんは? もう少しここにいたいかしら?」


「そうですわね。できれば、ここに残りたいですわ」


「フフフ。じゃあ、ゆっくりしていってちょうだいね」


 許可をもらってすぐ、メトフィアはマンガ片手にソファに横たわった。

 ほうほう、メトフィアも順調にのんびり空間の楽しさが分かってきたみたいだね。


 私たちも自由時間に戻り、みんな好き勝手なことを楽しむ。

 ミィアとルフナがお風呂を出て、シェフィーもお風呂を済ませれば、私はゲームを中断。


「私もお風呂入ろ」


 疲れることは何もなかったけど、お風呂で疲れを癒し、私は極楽気分に。

 お風呂から出てパジャマに着替えた私は、上機嫌から勢いよくリビングに飛び込んだ。


「さあて、なんか夜更かしにぴったりのお菓子は——」


「シーッ」


「ユラさん、お静かにお願いします」


「え?」


 口に指を当てたスミカさんと、小声のシェフィーの言葉。

 私、何かマズいことした?

 そう思っていれば、ソファを眺めたミィアとルフナの声が聞こえてくる。


「気持ちよさそうに寝てるね〜」


「ああ。『ツギハギノ世界』を侵略しようとしている魔女には見えないな」


 ソファの上には、マンガの束を横に置き、毛布に包まれ、幸せそうな寝顔を浮かべるメトフィアの姿が。

 あんなに怒りと絶望にまみれていたメトフィアが、幸せそうな寝顔を浮かべているんだ。

 私は思わず頬を緩めちゃう。


 やっぱり、のんびり空間は最強だね。

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