第10話 のんびり空間が世界を救う
ダンジョン探索に夢中になりすぎて、私が眠りについたのは午前4時半だった。
当然だけど、目が覚めたのはいつも通りの昼。
あくびをしながら、髪を雑に結び、私はリビングの扉を開ける。
「おはよう」
「こんにちは」
相変わらず挨拶が噛み合わないね。
ソファの上に目を向ければ、そこには目をこするメトフィアの姿があった。
一晩中マンガを読んでたのか、メトフィアはそびえ立つマンガの束に埋もれている。
そんな彼女にも、私はあくびをしながら挨拶した。
「ふわぁ〜、おはよう、メトフィアさん」
「ああ、異世界者か。ふわぁ〜」
あくびに返された、大きなあくび。
スミカさんは苦笑いしながらつぶやく。
「もう、2人ともお寝坊さんで、困っちゃうわ」
そう言われて、私たちは後ろ頭をかくことしかできなかった。
にしても、まさかメトフィアがここまで引きこもり生活に馴染むとは思わなかったよ。
もしかしてメトフィアって、性根は私と似てるのかも。
起きたばかりの私たちは、昼ごはんの時間の朝ごはんを食べはじめた。
しばらくして、まおーちゃんがリビングにやってくる。
「メトフィアがおきるの、まってた」
これといって怒った様子もなく、まおーちゃんはそう言った。
まるで近所のお姉ちゃんとお話でもしてるみたい。
対するメトフィアは、スプーンをテーブルの上に置き、まおーちゃんの前でひざまずいた。
いきなりすぎて私もまおーちゃんもびっくりしたけど、メトフィアは気にせず口を開く。
「まおー様、どうやら妾は間違っていたようですわ。妾は『ヤミノ世界』がつまらない場所だと思っていましたが、実際は、妾が楽しいことを知らないだけでしたの」
昨日とは打って変わって、メトフィアの表情は明るい。
彼女は私の方を見て続けた。
「異世界者のおかげで、妾は学びましたわ。楽しいことを見つければ、暇な時間など存在しないことを。そして妾は見つけましたの。『ツギハギノ世界』を侵略している暇などないくらいに、楽しいことを」
仰々しいことを言ってるけど、ようはマンガが楽しかったんだよね。
それで、侵略とかはどうでもよくなったと。
メトフィアはどこまでもわがままだ。
ただ、自分がわがままなことは理解してるらしく、メトフィアは頭を下げて言う。
「もちろん、まおー様を追放し『ツギハギノ世界』への侵略を強行した妾の罪は重いですわ。どのような罰でも受けるつもりですの」
それなりの覚悟はあるらしい。
だからまおーちゃんは、魔王様らしくマントを揺らし、言い放った。
「じゃあ、メトフィアにばつをあたえる。メトフィアはいちねんかん、まおーじょうをでちゃダメ」
はっきりとした宣告。
もし昨日までのメトフィアだったら、ここで顔を歪ませ、怒り狂っていたかもしれない。
でも今日のメトフィアは、嬉しそうに罰を受け入れた。
「つまり、魔王城に引きこもれということですわね! 承知しましたわ!」
ああ、これ完全に、私と同じ引きこもりサイドに堕ちてるね。
しょうがないね、引きこもりサイドは素晴らしいもんね。
罰を喜ぶメトフィアは、またも私をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。
「異世界者、お願いがありますの」
「うん?」
「魔王城での引きこもり生活のため、いくつか異世界の品が欲しいですの。何より、『執事とスパイと事務員さん』の新刊をいち早く手に入れたいですわ」
「ああ、うん、分かった。女神様に通販でなんとかできないか聞いてみるよ」
「ありがたいですわ!」
上機嫌に笑ったメトフィアは、そのまま間髪入れずシェフィーに話しかける。
「それと、あなたにもお願いがありますの」
「な、なんでしょうか?」
「お絵かきのための道具に余りがありましたら、譲ってほしいですの」
「え? あ、はい、構いませんよ。でも、どうしてお絵かきの道具を?」
「妾もマンガを描いてみたくなったんですの。新刊が出るまでは、お絵かきで楽しい時間を過ごすつもりですわ」
ふむふむ、やっぱりメトフィアはお絵かきに興味があったんだね。
シェフィーはお願いを快く受け入れ、古くなった画材をごっそり譲った。
画材とマンガを抱えて、メトフィアは本当に幸せそう。
ずっと敵対していたはずの相手が幸せそうで、私たちも何よりだよ。
話が一段落すると、メトフィアはかしこまった顔をする。
「いろいろ迷惑をかけてしまいましたわね。謝って済む話ではないかもしれませんが……申し訳ありませんでしたわ」
謝罪されて、私たちは黙ったまま。
メトフィアのおかげで多くの人が迷惑したのは事実だ。
中には命の危機にさらされた人だっている。
だからメトフィアの罪が許されるかどうかは、私たちだけで決められない。
おかげで私たちは、謝罪に対して黙ることしかできなかった。
けれども、ひとつだけ確かなことがある。
それを口にしたのは、いつも以上に優しく微笑むスミカさんだった。
「フフフ、世界の危機が平和的に解決して、良かったわ」
「そうだね。ラスボス神曲はなかったけど」
少なくともメトフィアの侵略は阻止されて、危機は去ったんだ。
それだけでも充分なことだよね。
あわよくばラスボス神曲があれば完璧だったけど、そこは泣いて馬謖を切る。
とにもかくにも、これで一件落着。
危機は去り、まおーちゃんはおウチに帰ってこられた。
メトフィアの謝罪が終われば、まおーちゃんはてくてくと私の前に立つ。
「ユラ」
くりくりとした赤い瞳で私を見つめるまおーちゃん。
どうしたんだろうと思っていると、まおーちゃんは言った。
「ありがと。ユラのおかげで、まおー、ここにかえってこられた」
そうして、私の脚にまおーちゃんが抱きつく。
ずっと私に対して恐怖した視線を向けてばかりだったまおーちゃんが、私の脚に抱きついている。
私は混乱しながら、精一杯に答えた。
「わわ! い、いえいえ、私は当然のことを——」
「また、あそびにきてね」
「も、もちろん!」
人見知りの私がこんなことを言われる日が来るなんて。
嬉しさのあまり、私は今すぐにでも小躍りしたい気分だよ。
私の背後では、まおーちゃんが私に懐くのを見て、スミカさんが感動しているらしい。
スミカさんはルフナからカメラを借りて、私とまおーちゃんの写真を撮ろうとしていた。
まあ、そもそもカメラの電源の入れ方も分からず、結局はルフナが写真を撮ったんだけど。
こうして、私たちの『ヤミノ世界』における
ルフナとミィア、シェフィーは語り合う。
「勇者が世界に平和をもたらす。まさに伝説の通りだったな」
「でもでも〜、伝説よりもずっと、のんびりしてたよ〜!」
「ですね。のんびりとした、とっても楽しい旅でした」
そんな3人の言葉を聞いて、スミカさんは微笑む。
微笑んだまま、私の手を取り、言った。
「ユラちゃん、『ツギハギノ世界』に戻りましょうか」
「うん、そうしようか」
家に帰るまでが遠足、だもんね。
厳密に言うと、私たちはもう家には帰ってるんだけど、そこは気にしない。
だって私たちは、細かいことなんて気にしない、のんびり楽しい旅の最中なんだから。
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